第600話「魔女集会」
「相変わらず、やり方が強引でありますな。傲慢の魔女殿は」
「仕方ないでしょう。解くんですから、自重で潰れるのは仕方ないです。はい、仕方ないんですのよ」
「都合よく言っているでして。実際には解くよりも、断ち切るが相応しいのでして」
「……姉様方は厳しいのです」
明らかに不貞腐れた姿を見せる傲慢の魔女。
その姿は、決して妹が見せることは無いからこそ、奇妙に見えた。
彼女の妹――ローナ・テルセウスは仏頂面なんて通り越した、無表情かつ冷徹な顔つきだ。
決して変わらない。
変えようともしない。
ただ、無で。
虚無で。
それでも、感情は密かに滾らせているような、おかしな奴ではある。
妹に対して、姉がこのような表現豊かであるなら、ローナもそうだったのだろう。
かつて、それこそロドルナの家に引き取られるまでは、感情自体を表に出すことへの抵抗感などなかったはずだ。
それを間近で見せられているような気がして、人知れず神妙になってしまうのは、本人にとって良くは無いのだろうな。
てか、毛嫌いされるかもしれない。
うん。
深く考えないでおこう。
「で、ルシちゃんはどこまで話したのです?」
「話したもなにも、謙虚の魔女とかを連れてきたら勝手にこの方達が一斉に散らばり始めたのですよ。話なんて一つも進んでいません」
「それでも、勤勉の魔女の操りを解くことが出来たのであります。時には、強引にやることもいいのでありますよ。まぁ、国王の意識が戻るまでは、話を進めない方がいいかもしれないのでありまして」
未だに国王はこの騒ぎでも、瞳を開けない。
いや、開いているのは開いている。
ただ、虚ろでしかない。
心ここにあらず。
脳内では色々な情報が錯綜しているくらいには、集中している以上、ここでなにか言ったとしても、正しい反応が返ってくるかなんて分からない。
「皆優しいんだね。僕だったら、この状態に色々頷かせて言質を残しておいてしまおうかと思っていたのに」
「それもいいのでして。ただ、ここに『魔王』がいるとすれば、難しい話でして」
七つの魔女の視線が、白髪の少女へと集まる。
そこには、逃げ出そうとした貴族を瞳で侮辱している女の子がいたのだ。
だからだろうか。
心底どうでもいいと思いかけたのだろうか。
それでも、彼女は――イラオは、そんな気持ちを隠そうとして隠しきれない声音で、返答していく。
「あたしが国王諸共洗脳した。そう言うにはうってつけの状況だからな。大人しくするしかないのさ」
「賢明ね。確か……イラオちゃんだったかしら」
「そのちゃん付けはいい加減辞めてほしいのだけど」
「なんで? 可愛いじゃない。可愛い子には可愛い言い方をするものよ。それがこの世界の真理よ」
「アスモの真理とは、自分の世界だけを言うのでして」
「なによ。結局自分ちゃんの世界が無ければ、他者の世界だってないのよ。この世界に生まれ落ちたのなら、自分ちゃんの世界を大事にするべきだわ。それくらいが、人にとってちょうどいい、手の届く範囲なのよ」
「最もらしいことを言っているけど、アスモはただ自分勝手なだけだよね。いや、否定しているわけじゃないよ? 仲がいいからこその突っ付き合いみたいなものだから安心してね? で、アスモの言葉を肯定するなら、実際、他人の世界へ干渉するなんて身の程知らずだし、それこそ多くの人間が住まうこの世界をどうにかしようなんて、あまりに傲慢だよ」
それは一体誰の話なんだろうか。
俺か。
もしくは、勤勉の魔女か。
それとも、自覚した能力を悪用しないために俺へ釘を刺したのだろうか。
……多分、どっちもだろうな。
「それで、七つの魔女達は何しに来たんだ? 傲慢の魔女は謙虚の魔女を捕まえてきたが、手ぶらじゃないか」
「あら、手ぶらに見えるでありますか?」
見るからに何も持っていない。
見なくても、見ていたとしても。
素手。
鞄もない。
バックパックみたいな大きな荷物を背負っているわけでもない。
正しく手ぶら。
ただしく、手持ちは無い。
「なに? 馬鹿には見えないとでも言うのかしら」
「そんなことはないのでして。ただ、そうでして……。悲しいと言うべきでして」
「なによ、もったいぶるわね」
彼女達が何も持ってこなかった。
そう見るのは簡単で、それしか見えていないのであれば、それは七つの魔女への理解力が足りていないことにもなる。
なにより、想像力が豊かでない証拠だと卑下するしかないのかもしれない。
だが、誰がそんなことを想像できるのか。
そこまで考えることができるのかという疑問にも繋がる。
それこそ、未来予知や予測の範囲だ。
つまり、どういうことかと言えば。
「謙虚の魔女を除いて、対の魔女は死んでいた。と言えば、納得するでありますかな」
何も持ってこられなかった。
それが真実なのだ。
そして、彼女達が手にしてきたものなのだ。




