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第631話「星を思い浮かべ、微睡みへ」


 墓参りが済んでから、俺とエティカはしばらくの間、エティリカへと滞在していた。

 まぁ、同行人でもある『魔王』イラオの用事が済めば帰ろう、とお互い決めていたことでもあるし、エティカの故郷を見て回ることを楽しみにしていたからというのもある。


 後は、実際に俺が――かつて『勇者』を宿していた者が訪れても大丈夫なのか。

 滞在していても平気なのか。

 そういう、不安があったので、確かめようと思った次第だ。

 視察的な役割。

 そういうのを予めイラオから依頼されていたのもあって、俺とエティカはしばらく街を周り、村長宅で寝泊まりすることになっていたのだが。


 だが――


「……エヴァン」


 まぁ、問題なんてない。

 むしろ、皆良くしてくれるのだ。

 だから、か。

 いや、魔人族だからか。


「味がないよ…………」


 今にも泣き出しそうに、エティカはつい先程買ったお菓子を手に嘆く。

 もちろん、道端でもないし、買った店の前じゃない。

 村長宅である。

 それも、俺とエティカの二人が寝っ転がっても充分空間に余裕のある部屋で、だ。

 エティカが店主の目の前で言えるほど、肝が座っているわけでもないし、無遠慮な人間ではないけど。

 悲惨そうではあった。

 ……まぁ、文化の違いだしな。


「長寿な種族だもんな……自然と味が薄くなったんだと思うけど」


「でも……ないよ、味」


 相当深刻なようだ。

 それでも、もしゃもしゃと食べていく。

 残さないようにするのは偉いぞ。

 そう褒めてあげたかったけど、エティカの食べているお菓子――恐らく小麦粉を捏ねて焼いたものだと思う。

 俺も食べたことがあるけど、素材の味はいい。

 だが、素材の味だけなのは覚えている。

 好きな人は好きな味だろう。


「エティカの舌では満足できないか?」


「うぅん。これはこれで好きだよ。ただ、そうだね。これも仕方ないことだと思うかな」


 達観している。

 クッキーみたいな、小麦の焼き菓子を片手に、紅茶へ口をつける。

 仕方ない。

 エティカはそう言った。実際、仕方ないことだと思う。


「魔人族の状況を思ったら、薄味になるのもわかるよな」


「うん。隔絶されてた、わけだし」


 そう、物流含め、人との交流そのものを断ち切られていた状態であるなら、国民の食事は自国で賄わなきゃいけない。

 しかし、それがたった数年程度でどうにかできるわけもないし、国民の食事量全部をいきなり賄えられる国の方が稀だろう。

 だから、薄味にしたのだ。

 調味料や、様々な食材を混ぜて使わないような食事。

 それが素材本来の味になっている。


 そういった背景があるからこそ、外部の人にとっては――エティリカ以外で、食を満たしてきた人にとっては、味がないように感じてしまうのだろう。

 文化の違いでもあり。

 人知れず、衰退していく国だった証明でもあるのだ。


「まぁ、時間は掛かるだろうけど、ハーストさんとかウレベスさんが色々手回ししてくれているらしいし」


「そうなの?」


 全てのクッキーを食べ終え、手を合わせるエティカ。

 紅茶をクイッと一口飲み、ふにゃっと満足気な顔をする。

 可愛いなおい。


「交易してくれるようにあらゆる経営者に話を持ち掛けているらしい。まぁ、今すぐには難しいだろうけど」


「そうだよね……魔人族は怖いって思う人が多いよね」


「というより、利益がないからだろうな」


「利益……?」


 そう、利益である。

 経営者にとって、ここの商品は信頼できるというのも必要だが、それを帳消しにできるほどの利益が生まれるのなら、こぞって手を貸してくれるだろう。

 しかし、それが曖昧かつ未成熟であればあるほど、善意で手を差し伸べてくれる人はいない。


「分かりやすいのが、金銭だな」


「お金?」


「隔絶されたということは、自分の国の中でしか金が回っていないことになる。そうなると、わざわざたくさんの金貨といった硬貨を作る必要がなくなる」


 自分の国で解決してしまうのだ。

 他国との交易のため、新しく作る必要だってない。

 そうなった国には、交易しても充分なほどの貨幣は存在しない。

 いや、絞り出せばあるのだろうが、それでも苦しいものがあるだろう。


「せっかく、食料を運んでも不利益になる。そんな善意の交易をしたがる人はいないだろうからな」


「そっか……」


「経営者だって、自分の家や従業員を守るためだし、こればかりは仕方ない話だな」


 一朝一夕でどうにかできるものじゃない。

 もちろん、信頼関係というのもあるだろうけど、金以上の信頼は他者との契約では強固な繋がりとなる。

 だから、誰かが悪いという話をするなら。

 こんな状況にした張本人が悪い、となる。


「他には、なにかないの?」


「んー……俺も経済とか詳しくないけど」


 詳しくない。

 全くと言っていいほどだ。

 むしろ、今までの言葉は適当に紐づけたものでしかない。

 こうなら、こうだよね。

 程度のものでしかない。

 ただ、まぁ、方法がないわけじゃない。


「原始的だけど。魔人族の体を貸し出す、とかかな」


「……からだ?」


「いやらしい意味じゃないぞ」


「わかってるよ。エヴァンがそんなことを求めてるなら、わたしで満足させるから」


 …………え。


「つまりは、便利屋てこと?」


「…………あ、あぁ」


 それでも真面目に話すものだから、思考が置き去りになった。

 けど、そうだな。エティカが真剣に考えているんだし、俺がうつつを抜かすのはダメだな。

 ……そう思っている俺の足の間に入ってくるエティカさん。

 わざとですかね?


「例えば、食料の配達でも魔人族がすればそれだけで、人件費は掛からない。他には、傭兵とかいいんじゃないか。行商人の護衛になったら、魔人族以上の適任はいない」


「そうだね」


 そうですね。

 俺の太ももを指先で触られるとくすぐったいんですけど。

 意識しちゃうんですけど。

 引っかからない程度に切りそろえた爪と、白く細長い絹糸のような人差し指が触れる度に。

 わざとですよね。


「……エティカ?」


「なに?」


 呼びかけ、振り向いたエティカはイタズラっ子の笑みを浮かべていた。

 ……あぁ、魔性だ。

 こんな可愛い子以外、求めるなんて無理な話だ。

 少しの独占欲を打ち消すような、充足感。

 結局、なんの話をしていたか忘れてしまうような、あっという間の時が流れる。


 その後、イラオが俺の言っていたことを実際にやってみて、好感触であれば魔人族の働き先の一つに加えること。

 そして、行商人含めた商業に携わる人との信頼関係はそうやって構築していくと話があった。


 ……ちょっと、申し訳ない気分の二人をさておいて、イラオはウキウキとしていたのだから、罪悪感で押しつぶされそうなのは言うまでもない。

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