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第612話「家探し」


「こちらはどうでしょうか? 日当たりもよく、間取りも広めではありますけど」


「うーん……これはあまりにも間取りが広すぎて掃除が大変そうだから、別のものを」


「では、こちらは。部屋数を少なく、それでも一軒家ではありますので、ある程度の空間は確保されています」


「でもこの位置だと、日当たりが良くないのはちょっと……。せめて洗濯物が乾くところがいいかな」


「それでしたら、こちらは」


 そうやってあれやこれやと選定していく。

 ほぼ義務的じゃない。

 大切な場所になるのだから、大切にしたいのだろう。

 ……俺が決めているわけじゃないぞ?

 全部エティカが要望を出しては、不動産屋が条件に合う物件を紹介しているだけに過ぎない。

 全く、こういうところはこだわろうとするんだから。


「お客様。申し訳ございませんが、これ以上の物件は王都で探そうと思えば、いっそ建築してしまった方がいいかもしれません」


「ですよね」


 まぁ、そうなるだろう。

 王都にある物件のほとんどは貴族が建てた屋敷か。

 ある程度稼ぎを得た商人がこれみよがしに置いた一軒家。

 昔から住んでいる人であろうとも二階建てにもなる。

 だからエティカの要望しているものとなれば、既に誰かが住んでいるか、そもそも無いのだ。

 エティカの出している要望というのが。

 

 一つ、なるべく家賃が安いもの。

 一つ、間取りが広いもの。

 一つ、昼間洗濯物を乾かすのに充分な日当たり。

 一つ、ある程度近隣住民との交流ができる立地。

 一つ、病院か治療できる施設が近くにあること。

 一つ、飲食店か食料品が置いてある店が近くにあること。


 といったもので、ある程度融通はききそうだが、この条件に沿った物件は全て埋まっているという話であった。

 そして、この中の一つを我慢したとしても、あまりいいものが残っているとは限らない。

 結局、一つ我慢するどころではない。

 二つか三つ、妥協しなければいけなくなるので、結局自分たちで建ててしまった方がいいになる。


 だからだろう。

 エティカは少し唸って、小さな頭をコテンコロンと考えに転がしては結論を導き出した。


「ゆっくり考えてみます」


 英断だ。

 そうやって、不動産屋を後にしてストラ領の帰路で俺はエティカへ尋ねてみた。

 気になることはまぁまぁあるけど。


「エティカ。どうしてあの条件を出したんだ?」


「ん?」


 石畳を歩きながら、隣でるんるんと足取りの軽いエティカは、コテンと首を傾げる。

 あぁ、可愛い。


「ほら、不動産屋に出してたやつ。わざわざ紙に書いてたしさ。何か意味があるのかなって」


「んー……」


 それでもエティカは綺麗な顎に指をそえて考える。

 言うべきかどうか悩んでいるようであった。

 そんなに、悩むことなのか。

 そこまで考えてくれていたのなら、嬉しいけど。


「そうだね。意味があるといえばあるかな」


「まぁ、結局建てた方が早いみたいだし、言ってもいいんじゃないか。無理強いはしないけど」


「言いたくないわけじゃないけど。そうだね。これはわたしが気持ちの整理がつけられるかみたいな、わたし自身の問題みたいなところがあるから」


「そっか」


 それだけでだいたいのことを察せられる。

 それくらいには、エティカと長く過ごしてきたわけだ。

 誇らしいね。


「俺が歳をとった時でも大丈夫なように考えてくれた、そんなところかな」


「うん」


 家賃が低いもの。

 これは、今の俺の懐事情からして一括払いできるものを選ぶためだろう。老いてまで金のことを工面しなければいけない苦労はないように。常々、分割で払わなきゃいけないものを考えなくてもいいように、だろう。

 

 間取りが広いもの。

 これは、家具の間隔を広めて歩きやすいようにするためだ。

 家の中で転倒する可能性を極力排除したものだ。

 まぁ、提示された物件の間取りの広さは豪邸並だったし、エティカが断るのも無理はない。

 掃除が大変だと言ったのも、俺の性格を鑑みた結果だろう。

 どうせ、俺のことだ。

 エティカばかりに任せるのは嫌だと、自分に出来ることは自分ですると言って掃除やらなんやらすることだ。

 そうなると、間取りは広すぎず狭すぎない塩梅が重要になる。

 まぁ、結局無かったわけだけど。


「エヴァンのことだから、無理してまでいつも通りの生活を送りそうだし、せめて楽にできるものは近くにないとて思って。ごめんね、お節介しちゃって」


「いや、ありがとうな。嬉しいよ、そこまで考えてくれて」


 人族と魔人族。

 それだけで、流れる時間は一緒でも、過ごせる時間は一緒でも、生きられる時間は一緒ではない。

 人族の一生は魔人族にとって、一瞬だ。

 だからこそ、老いた人間のことを考えてくれているのなら、これ以上嬉しいことはない。

 なにせ、その時まで一緒にいることを約束されているわけだし。


「でも、ヘレナの言っている通り早めに物件を見た方が良かったな。結構な土地が安くなってたし」


「不動産屋さんが言うには、この間の処刑関連で王都から別の地方へ移り住んだ人が結構いるみたいだね」


「まぁ、不祥事だからな。不信感をいち早く持っていた人ほど、賢い人ほど足は早いもんさ」


 もしくは、『魔王』が入り浸っていることを警戒していたのかもしれないけど。

 それは黙っておこう。

 不動産屋に行く時だってエティカの身分を隠していたんだ。

 何がどうなっているのか把握していない内は、大人しくしておくべきだ。

 ……まぁ、ある程度王国からの話は通っていそうだけど。


「でも本当に良かったの? 家を建てるのって結構お金掛かるみたいだけど」


「金ならある。さすがに使わなきゃいけない時がきたてだけだし、エティカは気にしなくていい」


「……ちなみに、どのくらいあるの?」


 あー、どのくらいあったけ。

 あまり詳しくは見ていないし、この間引き出した時に見たはずだけど、覚えているのは大雑把な金額。

 まぁ、莫大なのは確かだけど、エティカへ説明するなら物に例えた方がいいか。


「今日見た中で一番高い家があっただろ?」


「うん。確か金貨十五枚」


「それが百軒くらいは建てられるかな」


「……貯め込みすぎじゃない?」


 さすがに貯めすぎたか。

 でも、使うべき場面がなかったというか。

 あまり使いたくなかったというか。


「なんでそんなに貯めちゃってたの?」


「金貨のほとんどは、王国から支給されたものだから使いたくなかったから、かな」


『救世主』に任命されてから、毎月支給され、更には王国の依頼を未達成でも、達成していても報酬として与えられたものが金貨そのものだ。

 それを受け取るには、手が伸びなかった。

 なにせ、救いを求める者へ手を伸ばして掴めなかった。その手が握っていたのは金貨だったしたら、死んでいったものは報われないどころか、顔向けだってできない。

 ふさわしくない。

 だから、二度と使わないつもりで金庫へ保管していた。


「でも、エヴァン結構お金あったよね。金貨だけじゃなくて銀貨とか銅貨とか」


「あれは冒険者として稼いだやつだな。手持ちにあったやつは全部冒険者として、依頼をこなして貰った報酬だ」


「だから、バルザックさんはエヴァンが『救世主』だけど、冒険者なのも許可してた、てこと?」


「そうだな」


 まぁ、金貨なんて使ったら金銭感覚がおかしくなる気もしていた。

 かといって、一人前になるまでは死にものぐるいだったわけで、そのせいでバル爺に余計な迷惑をかけた。

 お陰で黙する鴉に拾われたわけだし、アヴァンとも出会えたわけだけど。


「まぁ、そんなバル爺にいい加減使ってやれ。やるべきことはやった。なら、堰き止めていた水は流してやらなきゃ氾濫するぞ、て言われたからな。使うものがあるなら、使うて感じだから、エティカも遠慮するなよ」


 ケジメみたいなものだ。

 弔いならしっかりとした形でしろ、というバル爺からのお達しでもある。

 まぁ、個人的な感情で堰き止めていい金額じゃないしな。


「でも、使い過ぎたらヘレナに怒られるんじゃない?」


「必要経費だって。きっと許してくれるよ」


 そう楽観視して、帰宅する。

 出迎えたヘレナへどうだったのかを報告し、大雑把な見積もりの金額を伝えると。


「……高すぎでしょ」


 見事に呆れられた。

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