第603話「世界を変えさせておくれよ」
しかし、て。
だからだろうか。
国王の意識が呼び覚まされるまで、話を進めずにいたわけだが。
それでも、なにも進展がなかったわけでない。
むしろ、意識統一や今後の方針を大雑把でも決められたとすれば進展だろう。
その中に、貴族や国王が含まれていないのは、仕方ないとして。
俺が能力でどうにか書き換えてしまう間に、ここぞばかりに何を決めさせて、何を優先させるべきか。それを悪巧みするように顔を突き合わせている面々を見れば、どちらが悪役か。
どちらが悪者か分からなくなってしまうような感じではあった。
だから、隣にいるバル爺もあまり気乗りしていないのだろう。
それとも、臆している理由があるのかもしれない。
「バル爺、大丈夫か?」
「ん? あぁ、心配するでない。警戒していただけじゃよ」
「警戒?」
警戒するような怪しい人物なんていない。
伸びている貴族に、気を失っている国王。
更には勤勉の魔女による操り糸が切れた謙虚の魔女。
騎士の面々も国王に付き従うか、それとも『魔王』側につくか。
迷っているようで、妥協案として満場一致した国王の身の安全を確保するために、近くにいる。
例えば医者を呼ぼうとすればバイスさんが止めるだろうし。
例えば、他の騎士に応援を頼もうとすれば七つの魔女や『魔王』が威圧するだろう。
もちろん、危害を加えるものではないにしても、怖気づくのが今まで凝り固められた印象だ。
話をすればいいのに。
提案してみればいいのに。
それをするだけの勇気と。
自分の位置に鈍感なわけではないようだ。
だから、この場において危険な人物はいないと思っていたのだが、バル爺はどうやら違うみたいだ。
「もしかして、七つの魔女や『魔王』を警戒しているわけじゃないよな?」
「そんなわけがなかろう。まぁ、ここにおられることに関しては未だに夢心地ではあるがな」
七つの魔女に『魔王』。
そのどちらもが、人類悪として顕現していた存在している。
だが、あくまで印象操作されたものでしかなく。
覆すのに膨大な時間が掛かるようなものでしかない。
それをバル爺は夢心地と言っているのだから、豪胆な人間なんだろう。
……いや、そうじゃなきゃ、冒険者組合の長なんてできないのか。
「ちなみに七つの魔女と問題児な冒険者だったら、どっちが怖い?」
「冒険者じゃな。奴らが勝手に周りの人間へ迷惑を掛けて、それで尻を拭くのならいいが、あろうことか組合の人間だという立場を利用してくるものじゃからな。
よく分からない脅威よりも、明確な悪意と確かな実害を起こす者を怖がるのは当然じゃろうて」
「そういうものか」
経営者ともなれば大変なんだな、くらいの考えでしかなかったが。
実際、自分の身に起きていたことを思えば、俺自身も実害に対して怖がっていたのだ。
勤勉の魔女がそうだ。
対の魔女がそうだ。
覚えていなくても、なんとなくでも嫌な気持ちがして予感もして、警戒していた。
記憶へ刻まれてもいないのに。
積み重なった恐怖が、積み重なった経験が。
それこそ、遺伝子に記憶されたような。
人知れず、自分知れずの恐怖心がここまでの行動へと繋がった。
もちろん、結果論としてはいいのかもしれないが。
どこかの誰かが実験の犠牲になっていたことや、関係ない人を巻き込んできた者がいる以上、いいとは断言できない。
良くは無い。
決して、良くない。
だから、少しでも良い方向へと進ませなければいけない。
「で、バル爺が警戒しているのはだいたい察しがついたけど。一応聞いてみても?」
「まぁ、コソコソ話せばよいか。かといって聞こえているわけもないじゃろうが、これだけ騒がしいとな」
それもそうか。
七つの魔女と『魔王』があれやこれやと話をして、バイスさんが軌道修正しつつ話を纏める。
ハーストさんは様々な見聞を用いて、話の補足をする。
そんな関係が構築された議論の場は、自然とあつくなる。
となれば、声も大きく感情豊かになっていく。
それが「勤勉の魔女の拷問方法」や「勤勉の魔女への処罰、それを認識させる方法」という物騒なものでなければもっと良かったのかもしれないけど。
今までの怨恨が、暴力的解決方法になっているわけじゃない。
あくまで、言っているだけだ。
彼女たちは本気でそんなことを考えているわけじゃない――と思う。
そんなことをすれば、勤勉の魔女とやっていることと変わりない。
なにより、それよりも侮辱的な方法は簡単なのだ。
したいことをさせない。
これに尽きる。
それが最終的な結論だと理解しているからこそ、ありとあらゆる策を言っているように見えているだけで、実際には大した話ではないのだ。
ほぼ中身がないと言ってもいい。
なのに、ありとあらゆる憎悪が口車を加速させてしまっているだけ。
……まぁ、蚊帳の外の人間にとっては、気が気じゃない光景ではあるけど。
「警戒しているのは他でもない。謙虚の魔女じゃな」
「謙虚の魔女? 伸びてるだけじゃないか、とか聞いた方がいい?」
「なんぞ生意気な聞き方をするな。面倒くさい」
そこまで邪険に扱わなくても、とは思いつつも実際小生意気な態度だったのは確かだ。
俺ならぶっ飛ばすようなクソガキみたいなものではあった。
しかし。
まぁ、そんな聞き方をしたのにはそこそこの理由があるだけで。
「あれだろ、バル爺は謙虚の魔女が狸寝入りしているか。もしくは、こうやって会議が開かれている場所に送り込まれるようにされている裏まで気にしているんだろ?」
「みなまで言いおって、やっぱり生意気じゃ」
「なんとなく、そんなことを考えていそうだったからな」
「……で、エヴァンから見てどうじゃ?」
どうもこうもない。
話をしていて、聞いたのだから結果として見えているものでしか情報は得られない。
つまり、そこにあるものの裏側を調べようと思えば本人を叩き起さなければいけない。
本人に直接聞くのが一番いいから。
「謙虚の魔女は傲慢の魔女がどうにかした。と言っていただろ? 起きるだろうけど、多分なにもできないと思うぞ」
「……なにも?」
「あぁ、なにも。傲慢の魔女に捕まったのが運の尽きというべきか、幸運と捉えるべきか悩ましいけどな」
謙虚の魔女を発見した傲慢の魔女がやった【解く】という行為。
それがなければ、謙虚の魔女も死んでいたことだろう。
もしくは、彼女だけには別の目的があって、遂行するために暗躍していたのかもしれないが。
どちらにせよ、事前に防げたか。
これも策略の内だとすれば、恐ろしいが。
「じゃが、考えてもみよ。対の魔女が王国から離れていたのじゃろ? だとすれば、この場にいることは良くないことだと判断した、そう推測はできる」
「んー、それも演技かもしれないし、そうじゃないかもしれない。どちらにせよ、見えない敵に怯えている気がするから、皆も考えないように――警戒しないようにしているんだと思う」
「真相は眠り子が持っておるかもしれんからの。起きるまではこのまま進展することはないのか」
――それはそれで面倒じゃ。
と、嘆息混じりに吐き出すバル爺。
分からないでもない。
まぁ、国王が先か。謙虚の魔女が先か。
時系列順で言うなら、謙虚の魔女が先に目覚めそうではあるけど。
そう思っていながら、ふと、謙虚の魔女へと。
床の上で放置されていた肉体へと視線を移すと。
――ゴキッ。
と、起き上がった。
いや、起き上がる音にしては怖い音だな。
折れてるのかよ。
そう思ってしまうくらいには、注目を浴びるには充分で、議論の腰が折れても構わないくらいの静寂と衝撃が空間を支配する。
「おい、なんですかこれは」
開口一番のその台詞で。
俺の体がいち早く動いたのは、それをするだけの理由があった。
唯一と言っていいほど、対の魔女と接触してきた人間だからこそ。
彼女が対の魔女であると、まだ謙虚の魔女だと判断できたのだから、椅子を蹴飛ばし、机を跨いだ先でノロノロと起き上がる存在に向け、飛び出す。
謙虚の魔女はその一瞬の出来事に目を丸くしたが、口を押さえられ、もう一度床へと押し倒されると、目元だけ怪しく笑う。
いや、怪しくじゃない。
奇妙なほど、純粋なほど。
「んんんん!?」
びっくりしているのだ。




