第599話「国家反逆」
突如である。
いきなりである。
突然である。
国王の瞳が一瞬の明暗を繰り返すと、項垂れた。
それも傲慢の魔女の言葉の直後である。
誰が見ても傲慢の魔女のせいだと思うほど。
誰が感じても傲慢の魔女が何かしたと思うほど。
だが、騎士陣が慌てふためく前に、国王の垂れ下がった頭はいきなり上がったのだ。
これまた突拍子もなく。
先程まで何も無かったように。
「…………」
だが、心ここにあらず――ではないにしても、記憶が混濁しているのか考えが纏まらない状況にあるようだ。
虚ろではなく、記憶の整理をしている。
並べた棚から本を取り出し、中身を確認して戻す。
そんな作業を脳内で行っている表情をしていたのだ。
「き、貴様!? ラスティナ様になんてことを!?」
かといって、そんなことを周りの連中が理解できるわけもなく。
貴族の一人は声を荒らげる。
勇気のある奴と言うべきか。
それとも、蛮勇と呆れるべきか。
「ただ操られていた糸を切っただけですよ。ほら、皆さんも順番があるんですから、大人しくしていてくださいね」
だが、虚勢に変わり無かった。
傲慢の魔女の一言によって、貴族は軒並み退散しようと足がもつれながら扉へと向かって行ったのだ。
理由なんてない。
一つもない。
ただ、ただ。
嫌なのだろう。
少しでも、勤勉の魔女に奉仕したい。
そのためには、ここで傲慢の魔女の得体の知れないチカラの犠牲になってはいけない。
だから、こぞって逃げ出したのはいい。
出入口が一つしかないことを考えていなかったことは、突発的な行動に対しての報いだろう。
「おや、貴族の皆様はお帰りでありますか?」
「せっかく重い髪を上げてきたのに、それはないんじゃないかな」
「言語道断である。最後まで尽くすことを奉仕と心得ていないとは、哀しき」
「勤勉の魔女の支配下にあるとすれば、そのような行動に出るのは仕方ないのでして。それが動物由来の愚かさでもあるのでして。社会構造に浸った思考そのものでして」
「貴族ちゃんは残念だけど、逃がさないようにって言われてるんだ」
黒いローブ。そして特徴的で個性的な集団が、扉の先で通せんぼしていたのだ。
一堂に会した。
そう言ってもいいくらい、堂々たる登場。
そして、貴族が連鎖的に地面に倒れれば、怯えていれば、それは威厳の証明だろう。
「皆さん遅いですよ。何をしていたんですか、王都に来るまで一緒だったのに、いつの間にかはぐれていましたし」
傲慢の魔女が、意地悪された子どものような瞳で集団を見つめる。
なんとも怪訝な表情で。
「ごめんね、ルシちゃん。あまり王都とやらに来たことがなくって……」
「色欲の魔女が一人で城とは逆方向に走って行ったから、連れ戻すのに時間が掛かったのでして」
「えー、ベルゼちゃんも結局迷ってたじゃない。アスモちゃんのせいにするのは良くないなぁ、良くないねぇ」
「……アスモ様が方向音痴なのは知っていますけど、それではなぜマモ様やレヴィ様も遅れて来られたのでしょうか?」
貴族を押しのけていきながら、それぞれが席に着席する。
すれば、扉は勝手に閉まり、鍵なんてないのにガチャリと施錠の音が響く。
だから、隙を見て――隙なんてないのに、無理やり扉をこじ開けようとした貴族の一人が、てこでも動かない扉に思わず蹴りや、殴り。全身をぶつけて必死に開けようとするものの、一向に開くことがない。
唯一の出入口で。
突破口でもあるはずが。
間抜けを見つけるための罠になっていたのだ。
「あー、そこの貴族様。扉はどうやっても開きませんので諦めましょう。後、そういう行動に出るということは、勤勉の魔女の影響が強いという証拠でもありますから、【解いて】おきますね」
傲慢の魔女が問答無用で、国王に言ったような声音で。
次元を切り取ったような、異空間から感じる音をあげる。
すれば、何度も扉へ突撃していた貴族は糸が切れた人形のように、その場に倒れる。
顔面から。
……痛そうだな。




