第602話「それで。それから」
「で、実際にはどうだったんだ? 偽物だったのか?」
話の決着を察して『魔王』イラオが問いかける。
しかし、だ。
イラオもイラオで、対の魔女がただでは死なないと知っていたとしても、偽物の死体を用意していることまで把握していたことには驚いた。
いや、そう考えるのが自然だったのかもしれないし。
千年間にも渡る記憶で、唯一強烈なほど残っていたのかもしれない。
対の魔女のことを覚えていたくないにしても、それだけ嫌な出来事があったなら、覚えてしまうのだろう。
知らないが。
「結論から言いますと、本物ではあったかな」
「なんだ、煮え切らない。断言しないというのは、何かあったのか」
「んー……どう言うべきですかな」
嫉妬の魔女も、強欲の魔女も項垂れる。
苦悩しているというよりかは、その状況を語るのに難しいとも見えたが。
いや、違うのだ。
死体の状況よりかは。
死体になった状況を語るのに難しいのだろう。
そんな顔をしている。
「死体に関しては綺麗でして。とても、とても。むしろ、肌の白さ以外は死んでいるとは思えないほど、安らかでして」
「安らかな死がアイツらに与えられたなんて、反吐が出る。まぁ、それでも死んでいるのならいいとするべきか」
――しかし、問題は別にあるんだろう?
イラオは机に肘をつき、心底面白くなさそうに問う。
実際、面白くもないのだ。
対の魔女が安らかに死んでいたことも。
対の魔女が逃げ出していたことも。
対の魔女が死ぬ選択肢に甘んじたことも。
何かあって然るべき事象であり。
何かあると考えていいくらいには、面白くない出来事だ。
いや、何か企んでいる。
そう言い切ってしまった方がいいだろう。
その方が対処しやすい。
「死体のどれもこれも綺麗なのであります」
「それはさっき聞いたが」
「言っておきます。何度だって、どれもこれも綺麗なのでありますよ」
強欲の魔女が強調した言葉。
そう、どれもこれも。
これが意味しているのは、不可解な事実でもあるのだ。
「つまり、死因が分からないということでしょうか?」
「はい。正解でして『賢者』様」
バイスさんがやっぱりそうか、と溜め息を吐き出す。
「いえ、操られていたわけですし。そうなることは読めていたと言いますか。そうするだろうな、と思っていた通りになりましたか」
「なんだ、よく分からないが」
イラオはそう保険を打っておくものの、それでも理解はしているのだろう。
いや、納得はしているのだろう。
ただ、理解するには程遠い。
度し難いのだろう。
「もしかすると、勤勉の魔女が対の魔女を散り散りに配置して殺したというのか?」
「可能性としては高いのであります」
「はぁ……面倒くさいことをよくやるものだ」
「というよりかは、そうするのがいいと判断した。それが真実でしょうね」
イラオが溜め息を吐くなら、バイスさんはその二倍は吐き出す。
面倒くさい。
気怠い。
だけではなく、そこまでしてかき乱そうとする連中に呆れを通り越して、尊敬までしている様子だ。
「例えば、対の魔女が生きていたとすれば七つの魔女や翼人族の広い情報網でいつかは捕らえられていたことでしょう。
そうするくらいなら、死んだ状態にした方が都合はいい」
「名前に宿った意思――集合意識みたいなものでありますから。名前さえ残っていればいいのであります」
「だとすれば、綺麗な――それこそ、死因の一切が把握できないようにしたのも勤勉の魔女がそうしたと思考を縛るためにも必要なことでしょうね」
「思考というよりかは、選択肢でして。実際、勤勉の魔女よりも対の魔女がどこかで生き返った場合の対処方法だって考えなくてはいけなくなったのでして」
行動制限。
思考制限。
そして、ゆくゆくの未来制限。
いつか訪れるかもしれない脅威に備えなければいけないことが増えたのだ。
それだけではない。
確実に防がなければいけない。
対の魔女による、勤勉の魔女の復活を阻止する。
これが絶対であり。それ以上でも、それ以下でもいけないのだ。
これがどれだけ面倒くさいかと言われれば、形容しがたいものではある。
「となれば、勤勉の魔女は誰も触れてはいけないとしなければ」
「また、同じ過去を辿ることになる」
……視線は自ずと意識を失っている謙虚の魔女じゃなくて、俺に集中する。
まぁ、そうでしょうね。
書き換えられるのは俺だけだし。
そうしなければいけないのは分かっている。
だから、余裕綽々な態度でもなく、それこそ飄々としたようなものでもなく。
「……まぁ、勤勉の魔女の書き換えが済むまでには考えておきます」
そう、予定を組み込んでおく。
やることが多いけど、仕方ない。
やらなければ、やられるだけ。
それこそ、思い通りにいかせたくない確固たる意思でいなければいけない。
この瞳に映る内に。
この思考が続く内に。
この魂が続く内に。
この願いが続く内に。
この強さが続く内に。
この悲しさが続く内に。
この欲望が続く内に。
全身全霊で、だ。




