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第597話「時は力なり」


 まぁ、そんなことがあったので現在の王都――会談の場面においては滞りなく進行していない。

 話自体はあっちらこっちらへと様変わりしていて、一向に結論までを先延ばしにしている。

 だからだろう。

 話は進んでいなくても、俺達の計画自体は進んでいるのだ。

 問題なく。

 なんの障害もなく。

 ただ、同時に困ることがあるとすれば。


「バル爺バル爺」


「なんじゃ、今ワシは胃がキリキリと痛くて穴が開きそうじゃ」


「ちょっとくらい開いた方が飲みすぎをお孫さんに怒られなくて済むからいいじゃないか」


「なんと鬼畜な男じゃろうか」


 ……いや、あんたが飲みすぎなんだよ。


「それより、バル爺。このまま書き換えていてもいいんだけど、さ」


「なんじゃ、問題ないのならいいではないか」


「せっかく用意した嘆願書をどこで使おうと思ってさ」


「……」


 嘆願書。

 それは誰のもの。

 と、言われればある一人のためのものである。

 彼女がいつまでも迫害されないように。

 彼女がいつまでも軽蔑されないように。

 彼女達がいつまでも隔絶されないように。

 用意されたもので、そこにはストラ領民のほとんどの人の名前が載っている。

 直筆で。

 この会議に臨む前に急いで準備したもので、ローナと手分けして集めたものだから、使い所が見つからなくて結局使えなくなるのはもったいない。


「書き換えた後ではいけんか?」


「いや、そうしたいんだけど。書き換えたらどうなるか分からないし」


 勤勉の魔女の洗脳の程度も分からない。

 能力が及ぼした悪影響も計り知れない。

 だから、その枷が取れた瞬間縛られていた人達が正常な状態かは分からない。


「何を臆する必要があるのか。書き換えた後のこともついでに望んでおけばいいんじゃないか」


「あー、そっか」


「なんじゃ、持ち主でもその発想はなかったのか」


「本当の持ち主は俺じゃないし、使いこなしている実感もないままだから仕方ないだろ」


 実際、書き換えるためには望む。

 それだけで済んでしまうのだから、実感なんて湧かない。

 唯一湧いたのは『魔王』へ触れ続けた時くらいで。

 その戦闘でしか実感できなかったのだ。

 願えば願った形に。

 望めば望んだ有り様に。

 なると言われても、魔術のように術式が刻まれるわけでもないから難しいのだ。


「まぁ、なんじゃ。とにかく集中しておけ。時間稼ぎもしてくれておるし、どうにかなるじゃろうて」


「……まぁそうだな」


 希望的観測でいい。

 どうにかなる。

 国王や貴族に掛けられた能力を解除できるはず。

 そう願っておけば、どうにかなるのだ。

 今俺が不安になっていては、計画が破綻してしまうし、なによりこのために頑張ってくれている『魔王』やバイスさん、ハーストさんに申し訳――


「のう、国王。お主はなぜ民からの忠誠なくして玉座に座っておる」


「それは……」


「『魔王』。貴方達と比べてはいけません」


「おぉ、そうだったな。知恵のなき老人に求めるには酷だったな。持たざる者ではなく、持つこと叶わぬ者だということを失念していた」


「……」


「白髪の王は的を射るのがうまいのう。どうじゃ、今度良ければ狩りにでも行かぬか」


「は、狩りなぞあたしがいると大熊だろうと逃げてしまうから無理だな」


「そうかそうか。それはすまんかった。そういえばそうじゃのう。人族の奴らを基準にしておったが、王ともなれば威光が動物さえも恐れさせるんじゃのう。こっちらの王とは大違いじゃ」


「…………」


 …………あれは頑張っていると言うのだろうか?

 意気揚々と、楽しそうにやっているけど。

 憎まれ口なんてものじゃない。

 暴言としてしまっても差し支えないものじゃないか。

 逆に国王が可哀想なほどの責めように、哀れみの目で見かける。

 見かけて、見かけると、国王の顔は――無表情なのだ。

 なにもない。

 なにも感じていないどころではない。

 話が逸れていることになんの気持ちや感情がない。

 一切。

 むしろ、侮辱してくる『魔王』やハーストさんを軽蔑しているような。

 そんなまるで効果のない表情をしているのだ。


「バイスさん」


「はい」


 真横に座っている『賢者』ことバイスさんへ話し掛ける。

 この人なら、既に気づいているはずだと。


「国王の様子、先程と違いませんか?」


「気づきましたか」


 ヒソヒソと、口裏を合わせるような怪しげな姿勢になるものの、仕方ない。

 口だって見られたくないのだ。

 嫌な予感だってする。


「あれは……魔術か何か。いや、術式が発動した感じはないですし、魔法とか」


「いえ、むしろ大分前に掛けられた能力でしょうね」


「勤勉の魔女の……?」


 こうなることを事前に見越して、そんなことまで出来ていたとすれば厄介極まりない。

 と、思っていたのだがバイスさんは首を横に振る。


「対の魔女の――謙虚の魔女のものでしょうね」


「……謙虚の魔女」


 対の魔女の一人。

 傲慢の魔女の対をなす謙虚の存在。

 そんな名称とは裏腹に、傲慢不遜な魔女がそんなことを事前にしていたのか。


「彼女の能力は都合のいい未来創造ですから」


「……じゃあ、この会議も謙虚の魔女の思惑通りということになりませんか」


「いいえ。未来を作ることができるのは、事実ですけど対象は一人に限られます。今回は国王のみですね」


 他の貴族はそうでもないということなのか。

 だしても、だ。

 消息不明な対の魔女が、そこまで周到にしているとなれば警戒するしかない。

 せざるを得ない。


「おそらく、あのままの国王を書き換えた場合、国王は死ぬことになるんじゃないでしょうか」


「……は?」


「この場にいる貴族を除いて、魔人族の王、翼人族の長、冒険者組合の長、そして『賢者』に『救世主』。その者達が共謀して国王を手にかけた、と」


「そんなこと……」


 できないと否定したかったが。

 状況証拠自体、言い逃れできない状態であった。


「『魔王』がいる以上、否定するどころか情状酌量を求めることもできないでしょうね。人族の王との協定だって結ばれていない以上、彼女が悪者扱いされるのは目に見えています」


「……イラオに伝えますか?」


「いえ、彼女も分かっているはずです。なので、待ちましょう」


「待つって……」


 誰かは言うまでもないのだろう。

 この状態で国王を書き換えてしまえば死んでしまい、反逆罪――国家転覆罪になるとすれば、対抗出来る人に任せるのが一番だ。

 だからだろうか。

 それとも偶然だろうか。

 問題を発見してすぐに、扉が豪快に開け放たれたのだ。


「やあやあ! 七つの魔女が一人、傲慢の魔女遅ればせながら飛び入り参加しますよ!」


 黒いローブに身を包んで、淡い紫色の髪をなびかせ。

 嬉々爛々と瞳を輝かせ。

 登場してきたのは紛れもない自己紹介の通りの人物。

 傲慢の魔女――ルシであった。

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