第624話「幸せ街道」
善は急げという言葉があるとする。
なら、詫びとなればどうなるかといえば、早急にとなる。
まぁ、つまりは思い立ったがなんとやらで、次の日にはエティカと一緒に街道を歩いていた。
街並みは変わらず。
人並みは少し多くなったと思う。
だから、露店を開いている人にとっては必死な声出しが今後の商売を左右すると言っても過言じゃない。
ゆえに、賑わっているのだ。
ゆえに、騒々しいのだ。
だけど、心地よいものに違いない。
そこをエティカと手を繋ぎながら、歩けるのだから。
隣を歩く彼女はにこやかで、スキップにはならなくても軽い足取りで石畳を叩く。
おろしてから、数週間は経っている中でも、綺麗な革目と縫い合わせの真っ黒な靴。
多分、お出かけに履く中でもお気に入りのやつだったはず。
服装だってそうだ。
気合いの入り方が違う。
前回がワンピースだったとすれば、今日は町娘の服装だ。
いわゆるズボンタイプの動きやすさを重視したやつでも、体の線があまり出ないようにされた衣装。
よくある冒険者が通う居酒屋で、料理を運んできてくれる給仕服に近い。
イメージとしてはかなり近い。
つまりは、エティカの中でこの買い物は動くことを重点的に考えてくれたというわけだ。
そして、可愛らしさも忘れずに。
まぁ、エティカが着ているのならなんでも可愛いし、似合うだろうけど。
「エヴァン、どうしたの?」
「ん? 今日もエティカは可愛いな、て思ってた」
「そう? でも、今日はちょっと楽しちゃったよ」
楽をしたのか?
そうは見えない辺り、見えない工夫でもされているのだろうか。
それとも、俺には見えないんだろうか。
馬鹿には見えないというか。
溺愛している人間には見えないとか。
「ちなみに、どこを楽したんだ?」
「んー……当ててみて?」
「でたよ、待ってな。よくよく見させてくれ」
通行人の邪魔にならないよう、エティカの手を優しく引っ張りながら、道に端っこまでいく。
そして、立ち止まったエティカの全身をあますとこなく、見る。
髪飾りか?
いや、長い髪を束ねるために買ったヘアゴムか?
んー……どっちもエティカが身につけているものだったりするし、なんなら仕事中に使っているやつだ。
じゃあ、なんだろう。
服装や靴とかは楽している感じじゃないし。
どちらかといえば、楽している部類なんだろうけど。
かといって、帽子も違う。
じゃあ、どこなんだろうか。
「んー……。んー……?」
「分からない?」
「いや、待って」
分からないけど、いたずらっ子の笑顔で煽られると、なんとかして暴いてやりたいと思うのが男の子だ。
くっそ。
でも、わかんねぇ。
「五秒数えるよ〜」
「え、んー、んー」
唸っても正解らしい部分は見つけられない。
ウキウキしながら、可愛い声で数えるエティカ。
その数字がゼロになっても、俺は答えを導き出せなかった。
ちくしょう。
これじゃあ、エティカの彼氏としてどうなんだ。
「正解は、今日の口紅が違う。でしたー」
「……」
そうなのか。
え、そうなのか?
「よく見せてくれ」
「はーい」
エティカが俺に近づき、下から覗き込むようにしてくれる。
いっつもは口紅なんかつけていない。
というか、口紅自体そもそも貴族の人がつけるくらいで、こういった庶民的な人間は祝い事にだけつけている。
それくらいの代物なんだけど。
エティカの唇が、じゃあ真っ赤になっているのかと言われたら、なっていない。
「いつもと一緒じゃないか?」
「えー? もっと近くで見てみたら?」
「んー……?」
唸りながら、エティカの眼前まで近づける。
それでも、一緒のように見える。
というか、いつものピンク色の唇がちょっと光を反射していて艶かしいくらいか。
いや、それが口紅というやつか。
「なんか、どう言ったらいいか。綺麗だな」
「分かった?」
「まぁ、あんまり口紅とか見た事ないから、なんとなくだけど」
そう言って、顔を離そうとした。
しかし、できなかった。
なんで、かって?
エティカが俺の首へ手を回していて、逃がさないようにしていたのだ。
「じゃあご褒美……」
エティカはそういうと、俺の唇へふんわりとした優しさを押し付ける。
驚く間もなく。
理解する間もなく。
柄にもなく、頭が真っ白になっていると。
エティカは俺の手をいじらしく笑いながら握ると。
「ほら行こう? 今日はたくさん買わなきゃ」
「……あ、あぁ……」
そのまま引っ張られて街道の波に乗る。
……なんか。
答えられなくてもご褒美をくれるなんて。
俺、ダメになっちゃうよ。
無論、その後なんかエティカの唇ばっかり目で追ってしまい、上の空な返事をしてしまうなど、ダメな彼氏になってしまったのは言うまでもない。




