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第643話「見捨てられた白銀の少女を救いました。この子を幸せにしたいので、魔王討伐やめて平穏な日々を目指します」


 吹き抜ける、澄んだ風の中。

 たったかたん、と軽快な石畳を歩く足音。小さく、小さく。それでも確かな存在は歩く。

 その両隣には、いかにも平和ボケと幸せの絶頂を描いたような笑みを浮かべた男と、人前だからしっかりとした表情の白銀の髪を束ねた女。

 かつては、『救世主』と呼ばれた男も、今や牙を抜かれた犬――いや、自分から牙を抜き、爪さえオシャレのためにヤスリをかけたような腑抜けとなっていた。

 また、女もかつては『魔王の器』として長い時を眠っていた存在にも関わらず、女性的な魅力をなびき、魔人族の象徴である黒い――黒曜石でできたような漆黒の角を額から誇らしげに立てていた。


 その間にいる、小さな子どもは髪の毛が白銀に染まっている。角は生えていないものの、瞳は親を受け継いだのだろう。黒色が主体となった虹彩にほんのりと紅色が差し込んでいる。

 その子が笑えば、両隣の男女も笑う。

 穏やかで、緩やかな日々。多少の争いはただの小競り合いだと片付けられるほどの、平和。


 そんな三人は、あるべき場所――帰るべき家へと歩む。そこには、淡い紫髪のメイド服に身を包んだ女性が待っている。

 かつて、七つの魔女として恐れられた存在も、慣れ親しんだ小間使いとしているとすれば、誰かは驚くかもしれない。しかし、そんなことを覚えている人も少ないだろう。

 今になっては、魔女だろうと魔人族だろうとなにも意味がない。強いて言えば、魔力があって羨ましい程度の賞賛だけ。たった、それだけの世界となった以上、淡い紫髪の小間使いは、例え家主が断ろうとも無理やりにでも働く。勝手に居座る。その結果が、メイド服だろう。


 そんなことに呆れながらでも、男は隣の存在を目視する。

 魔人族の、かつては少女だった人と。

 その人との子ども。

 それが彼の現実を夢かどうかあやふやにしてしまうほどの、魅惑を秘めていた。

 だから、男は見る度に自身へ問い掛ける。

 心の中で、今は自分一人だけの空間へ向けて、問う。


「今幸せか?」


 と。

 すれば、こう返す。


「幸せだけど、もっと幸せが欲しい」


 そう存外、強欲な願いが飛び出す。

 だから、彼は密かに誓うのだ。それが夢覚ましでもあり、現実だと認識するために必要なことだから。





 この子を幸せにする。そのために、平穏な日々を目指そう、と。





 彼の奮闘記は始まったばかりだろう。

 父親として。夫として。

 見捨てられた白銀の少女を救い、妻になってくれた時から。その白銀の少女との子どもが生まれた時から。

 平穏な日々を目指すことは、これからだ。

 そんな家族を照らす太陽は、優しく輝き。そよ風には、ほんのりと蝋梅の匂いが乗せられていた。




 

 〜Fin〜


読んでいただきありがとうございます。

ひとまず、これにて完結となります。

長い、それこそ、当初の予定よりも数十万字増えてしまいましたが、お付き合いいただきましてありがとうございました。

これも応援してくれた読者の皆様と、関わってくださった作者様のお陰でございます。

初めての作品でもあり、それが長編以上になってしまいましたが、慣れないことばかりで読者の皆様へご迷惑をおかけしましたかもしれません。

しかし、どうにか走ることができました。本当にありがとうございます。


では、またどこかで。他の作品でお会いしましょう。

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