第601話「ちょっとの話は对として」
「それは本当なんでしょうか?」
ここにおいて疑問を投げたのは、イラオでもない。
老いを感じる声にも確かな意思を滲ませる。
誰でもない。
他の誰でもない。
恐らく、対の魔女へ憎悪にも似た感情を抱いている人物――バイス・レイだろう。
「えぇ。『賢者』様。残念ながら」
「それは偽物とかではなく、本人だということでしょうか?」
「偽物……?」
そこで、今まで黙って成り行きを見守っていたハーストさんが声を上げる。
上げるだけの、理由がそこにあるのだから。
むしろ、問うのが当たり前でもあった。
なにより、噂に詳しく情報に精通した人物であればあるほど、知らない話に惹かれないわけがない。
「偽物ということはどういうことじゃ。あやつらみたいなのが何人もいるのか」
「いえ、対の魔女の個体は一つです」
「個体とは、なんじゃ」
その言葉には、いくつもの意味が含まれていた。
もっと詳しく説明して欲しい気持ちと。
状況を整理できるだけの簡潔さと。
奇怪な予想を裏切る言葉への期待が。
「個体というのは、儂らみたいを一人とする場合か。それとも、別の何かか?」
「別の?」
思わず声を出してしまった。
いや、出して良かったが、俺自身認めたく無い気持ちが介在していたのだ。
なにせ、それを認めてしまえば彼女達――対の魔女がいよいよ人間離れしているように感じてしまう。
「彼女達は一人一人でありながら、結局は対の魔女の名前を与えられた個体に過ぎません。誰でも良くて、誰でも良くない。そんな存在です」
結局、認めるしかないのだ。
対の魔女は人間でない。
いや、通称とするなら人間ではあるのだ。
広義で見れば、人族ではある。
ただ、そこに意図的な手が加わっているのかどうかだ。
「つまり、旦那様。謙虚の魔女を例にすれば、彼女は謙虚の魔女の名前を与えられた人間でしかありません。彼女が死ねば、また別の者が謙虚の魔女となります。私達や『賢者』様が認識している偽物というのは、その抜け殻のこと――死骸を指します」
「……じゃあ、『魔王』や『勇者』みたいに、能力に縛りつけられているということか?」
「いえ、違います」
的を得ているかと思った言葉を横に振られる。
いや、まぁそうだな。
これは俺の情報が錯綜していただけにすぎない。
誰でも良くて。
誰でも良くない。
「謙虚の魔女や慈善の魔女、勤勉の魔女などが持っているのはまた別の能力です。なので、その時その時で対の魔女が持っている能力は別のものになるんです」
「厄介でありますゆえ、下手に殺すことや死なせることをしない方がいいのでありますよ」
「強欲、話が逸れるから黙っておこう。まだその時じゃないよ」
「おや、そうでありますか」
嫉妬の魔女の言葉によって、押し黙る強欲の魔女。
ただ、彼女達七つの魔女が下手に動けない理由が垣間見えたのだから、いい横道だったのだろう。
殺せない。
死なせない。
そのためには、自分達七つの魔女は動かないこと。
それが最善策でもあり、唯一の解決策でもあったのだ。
「……えー、話を戻しますと。能力に魂が縛りつけられ、同調しているのが『魔王』や『勇者』だとすれば、対の魔女達は名前に縛り付けられたものになります」
「名前……」
「はい、名前です。名付ければ簡単ですし、名乗らせれば乗っ取ることも容易い。それに支配された肉体が朽ちれば、捨てるだけ。危なくなれば、捨てればいい」
「でも、死骸が偽物だというのはさっきの話と矛盾していないか?」
「そんなことはないのでして」
割って入ってきたのは、暴食の魔女ベルゼ。
いや、割って入ってきたわけではない。
自身の説明をするために声を上げただけなのだ。
それこそ、偽物かどうかを。
「エヴァンの言っていることは間違いではないのでして。それでも、対の魔女には相応しいものではないのでして。それを先に説明するのでして。
まず、死骸が偽物。七つの魔女がそう認識しているのは、本物――名前に掛けられた呪いみたいなものを指すだけではないのでして」
それだけではないようだ。
確かにそうだ。
抜け殻が偽物。
そう考えるのは自然だし、流れとしても当然ではある。
「そもそも、対の魔女達が大人しく死ぬことなんてないのでして。特に、勤勉の魔女の安否が不明であるなら、自身を追い込んだとしても、勤勉の魔女を助ける方向へ動くはずでして。
そんな思考であるのでして。だから、そこにあった死体は――死骸は対の魔女そっくりに作られた別の誰か。関係ない一般人の可能性があるのでして。
それを偽物と言っているのでして」
ただ、そんな考えが思いつくようにはなりたくなかった。
死体が対の魔女ではないこともそうだが、そもそも、関係ない人を巻き込んで対の魔女に仕立てるなんて、倫理観の欠片もない行動心理に。
それが、対の魔女の真理なのかもしれないが。
どちらせよ。
許せるものではない。




