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第66話「夢ノ四」

 春の陽光が訪れ、わたしの読書も花を咲かせていた。

 こういう穏やかな陽射しの中で読み進めると、えも言われぬ満足感が包む。


 身体の芯から温かい太陽の下。

 と言っても、わたしはいつもの書斎にいた。


 ペラペラと(めく)る紙の音と、窓の外から聞こえてくる人の声しかその空間を鳴らす手段はなく、ゆっくりとした時は流れる。


 同い年の女の子に連れ出されるようになってから一年もの月日が経った。

 あの、小うるさい屁理屈の女の子は、いつもいつも読書中であろうと連れ出し、新しい景色を見せてくれた。


 それが鬱陶しいと思うも、新しい人や風景や匂い、風、木々の色や花の彩りが面白かったのは事実だった。


 そんな女の子は、いつものように飛び込んできた。


「本の虫!」


 扉をばーん、と開ける。

 壊れてしまったらどうするのだろう。

 扉が壊れて(へこ)んでしまった彼女を見るのもいいかもしれない。


「今日も行くわよ!」


 ズカズカと入ってきてはわたしの手を引っ張る。

 いつものように。


「今日はどこに行くの」


「それは秘密よ。乙女の秘密はそれはそれは大切な割れ物なのよ」


 その秘密はとても軽いだけなのではないのだろうか。


 女の子に連れられ、外へ飛び出す。

 ああ、母親や父親は笑顔で送り出さずに引き止めて欲しいのだが。

 わたしは虚しく、連れ出される。


「どこに行くのかだけでもいいじゃない」


 これでヘンテコな所に連れて行かれては非常に面倒臭い。

 だからこそ、彼女に聞いてみたが。


「秘密よ!」


 何とも傲慢な少女だ。



 そうやって連れて来られたのは、街の外れの森の目の前だった。


「さあ、行くわよ」


「ちょ、ちょっとっ!」


 勢いそのままに突き進む彼女を引き止める。

 引き止められた少女は訝しげに視線を私に送る。


「何よ、本の虫。怖いの?」


「だって、この森て不思議な森なんでしょ? 近付いちゃ駄目て皆言ってるし」


「あら、誰も来ないなら都合がいいじゃない」


「そうじゃなくて……」


「いいから来なさい。いいものを見せてあげるんだから」


 と、抵抗虚しく森へ連れられた。

 大人達がこの森は不思議だから危ないと、言っていた場所にズカズカと入り込んでいく少女。

 何もかも無茶苦茶だ。


 そうやって、連れられてしまっては彼女が満足するまで引きずり回されるので、仕方なく従う。

 抵抗しても時間が掛かるだけだし、なら言いなりになった方が早く解放されて読書が出来る。


 この一年の出会いから学んだ処世術。


 森の中は鬱蒼(うっそう)としていて、木々の根があちらこちらに飛び出して、非常に歩くのがしんどい道なき道だった。それこそ、魔獣や危険な動物なんかが今にも襲いかかって来そうで、恐怖に視線が右往左往(うおうさおう)してしまう。


 それでも彼女は突き進む。

 彼女は猪か鹿の生まれ変わりなのだろうか。



 何事も無くある程度進んだ先。

 目的の場所が近付いてきたのか、わたしの手を握った彼女の手に力が込められる。

 ほんの少し痛いのだけど。

 そう思うのもつかの間で、目的の場所に到着した。


 開けた場所。

 その場所だけは木々もなく、雑草と多くの花に、中心には泉と一本の木だけがある不思議な場所だった。

 それがとても綺麗だった。

 まるで本に出てくる妖精の居場所のようだ。


 少女は手を離し、自慢げに。


「ここが、あたしの秘密基地よ!」


 と、両手を広げた。

 これにはびっくりしてしまう。

 危険な場所とは聞いていたが、これ程に綺麗な場所があるとは。


「凄いでしょ!」


「凄いね、綺麗」


「でしょでしょ!」


 興奮した彼女は、ふんふんと鼻息も荒くなる。


 少女の秘密基地は、あの恐ろしいとも思えるほど暗い道の先にあるとは思えない。

 不思議で、神秘的な場所であった。


「今日から貴方の秘密基地でもあるのよ!」


「え、いいの?」


「もちろんよ、その為に本の虫を連れ出したと言っても過言だわ!」


「過言なのね……」


 それでも、目の前の幻想的な風景を秘密基地にするのは、非常にワクワクした。

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