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第598話「謙虚たる傲慢」


 開け放たれた扉。

 そこに傲慢の魔女がたった一人でいたわけではない。

 むしろ、なんでと聞きたくなるような人を抱えていたのだから、そっちへの疑問の方が先だったかもしれない。

 なぜ、七つの魔女が飛び入り参加してきたのかよりも、なぜ()()()()()()()()を抱えているのか、と。


「け、謙虚の魔女様……!?」


 貴族の誰かが驚いた声をあげる。

 だから、確認するまでもなく誰かは分かった。

 わかったし、なんで抱えてきたのかは大体察しがついていた。

 そんな声があがっていても、傲慢の魔女はズカズカと空いている席の中でも一番扉から遠い場所を目指して進んでいく。

 脇に抱えた謙虚の魔女はぐったりしたままであったが。


「やっぱりこの人は謙虚の魔女でしたか。いやはや、確認するまでもなく良かった良かった。間違えて知らない人を連れてきてしまったのかとヒヤヒヤしていたものですから」


「……お前、謙虚の魔女様に何をした」


 貴族は威圧的に話し掛けるが、相手が相手。

 悪いどころか、最悪なくらいで。

 聞いてしまったのが間違いと後悔しても遅いくらいのことをしでかした。

 やってしまった。

 傲慢の魔女は座ろうとした姿勢のまま、発言者へギロリと紫の瞳を不気味に向ける。


「何を……? 逃げた奴を捕まえただけですが……?」


「い、いや……ぐったりされているじゃないか」


「抵抗されないようにするのが、定石でしょう? 特に大罪人を捕まえるなら、誰だって無力化して捕縛したいはずですよ。それをしただけです。

 二度と聞いてくるな」


 憤慨。

 そう言っても問題ないくらい、傲慢の魔女は静かな怒りを示した。

 すくみ上がるような。

 心臓がキュッとなって、喉が潰されそうな緊張感がはしった。

 それだけの威圧感を放っておきながら、傲慢の魔女は何事もなかったように陽気な声音へ切り替える。


「さて、飛び入り参加したにも関わらず勝手に座ってしまいましたが、良かったでしょうか? 良かったですよね? いいですよね? はい、ありがとうございます」


 誰も返事をしていないのに、無言は肯定と捉えたのだろう。

 誰も七つの魔女と話をしたくないだけなのだろうけど。


「『賢者』様、もしかして七つの席を用意しろと言ったのは――」


「えぇ、彼女達の席ですよ」


「なんてことを……!」


 貴族の誰か。

 国王までもを含めた人間が露骨な嫌悪感を露わにする。

 しかし、バイスさんはしてやったりと恍惚な笑みを口の端へ作り出す。


「対の魔女の席だと思いましたか? それはそれは期待に答えられず申し訳ありませんね。ただ、対の魔女がこの場面に現れるなんてありません。特にそこの謙虚の魔女が逃げていたという証言を信じるならば、ね」


「それは勝手に魔女が言っているだけじゃ――」


「別にそれでも構いませんけど。変に納得させるのも面倒ですし、理解させるつもりもないですし、いいのですけども。

 我を失った人間を諭すほど、私達は偽善を振りまかないので」


「……」


「で、『賢者』様。この謙虚の魔女が悪いことをしたことをどうやって確かめましょうか」


 拷問。

 磔。

 牢屋にぶち込む。

 あらゆる手段を挙げていく傲慢の魔女であったが、そのどれもを好んで提案していない。

 出来れば苦しく。

 できるだけ苦しく。

 最高の苦痛と。

 最悪の状況と。

 最低な現実と。

 最善な選択を。

 そう求めてやまないのだ。


「んー……私も長年生きていますが自白させるだけの方法は知りませんね」


「ありゃ、どうやら平和主義者の『賢者』様だったみたいで。では、国王様。ここで聞きましょう。

 謙虚の魔女様が悪いことをした。それを自白させるにはどうすればよろしいでしょうか」


 ここで国王に聞くのか。

 いや、聞くべきだった。

 聞かなければいけなかった。

 彼の身の振り方だけではない。


「謙虚の魔女様が悪いことなんてとんでもない! 私達を導いてくれているんです」


「はい。言質としては少々弱いですが、頂きましたよ」


 忠誠心がどれだけあるかの確認でもある。

 ここまでの『魔王』やバイスさん、ハーストさんからの言葉を受けていて、最終的に無表情で心ここにあらずだった国王が、一転して発狂にも似た証言を述べたのだから。

 相当根深く。

 だからこそ、あだになった。


「そのまま首を傾げていれば良かったのに、不必要な人間を助けようとした蛮勇は褒めてあげましょう。しかし、愚かだったわけです」


「な、私は客観的事実を言っただけにすぎない」


「苦しいですね。まぁ、いいでしょう。言質は取りましたし、()()()()()()()


「ほど――」


 国王の言葉を遮るように、傲慢の魔女は続ける。

 まるで言葉にハサミがついているように。

 音に刃がついているように。

 そんな印象を受けるくらいの、鋭い。

 別次元にあるのかと勘違いするほど、その言葉だけ異質な響きを持っていた。


 【解きませ、操りの糸を】


 

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