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第633話「結を誓いて、結びて【前夜2】」


 その日の夜。

 それこそ、イラオが台風のようにやってきては、暴れるだけ好き勝手して帰ってからの話。

 エティカの帰宅時、自分の食べた分の食器を洗いながら聞いた。

 あぁ、聞いたよ。

 ちょっと恥ずかしかったけど。


「わたしもいきなりだったよ」


「いきなり?」


「うん、【お前達は結婚しないのか?】て聞いてきて」


 俺と手法は一緒らしい。

 こんな言い方では、悪いことをされているような感じになってしまうが、まぁ、どうなんだろうか。

 多分、受け取り手によって変わるんだろうな。

 例えば、俺達がお互いの生活環境や対人関係が落ち着いてから結婚したいとすれば、迷惑な話になる。

 そうでなければ、どう反応すればいいのか分からない事案でもある。

 ともすれば、微妙な感じではあるのか。


「で、エティカはなんて言ったんだ?」


 イラオから聞いてはいる。

 だが、実際には違う可能性だってある。

 イラオ自身、めちゃくちゃをするタイプではあるし、そこでエティカの意思を捻じ曲げることはないだろうけど、それだけは絶対にないだろうけど、すれ違うのはよくあることだ。

 ……ただ、エティカに結婚したいと言ってもらいたいから、聞いたわけじゃないからな。

 話の流れとして自然だからってだけだからな。


「いつかはしたいよ、とは言ったよ」


 よし。

 思わず心の中でガッツポーズをする。

 おやおや、この皿はもっと綺麗にしてやろうかね。


「そしたらどうなった? 俺は結婚式の準備は既にしてるから、言われた通りのことをしろって言われたな」


「わたしは、【したいなら、すればいい】て言われたよ」


 そこはだいたい一緒か。

 まぁ、俺とエティカで態度を変えるような人じゃないしな。

 どっちかといえば、不変ではある。


「で、結婚式の準備はしているって?」


「うぅん。【魔人族のことは気にしなくていい。ようやく、国王も納得してくれたからな、明日の朝、楽しみにしておけ】て言われて」


「明日の朝?」


 なにかあったんだろうか。

 いや、いいことが起こるんだろうけど、


「意外と早いな」


「そうだね、イラオももう少し時間が掛かるて思ったららしいけど」


 つまりは、ラスティナ王国とエティリカ国の友好――法整備が済んだということだろう。

 その会見か、国王からなんらかの発表をするのが明日の朝なんだろう。

 なるほどね。

 明日から忙しくなる、てのはそういうことだったのか。


「嘆願書のお陰だって、イラオは言っていたけど」


「あー……」


 そのまま提出したやつ。

 てっきり、うやむやになっていてもおかしくなかったが、ちゃんと効果があったのか。

 微妙だと思っていたけど。


「まぁ、役目を果たしてくれたのならいいか」


「?」


 コテン、と可愛らしく首を傾げるエティカ。

 そんな彼女はさっきまでイラオが座っていた席に座る。

 その目の前に、出来たての紅茶を差し出す。

 ついでに、俺も前の席に座る。


「ありがとう」


「さっき、イラオが持ってきた茶葉だって。なんか、貴族から貰ったやつらしい」


「そうなんだ」


 ルビーが染み込んだ水面には、芳醇な香りを霧のような湯気にして漂わせる。

 うん、高いやつだな。

 いや、紅茶は門外漢すぎるけど、なんとなくわかる。

 匂いだけで美味いんだから。

 試しに一口、喉奥まで流し込まず、口腔内で感じてみる。


「……うっま」


「おいしいね」


 爽やかな甘さというのだろうか。

 後味がまさしく、それだ。

 最初に茶葉独特の香りが突き抜けたと思えば、濃厚な匂いの後とは思えないほどの気持ちよさが残る。

 嫌な感じでは無い。

 むしろ、飲み心地が気持ち良い。


 ……めちゃくちゃ美味い。

 庶民の舌でも感じられるほどの、美味さ。

 絶妙なバランスである。


「ということは、エティカのウエディングドレス姿が見れるてことか」


「…………そうなるね」


 あれ、微妙な反応。


「もしかして、嫌だったりするのか? それなら、別に断っても――」


「嫌じゃないよ!」


 大きい声をあげ、否定するエティカ。

 しかし、取り乱したこと。焦って否定したことを謝る。

 別に大きい声が出たところで泣くわけじゃないのに。

 泣きそうになったけど。


「嫌じゃないの。ただ、ウエディングドレスてのが、どういうのか分からなくて」


「あー……そっか」


「本を読んでも、【純白のドレス】としか書いてなくて」


 エティカはもっぱらの活字中毒である。

 というか、それ以外の本でもいいくらいの雑食だが、今まで読んできたのは人族の歴史だったり、生活様式だったりの本。

 もしくは、架空の物語である。

 だから、ウエディングドレスの文章――表現はあっても、挿絵があるわけでも、資料として売られているわけでもない。


「見たことないから、どう反応すればいいのか分からない、て感じか」


「うん……。ごめんね。嬉しいけど、わたしでも着られるのか不安もあるから」


「まぁ……そうだよな」


 かといって、俺も実際に見たことはほとんどない。

 強いてあげれば、ヘレナとアヴァンの時だろうか。

 あの時は、なんというか、ウエディングドレスというよりかは、小綺麗なドレスだったから、違うのかもしれない。

 つまり、俺もよく分からないのだ。


「ひとまず、明日洋服店に行ってみるか」


「あ、その前にイラオが朝(うち)に来るって」


「え、明日の朝国王と一緒に出るんじゃないのか」


「……わかんない」


 一体、何を考えているのか。

 というか、明日何があるのかさえ分からない。

 そもそも、国王から発表があるかなんか分からないし、あくまでの予想でしかない。

 それこそ、都合のいい妄想だと言われてもしょうがないくらいではある。

 ただ、まぁ、なんというか、ここまで秘密になっていると不安を煽られすぎて、逆に落ち着いてしまうてのもある。


「ひとまず……明日になったらわかるか」


「そうだね」


 そう言いながら紅茶をまた味わう。

 うん……美味い。

 けど、エティカはちょっとした閃きからか、イースト村から送られてきた蜂蜜を数滴垂らして、さらに楽しんでいた。



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