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第617話「傲慢な要求」


「……申し訳ないけど、もう一回言ってくれるか?」


 エティカと仲良く昼食を楽しんでいる時、ドカッと隣に座ってきた傲慢の魔女は、開口一番に突拍子もないことを言い始めた。

 だから、耳を疑った。


「ですので、私を旦那様の正式なメイドにして頂きたいのです」


「……もう一回言ってくれるか?」


「旦那様が何度聞き返しても何度だって言いますよ」


 折れるつもりはないようだ。

 まぁ、そこまでの人だったら魔女になんてならないか。


「なんでメイドに。流浪の旅人になるとか言ってなかったか」


「そんなこと言ってませんよ」


「世界中の魔法を集める旅に出るとか言ってなかったか」


「言ってません」


 なんぞ強情な魔女だ。

 あれやこれやと遠回しに遠慮していても、意味が無いようだ。


「だけど、な。俺としては必要ないと思っているんだが」


「本当に必要ないと、思っているのでしょうか?」


 いや、そう思っているから遠慮しているわけなんだが。

 でも、この口調。

 いやらしい時点で――というか、自分の主張を押し通すためならなんでもする傲慢の魔女が、そもそも勝てる見込みもなく話を持ち掛けてくるわけがないと、気づくべきだった。

 後の祭りだよ。


「旦那様の住まう土地はどこになるのでしょうか」


「……そりゃ王都になるわけだけど」


「そこには誰がいますか?」


 あー、やっぱりそっちだな。

 いや、それが分かりやすいくらい理由になるのだ。


「勤勉の魔女のことか?」


「はい。あの勤勉の魔女がいる場所で寝食を過ごすとなれば、確実な安全。もしくは、確かな逃走経路があった方がよろしいでしょう。

 私が夜間の警備と身の回りの危険を排除します。

 必要とあれば、旦那様とエティカ様を安全な場所へ逃げて頂けるよう手配もさせていただきます。

 いかがでしょうか?」


「まぁ、うん……」


 魅力的ではある。

 これだけ一方的な、熱烈な誘惑をされてきて嫌な顔しかしてこなかったけど、それだけに腹立たしいほど傲慢の魔女は実績がある。

 勤勉の魔女の操りを【解いた】こと。

 これが圧倒的な信頼できる要素になる。

 これだけで護衛にしてもいいくらいだ。

 まぁ、他の盗賊とかは考えずに置いたらな。


「ちなみに、私。結構強いですよ?」


「それは我欲が、か?」


「欲深いのは赤ん坊だって一緒ですよ」


 身も蓋もないことを言いやがって。

 赤ん坊が欲深いのは、生命維持に必要だからだって。

 それを自我を持ち始めた奴と一緒にするなよ。


「冗談は抜きにしておきまして。私、結構腕がたちます」


「……そうは見えないけど」


「お姉さんは強いですよ」


 と、温めた牛乳の入ったコップをお盆に載せながら、ローナは姉のサポートをし始める。


「言ってませんでしたっけ? お姉さんは十歳にして王国の護衛隊長に勝った人ですよ」


「は?」


「ローナちゃん。お姉ちゃんは勝ったわけじゃないわよ」


 じゃあ、負けたのか。

 ということではないようだ。


()()()()()()()()()。一度たりとも、ね」


「まぁ、古びた話です。既に滅んでしまった王国の話ですけど、参考になるかと思いますよ」


 そう言い放つと、温めたミルクが冷めないように足早でヘレナの部屋へと向かっていく。

 本当にそれだけを言っていきやがったし。

 ローナは姉が王都でメイドをしても何とも思っていないのか。

 ……まぁ、数年間音信不通どころか居場所すら分からんかったのなら、引き止めるのも性にあわないと思うのだろう。

 知らずに出ていき。

 気分気ままに帰ってくる。

 そんな自由気ままな人間を手の届く範囲にいてもらうことは、例え実の姉の性にあわないのだ。

 ……多分、考えるだけ面倒くさいと思っていそうだけど。


「そういうことです」


 ローナへ手を振って見送った傲慢の魔女は、勢いよくこちらへと顔を向ける。


「ちなみに、その王国の名前は?」


「ヴェルキアです」


「……なんで寄りにもよって、そんな武闘派な国なんだか」


 ヴェルキア。

 城塞都市でもあり、数多の王国の中でも群を抜いた軍事力の国だ。

 それこそ、今までの戦争で負け知らず。

 魔人族との戦いでも、いい勝負をするくらいには戦闘においてこれ以上ないくらいの国はないだろう。

 そんな国であっても、『魔王』によって滅ぼされたのだから呆気ない話ではあるけど。

 問題は、そこの護衛隊長。

 国王を守るために判断力と決断力、そして戦闘力に長けた者に勝った実績があるのだから、この傲慢の魔女どれだけ手札があるんだよ。


「……エティカはどう思う?」


「いいと思うよ」


 そして、エティカもエティカであっけない。

 え、そんなあっさり決めていいのかよ。

 晩御飯を決める会話かと疑ってしまいそうだ。


「だって、魔女様もそうするのが一番いいて判断したのなら、断る理由もないと思うよ」


「いや、ほら見てみろ、みたいな顔してるコイツだぞ。絶対私利私欲で行動しているぞ。決して、俺のためとかじゃないだろ」

 

「失礼を承知で訂正させていただきたいのですが。私達七つの魔女は第一に勤勉の魔女や対の魔女を食い止めることを優先させていただいています。

 決して、旦那様と暮らせるようになって身の回りの世話をさせてもらえれば、その内心を許した旦那様と熱い夜があるかもしれないと、計画していることはございません」


「間抜けをメイドにするつもりはないぞ」


 全部言うなよ。

 いや、言ってくれて助かるけど、怖いなおい。

 あわよくばでも狙ってくるなよ。


「ございませんよ?」


「信用できねぇよ……」


 腕が立つというのも嘘ではないにしても、俺の夜が穏やかじゃないのは御免こうむる。

 ハーレムとか、女性を侍らすとか、嫌なんだよ。

 俺にはエティカがいるんだから。


「まぁ、無理強いはいたしません」


「……」


「無理やりにでもメイドとして働かせていただくだけですから」


「エティカ、本当にコイツでいいのかちゃんと考えてくれませんか!?」


 ――結局、エティカは首を縦に振るだけだった。

 だが、あくまで決めるのはエヴァンだと、エティカは言うとパンをちぎり、それを俺の口へと入れた。

 ……はぁ。

 もしゅもしゅ、と噛みながらエティカには敵わないと悟る。

 仕方ない。

 仕方ないし仕方ないので、傲慢の魔女をメイドとして雇うことになった。

 ……とりあえず、これからもエティカと一緒に寝ることにしよう。

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