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第635話「結を誓いて、結びて【前夜5】」


 朝食を無事食べ終わると、イラオはそそくさと退散して行った。

 あまりにも足早だったので、相当時間に余裕が無いのかと思っていたが、どうやら違うようで「国王に渡したことを報告して、紅茶でも貰ってこようと思ってな。どうせ時間まで暇だし」とのことだ。

 ……国王であっても、物をねだるような関係になっていたことには驚きだが、そうか。

 そうやって、紅茶とか、色々なものを貰っていたらしい。

 無論、貰いっぱなしではダメだろうとのことで、毎回エティリカへ戻って食べ物や茶葉などを持ってきているようだ。

 そのため、そそくさと退散したんだろう。


 律儀というか。

 礼儀正しいというか。

 そうするのが、国交というやつだろうか。

 よく分からない世界だけども。


「お待たせエヴァン、準備できたよ」


「よし、なら行こうか」


 物思いに耽りながら待っていれば、白銀の髪を揺らしながらエティカはやってきた。

 ちょっとだけおめかしをした格好だ。

 スカートの裾はレース仕立てになっている真っ白なワンピース。

 帽子もお気に入りの降り積もったばかりの新雪みたいな、ふわっとしたものだ。

 そこからのぞく紅色の瞳は、気恥ずかしそうに揺らめく。


「やっぱり、良く似合うな」


「そ、そうかな?」


「可愛い。それこそ、お嬢様みたいだ」


「まぁ、今日からお嬢様みたいなものなのかな?」


 そういえばそうか。

 俺はもう平民と自称できなくなったし、エティカもこれからそうなるわけだ。

 貴族の恋人――平民のお嬢様みたいなものか。


「じゃあ、お嬢様。どうぞ、お手を貸してくださいませ」


「ふふ、ぎこちないね」


「まぁ、やったことないからな」


 慣れないことをするべきではない。

 そういうものだ。

 俺達には俺達らしい距離感とやらがある。

 そんな俺がぎこちない動きで跪き、差し出してみた手をエティカはゆっくり触ってくれる。

 そのまま、撫でるように手のひらを確かめる。


「綺麗にくっついたね」


「だな。イラオの能力にはびっくりだよ。もう治らないかと思ったし」


 かつて、『魔王』との戦いで吹き飛んだ手は、今やくっついている。ちゃんと接着されているわけじゃない。

 繋ぎとめたわけでもない。

 そもそも、吹き飛んでいないと思えるくらい自然な可動域に、違和感もない。

 あの時は、もう片手だけで生きていくしかないと諦めていたが、どうやらイラオの能力は想像しているより強力なのかもしれない。

 そんなやつに、喧嘩を売っていたことが今になって寒気となって背筋を震わせる。


「さ、そろそろ行こう。あんまり待たせちゃイラオに怒られるだろうし」


「そうだね」


 ニコッと、穏やかな笑みを浮かべる彼女の指を絡めてみる。

 細長く、しなやかで、きめ細かい肌が触れるだけで心の中を温かくする。

 これだけで、もう幸せだ。

 そう思いながら、玄関から歩き出る。

 行く先は決まっている。



 ◆    ◆    ◆



 さて、最初に向かったのは役所だ。

 というのも、結婚しますと口頭だけで済めばいいのだが、そうもいかないわけで。

 いわゆる、婚姻届を提出しなければいけない。

 特に他種族同士の結婚になれば、より必要になってくるもので、状況次第ではあるけど、それぞれの国の王からの承認が必要となる時もある。

 今回とかもそうだ。

 

 だから、役所でかなりの時間をくらうだろうと思っていたが、「話は聞いております。それぞれの国王からの承認も預かっておりますが、確認されますか?」と言われ、念の為に見せてもらう。

 そこには、イラオの名前も、ラスティナ王の名前もあったし、刻印も入っていた。

 不備なんてないほどだし、俺とエティカが書かなければいけない書類には、事前に二人の名前が書かれていたのだ。


 用意周到にもほどがある。

 どこまで準備しているのやら。

 というか、ここまでラスティナ国王が乗り気なのも意外だった。

 あの人だとすれば、国民からの信用回復のために、国交はほどほどにするのかと思ったが、実際にはただの平民に爵位を与え、結婚の支援までしてくれているのだから。


 そんなことを思いながらでも、必要書類にサインをしていく。

 たまに二人でこそこそ話したり、役場の人に聞く前にどう書けばいいかなんてお互いで聞いたり。

 結局、役場の人が説明してくれて頬を赤らめたり。

 なんやかんやで、書類が終われば後は解散――というわけじゃない。


 むしろ、ここからが本番ではあった。

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