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第615話「けものみち」


「わぁ! 可愛いです!」


 開口一番に、赤毛の獣人族は耳をピコピコと動かす。

 しかし、大きな声は決して出さないように配慮していても、興奮だけは隠せないようだった。


「ありがとう、エミルちゃん。忙しいのに来てくれて」


「いえ、忙しいなんてとんでもないです。というより昨日来られなくて申し訳ないです」


「気持ちだけで充分よ、ありがとう」


 エミル・ポセンド。

 赤毛の獣人族は、白色のワンピースに身を包んでヘレナと赤ん坊との対面を果たしていた。


「お心遣いありがとうございます」


「ところで、エミル。解術師の試験はどうだった?」


 あまりにもこのままだと、ありがとうの応酬が続きそうだったし、話題を変えるために近況を聞く。


「んー……難しかったですね」


「やっぱりか」


「少なくとも、魔術師の試験とは比べ物にならないなんてものじゃなくて、次元が違いますね」


 難易度の高さはおおよそ予想はつくけど、それほどなのか。

 良かった、解術師を目指そうと思う向上心がなくて。


「で、受かりそうなの?」


「どうでしょう。こればかりは、運が絡んでくるみたいですから」


 試験に運が必要なのか、と野暮ったい思考はある。

 しかし、ね。

 あまりにも難易度が高いものになると【運があれば】【運が悪かった】という次元になる。

 こればかりは、覆せようもない。


「勉強した範囲が出てくる運。勉強していない範囲が出てこない運。自分の得意分野が出てくる運。自分の不得意なものがあまり出てこない運。記述が適切になるような閃き。とか色々必要だと言われていますから、運が良ければ受かっているでしょうね」


「それでも次の試験があるんだっけ?」


「はい。確か次は実技だったはずです」


 ここら辺は魔術師も変わらない。

 ある程度の知識があることを把握すれば、次には基礎が身についているかの確認だ。

 魔術師の試験は最低でも三次試験までしかないが、確か解術師の試験は多かったはず。


「どのくらいあるのかしら、その試験とやらは」


「確か五次まであります」


「……多くないか」


「魔術師と比べると多いですね」


 一体どんな試験なのか。

 まぁ、そのくらいじゃなきゃ魔術を解くことなんてできない。

 興味というか、試験を今まで受けてきたこともない人間だから知的好奇心が多少あるくらいだが、それでも心底受けようと微塵も思わなくて良かった。


「筆記試験の一次。実技――基礎実技試験の二次。応用実技試験の三次。同行者護衛の実技試験の四次。最後は面接です」


「うん、全く分からない」


 なんだよ応用実技試験て。同行者護衛はなんとなくわかる。基礎と応用て。


「試験内容は後日手紙でくるそうらしくて。内容自体は私も知らされていないんです」


「まぁ、そうしなきゃ試験なんてすぐに突破されちゃうものね」


 それもそうだ。

 例年同じ問題か、似たような問題になっていれば解術師はもっと多くいることになる。

 それも、厳しい試験を突破した人ではなく、傾向と対策をした試験を突破した人が多くなってしまう。

 もちろん、それはそれでいいのかもしれないが。

 現実には、試験に対しての傾向と対策をした者が増えただけで、【予想できない事態を突破できた者】が増えたわけではない。

 それはそれで望むところではないのだろう。

 魔術師と違って、解術師はほぼ重要な職業になる以上、それだけの経験や知識、行動力と運命力が必要となるのだ。


「エヴァン。一応釘を刺しておくけど、能力を使うんじゃないわよ」


「わかってるよ。昨日ローナにも同じことを言われたし、そんなことするつもりはないよ。エミルには申し訳ないけど」


「いえ、いいんです。こればかりは、実力で掴み取った方が皆に自慢できますので」


 そういえば、エミルは獣人族のために魔術師になろうとしていたっけ。

 実際には、狩りもできない自分が役立つ術を求めた結果が魔術だったわけだが。それが転じて、進んで行った結果が魔術師になることよりも難しいとされる解術師になるんだから。

 努力が報われていっているのだろう。

 でも、本人は決してそんな過程に甘えたりはしないんだろうけど。

 そういうやつだ。

 エミル・ポセンドという人は。


「……それにしても。本当に可愛いですね……」


「エミルも母親になったら、もっと可愛く見えるわよ」


 そう言いながら、エミルがゆっくりと差し出した人差し指を、赤ん坊が握った瞬間。

 声にもならない悲鳴をあげて、沼にハマったのは言うまでもない。

 

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