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第64話「泣き腫らした紅色」

 エティカの大泣き後、エヴァンとエティカはいつもの席で夕食を待っていた。

 泣き腫らしたエティカの眼は赤く、ほんの少し鼻もズビズビとすすっていた。


 エティカの大泣きはそれはそれは大変の一言に尽きる。


 死んだような表情のエヴァンを見て、エティカは真っ先に


(エヴァンがいなくなってしまう)


 という悲しみが襲った。

 それほどまでにエヴァンは消沈していたのだ。


 だからこそ、ローナに叩かれたのも衝撃だったが、何より自分を救ってくれた人がそんなに辛い表情をしている事の方が、耐えられなかった。


 耐えられず、涙は零れたが、泣き声は出せなかった。


 これ以上、エヴァンを苦しませてはいけない。

 エヴァンを不安にさせたくない。


 そんな健気が小さな身を包んでいた。


 なので、エヴァンが「ただいま」と言ってからは、抑えきれない悲しみと嬉しさが混ざり合った声が響いた。


 それは十分程で収まったが、長い時間のように感じさせる静寂が辺りを埋めていた。

 エティカが泣き止むと茶化すのが、酒場の連中だ。


 それからは、酒場の客が怒涛の如くエヴァンを冷やかした。


 エヴァンの背中を思い切り叩く者もいれば、エティカへ「こんな男より俺の所に来れば泣く事はないぞ」と笑う者もいれば、消沈したエヴァンの口へ無理やり酒を入れる者もいた。


 最初は、ポカンと見ていたエティカだったが、客と同じように笑った。


 ああ、この人の居場所はしっかりとあるのだと。


 安心した。

 彼自身は、何も出来なかった訳では無いのだ。

 それが分かったエティカの笑顔は満面とも言える笑みだった。


 それから、今では二人仲良く隣同士で食事待ち。

 いつもの席で、いつものように、待っていた。


 そこへ、手が空いたローナがやって来る。


「エヴァン」


 その一言に、エヴァンはほんの少し赤くなった顔を向ける。


「ん?」


「先程は叩いてしまって申し訳ありません」


 そう言うとローナは頭を下げた。


「……いや、俺も、ごめん。心配かけて……」


 ここでも素直になれないのがエヴァンだったが、ローナは大して表情の変わらない顔を上げる。


「そうですね。正しい事しかしていませんし、叩かれた方が悪いとも言えますね」


「いや、確かにそうなんだが、言い方てものがあるだろ」


「すぐに反省したので、深く追及していないでしょう。感謝して下さい」


 と、無表情でふんぞり返ったローナ。

 なら、王都で経験を積んだエヴァンはその成果を発揮しようではないか。


「ああ、いつもありがとうな」


 感謝は素直に。

 そうすれば、ローナも多少は照れるだろうとエヴァンは少し決めてみたが。


「はい」


 ローナは変わらず無表情で面白みのない返事だった。

 見え見えのエヴァンのあの手この手など、歯牙にもかけない。


「もっと照れてくれてもいいだろ」


「なら、もう少し顔を整えて生まれ直して下さい」


「うわ、面食いかよ」


「第一印象はこの世で一番大事ですよ。眉毛一つ取っても整えているかいないかで、美容に気を使っているかどうか分かりますし」


 と、エヴァンは自身の眉毛を気にしてしまう。

 その姿を見てしまったエティカは、ほんの少し気にいらない仕草にジト目で見る。


「まあ、大した事ではありませんが、女の子と一緒にいるなら気にして下さいね」


「……ああ、ありがとう」


 先程までの睨み合っていた二人は、いつも通りに話していた。

 ふと、エヴァンは頼まれていた伝言を思い出した。


「……そういや王都でローナへ伝言を頼まれたんだが」


「あら、いい話では無さそうですが聞くだけ聞きましょうか」


 何故、そんな上から目線なのか分からないエヴァンだったが、言われた通りに伝言を口にする。


「姉未だ見つからず、だそうだ」


 その言葉にローナの無表情がほんの少し揺れる。

 そして、沈んだ紫紺の瞳は悲しげに映る。


「……そう、ですか……」


 目に見えて落ち込んだ様子が垣間見えた。


「ローナちゃん、おねえちゃん、いるの?」


 そこへエティカが質問する。

 純真無垢な少女の聞いた事はエヴァンも聞きたかった事でもあった。

 ローナは、すぐさまに表情を切り替える。


「ええ、()()()()()けど、私にもよく分からないの」


「わから、ないの?」


「私もあまり覚えていないのだけど、姉がいるらしいわ」


「お姉さんとは何かあったのか?」


 エティカがきっかけを作ってくれたからこそ、エヴァンも質問できる。

 しかし、質問を受けたローナはエヴァンへ見下した目線を露骨に送る。


「何だよその目は」


「いえ、意外と小賢しいなと思いまして」


「どこがだよ」


「エティカちゃんの質問にかこつけて聞いた辺りですね」


 見破っていたのか、とエヴァンは底知れないローナを睨むも、ローナの軽口はそこで途切れた。


「別に、大した話ではありませんが、私が生まれて十年後に住んでいた村が『魔王』の襲撃に合いまして」


 いきなりのヘビー級の言葉が飛び出した。


「その時の生き残りが私と、その時に領主の元で小間使いをしていた姉の二人だけだったという話です」


 大した話じゃないか。大事じゃないか。

 そう思うも、掛ける言葉はどれも残酷にローナへ刺さりそうで、言えないエティカとエヴァン。


 しかし、当の本人はさほど気にしてないように、無表情で。


「私もあまり覚えていませんし、そんなに重く捉えないで下さい。私は今とても満足しているのですから」


 と、強がった。

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