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第65話「お守り」

 何となく、重い話を聞いてしまったエヴァンとエティカは、どのように話を変えようか、それとも慰めた方がいいのか、迷っていると、ローナの強がりは続いていた。


「本当に気にしないで下さい。覚えていませんし、それが気に病む程でもありませんし、見付からないという事は生きてるか死んでるか、というだけですから」


「いや、でも……」


「それに」


 何か言いたげなエヴァンを遮ってまでローナは。


「姉は大丈夫だと信じているので気にしないで下さい」


 と、これ以上の追及を拒んだ。


 余程、過去を話したくないのか、それとも本当に信じているからこそ、目の前の事に集中したいからなのか、エヴァンには見当もつかない。


 それでも、ローナを心配しているのだが、本人がそう言うなら尊重したいのがエヴァンだ。


「そうか、何か手伝える事があるなら言ってくれよ」


 と、気遣った。


「では、仕事終わりのお酒を奢って下さい」


 対してローナは(したた)かだった。



 エティカもエヴァンも夕食が済んでからは部屋でのんびりしていた。

 ベッドの上に座り、エヴァンを背もたれにしたエティカ。

 小さな身体は出会った頃の細さを隠す程に少しずつ良くなっていた。


 ふと、エヴァンはエティカへ言う事があったのを思い出す。


「そういや、エティカあのお守りありがとうな」


「ぅん?」


 ほんの少しうたた寝をしていたのか、ふわふわとした返事が少女の口から漏れ出す。

 溶けたような一言だったが、エヴァンを見る為に振り返った笑顔は柔らかい優しみの笑みであった。


「どうい、たしまて」


 その笑顔の可愛さに心が暴れそうになるが必死に抑える。

 抑え込んで、ゆっくりと少女の髪を撫でる。

 自室なので帽子は外されている白銀の髪に触れる。


 サラサラと流れるように、小川のような綺麗な髪質。

 出会った頃のボサボサで枝毛の多かった小さな頭は、今や美術品のような美しさの造形へと変わっていた。


 恐らく、ローナやヘレナのおかげだろう。


 エヴァンの知らない所で、エティカは綺麗に可愛くなった。


 それは嬉しいようで、少しの悲しさもあるが、今それを独占できる時間があるのならいいだろう、と内心の独占欲を満たす。


 エティカは目を細め、撫でられた子猫のように気持ち良さそうに浸る。


「あのお守り作るの大変だったろ」


「ううん、ローナちゃん、てつだって、くれた」


「そうなのか、ローナ手先器用だもんな」


「うん、すごい、じょうず」


 ローナの手先の器用さはエヴァンの知る中でも随一だ。

 給仕として酒場に務めるにはもったいない程に。


 と、お守りでエヴァンは一つ思い出した。


「そういえば、エティカは金貨持ってるか?」


 しゅーるから受け取った金貨。

 ストラ領へ入る前に見せてもらったあの金貨。


 あれをお守りにするという約束をエヴァンは今思い出した。


「あの、きんかなら、えばん、の、おまもり、に、したよ」


「え、いいのか?」


 そう言われれば、王都で握りしめた時に固かったのをエヴァンは思い出した。

 てっきり護石とかの類だと思っていたが、金貨だったとは。


 それに、金貨をエティカのお守りにしようと考えていたエヴァンだったが、渡されるとは思ってもみなかった。


「いいよ」


 エティカは温かな笑みを零す。


「でも、しゅーるさんの大事な物だろ?エティカが持ってた方が――」


「いいの」


 その時のエティカの顔は、まるで慈愛に満ちた聖母のようであった。


「えばん、の、おまもり」


 そう言うと、エヴァンへ抱きつく。


 小さな身体が抱きつくには大きい身体であったが、なるべく、その大きな身体の奥へ届くように。

 心臓よりももっと奥にある。

 この人の大切な大事なものへ。


「たいせつ、に、して」


 それは、お守りへの言葉か、それともエヴァン自身への言葉か。

 どちらとも捉える事は出来たが、正しい方をエヴァンは掴む。


「ありがとう」


 そう言って、抱き締めた。

 白銀の髪は春の時期には珍しい蝋梅(ろうばい)の柔らかく甘い匂いがした。

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