第605話「正気と狂気の沙汰」
まぁ、そこから話はトントン拍子に進んだわけでもあったし、そうじゃなかったわけでもある。
例えば、国王が目を覚ましてからまっさきに行ったことは体調や体に不調がないかの確認でもある。
勤勉の魔女が何をしたか。
何をしてきたか分からないほど、国王の身の安全は確かめなければいけない。
そんな中でも、国王は七つの魔女どころか『魔王』に一切驚きも、恐怖も抱いていなかったのは不思議ではあったけど、それは後になって理由がわかる。
というわけで、健康観察を行った魔女の面々は口を揃えて「異常なし」と所見があったところで、次の段階に進む。
次といえば、そう。
簡単な話、記憶に関してだ。
どこから覚えていて、どこまで覚えていて、どこから覚えていないのか。
つまりは、記憶が欠如されている部分の把握と勤勉の魔女がどのタイミングで接触してきたかの調査も兼ねて行われたのだが、国王が覚えているのは【即位した時から昔】だけだったのだ。
ゆえに、『魔王』の脅威は知っていても、七つの魔女がいたとしても存在がどういったものか知る前の段階だったようだ。
それまでは口頭での恐ろしさしか知っておらず、それ以上の情報自体が出回っていなかった。
いや、まぁ、国王になるんだから知っていなきゃいけないだろと思うわけだが。
どうやら、情報網自体が狭かったらしい。
それこそ、規制されていたらしい。
被害報告とでっち上げられた悪名のみで。
どこの誰か。顔立ちや姿かたち。背の高さだけでなく、歩き方。話し方。声音。声紋に指紋。特徴的な何かとか一切、なかったのだ。
だから、目覚めて『魔王』や七つの魔女がいても驚かなかったのは初めて見て誰か分からなかったかららしい。
だから、だからね。
都合がいいといえば良かったわけで。
権限はあるけど、凝り固まった思想になる前。
だから、印象を覆すこと自体は簡単になったのだ。
いや、それでも苦労するべき部分は苦労するんだけどね。
ほら『魔王』が恐ろしい存在だけじゃなくて、人族を惨殺してきたことは覆しようも無い事実なわけでもある。
だから、事情を説明して、それでも納得してもらうのにかなりの時間が必要だと判断しつつあった面々ではあったけど、そこは今後の『魔王』の動き次第だと妥協点に至った。
うん、ここまでまとめたけど、実際にはめちゃくちゃな言い合いが生まれたのは無理もない。
いや、だってね。
勤勉の魔女に操られていた時と違って、今の国王の状態は【即位する前】だから、民を守る気持ちや民を慈しむ心というのはかつての頃と比べ物にならないほどだ。
意固地だった時と比べて、死んでいった者達への償いや今人族の民衆を怖がらせないことは本当にできるのか、という猜疑心に繋がっているのだから、少しばかり厄介ではあるけど。
これが普通だった。
これが、あるべき姿でもあったと思う。
まぁ、半ば無理やりな構図ではあったけど、お互いが理解し合うには時間が掛かる。
特に正気を取り戻した国王だって情報の整理が必要だし、『魔王』だって魔人族が安全だという証明だって用意しなければいけない。
だから、後日、改めて行うことになったわけだ。
……まぁ、王城で何か起こる可能性は捨てきれないから、七つの魔女が滞在していることを条件に、その要求を飲んだ。
誰が、と問われれば『魔王』が。
そして、まぁ同行人でもある面々は王都の宿屋に一泊することになったわけで。
「おう、エヴァンよ。少しばかりあたしの願いを聞いて貰えないか」
「……急に飛び込んできてまっさきにそれかよ」
宿屋で別々に部屋を取っているはずの『魔王』イラオが、扉をぶっ壊そうという勢いで蹴飛ばして侵入してきた存在は、我が物顔でベッドに座っている。
しおらしくもない。
むしろ、堂々たる姿勢。
誇らしいほどに、あほらしい。
なにせ、とりあえず聞いてみた要求は奇想天外と表現するには難しいほど。
可愛らしいものではあったのだから。




