第595話「陰り」
そんな感じで、イラオの圧力によって国王は黙りこくってしまった。
いや、そうするしかないほどの圧倒的な説得力に、為す術なく屈するしか他ないのかもしれない。
なにせ、彼の王は民よりも勤勉の魔女を優先していたのだから。恐ろしいほどに、真っ直ぐと。
歪みなく。
愚直なほど。
だから、だろうか。
今の話題としては、国王が王らしくあるべき行動の提案――もとい、説得、もとい説教となっている。
可哀想に。
かといって、話題がズレていると修正する人間がこの場にいないのは言うまでもない。
国王の側近らしき人間も。
万が一のために同席している騎士も。
満を持して参加した貴族連中も。
皆、『魔王』やバイスさん、ハーストさんの勢いに負けてしまって、どうにか自分へ矛先が向かないように祈って下を向いているのだ。
「……どうするかのう」
「バル爺も困ることがあるんだな」
「馬鹿言うな。困っているからこそ、名案が浮かんでくるものだろ」
「そういうものかな。で、何で困ってたわけ」
隣に座っているバル爺が渋い顔をしながら、こそこそと話し掛けてくるものだから、深刻なことなんだろう。
決して、尿意云々ではなさそうだ。
「いや、このまま説教を眺めているのはいいんじゃが、肝心の勤勉の魔女の処遇にまで話が戻らんしな」
「まぁ、それはそうだな」
舌に脂がのったどころか、火がついてしまった三人を見ればどうやって止めようと、反感を買う可能性だってある。
「まさか、バイス様まで乗ってしまうとは思わんじゃろ」
「んー、バイスさんなら乗るだろうとは思ってたけど」
「そうなのか? じゃあ、止めてみてくれんか」
「無理だな。あの感じは」
少なくとも、不平不満が濁った瞳を輝かせて、燃え滾らせているのだから、ああなってしまっては止めようがない。
「やってみなければ分からんだろ?」
「やらなくても分かるって。今まで国王や勤勉の魔女のせいで、色んな人が犠牲になって、あまつさえ主義主張が通ることもなかったんだし、仕方ないって」
「主義主張……?」
「俺が『救世主』に――『勇者』の代わりとして任命される時、バイスさんはずっと反対してくれていたんだよ」
子どもになんて責任を押し付けるんだ。
大人が解決しないで何が、誰が未来を作るんだ。
国が解決すべきことを、齢十歳の少年に背負わせることを恥と思え。
そんなことを言ってくれていたらしい。
それも、俺が聞いたのは一部分だしなにより、これでも柔らかな言い方なものだ。
実際は、かなりの口が悪かったらしい。
「しかも、王政に関わることができた時も言っていたらしいんだけど、全部言ってなかったことにされたらしい」
「……そりゃ、怒るのも無理はないか」
「逆にこの場を逃してしまってはいけないとも思ってるんじゃないかな。勤勉の魔女は動けない今しかできないし」
今の勤勉の魔女は、とりあえずとして牢獄に――地下奥深くの牢屋にいるらしいが、どうなっているのかは分からない。
かといって、見たいわけでもない。
最後に見た、赤ん坊のままでいい。
「じゃが……。これでは、せっかく用意したものが無駄になってしまうぞ」
「分かってるよ。だから七つ席が空いてるんじゃないか?」
これをバイスさんは見越したのか。
それとも、国王を徹底的に追い詰めるためか。
どちらにせよ、俺の目の前に空いている七つの席を眺める。
誰も座っていない。
空席。
しかし、この場に用意されている以上、誰かが座ることを予定されている椅子。
今はそこに座る人物へ託すしかないだろう。
「まぁ、気楽にいこうバル爺。有意義な会議にしようと思わない方がいい」
「……まぁ、そうかもしれんが」
少しでも意見を通したい気持ちは分かる。
ただ、国王があんな状態である以上、独裁者を制御することはあまりにも難しい。
「提案したこともなかったことにされるか。言ってなかったことにされるのは決まっているんだし、今は耐えるべきだな」
「……どのくらい?」
「さぁ? とりあえず、一週間くらいは見ておいた方がいいんじゃないか」
「…………」
バル爺も思わず閉口。
適当に言ったんだが、信じてしまったようだ。
かといって、訂正するのは面倒だし。なにより、その可能性が捨てきれない以上、撤回するのももったいない。
なにせ、この場においての最善策は【話を進めないこと】なのだから。




