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第594話「決政場」


 まぁ、こんな前夜を過ごしていて、早速の会議とやらは二日後に執り行われたわけで。

 しかも、王国側は言われた通りに七つの空席を用意しているのだから、従順というか。

 乱入さえ考慮しているのか。

 それとも、なすがままされるがまま。

 己の非を認めていると露骨な態度なのか。

 どちらにせよ、王国の意図に反してこちら側の印象は最悪なことに変わり無かった。

 変わることも。

 微塵とした微動だにしない変化が起こりえない。

 それが先程の、回想に至る前の「王国から離れても問題無い」の発言へと帰結する。


「そもそもじゃが。儂らが王国に物資を運ばないとは言うとらん。ただ、エティリカの方がいいと判断しただけに過ぎん」


「鷹の族長とやらは見る目があるのだな。いやはや、王国との話し合いに参加して何か得られるものがあるのか、半ば諦めていたがこんなにも聡明な種族がいるだけで参加した甲斐もあった」


 まぁ、ここに白髪の少女――つまりは『魔王』が同席しているのは予想外ではあった。

 いや、俺はなんとなく来そうな気はしていたが、そもそも乱入してくる一人かと思っていたので、予想内の予想外だ。

 ド派手に登場して、話題をかっさらっていく。

 そんな一幕があってもおかしくなかったのに、我が物顔で椅子に座っているのだから、見る人によっては気絶するのかもしれない。

 人族の王国と、魔人族の王国が机上での対話を行っているのだから。

 ……魔人族側が優勢すぎて、国王が可哀想なくらい追い詰められていることは見ないことにしよう。


「まぁ、そういうことだ。人族の王よ。先程の【勤勉の魔女を衰弱死させる牢獄に捕らえる】という案は、なかなかどうして否定派が多いようだ。そちらお得意の多数決でもとるか?」


「……い、いや。あくまで提案しただけ。ここでの目的は方針の取り決めであって」


「おうおう、そんな脂汗垂らして可哀想に。誰か拭いてやらんか、王が一番焦ってどうするよ」


 ハーストさんの言葉を受け、側近の一人が急いで国王の頬を滝のように流れ落ちる汗をシルクのハンカチで拭いていく。

 しかし、この二人――いや、バイスさんも含めて国王に対してやけに強気なのは凄い。

 というか、ここぞとばかりに詰め寄るんだから、相当の鬱憤でもあるんだろうか。

 まぁ、俺に話題の矛先が向かないのなら良しとするべきか。この場面で、何か言えるほどの含蓄なんてないし。経験だってない。

 あるとすれば、現場からの不満くらいか。

 それで良かったら言えるけど、話が逸れそうだし今回はあまり役割としては、いるだけで効果がありそうだな。


「……で、御三方の言い分は把握しました。『救世主』はどのようにお考えで?」


 ……この。

 国王、明らかに蚊帳の外だった人間を見つけやがって。

 しかも、俺をだしにしようとしているのか、瞳が意地悪く揺らめいている。

 魂胆が汚らしい。


「…………そうですね。殺すという感情的に任せた方法を一概に自分自身は良しとしていませんね」


「殺す、なんて人聞きの悪い」


 いや、衰弱死をさせるなんて殺すと同義だろ。

 何を言っているんだ。


「あくまで衰弱死させるほど、弱らせるということです。勝手に野垂れ死にする。餓死するのと一緒で、体を蝕んでいく毒によって命を落とすだけです」


「それを広義では殺すと一緒じゃ」


「あくまで、処罰による副作用とやつです」


「それで死んだらそれこそ、勤勉の魔女の思い通りでしょう。殺さない、死なせない。それがこちら側の求める最低限の処遇ですよ」


 どうやら国王が一番腐っているようで。

 どうやら、国王が一番勤勉の魔女の影響を受けているようだ。

 まぁ、そりゃそうか。

 中枢に入るため、国で一番偉い人間を掌握するのはほぼほぼ定石でもある。

 そして、腐らすのなら上と下の両方からだ。


「『救世主』エヴァン・レイ。この王とやらは、即位して何年になる?」


「え、確か……。俺が産まれた年に即位したはずなんで、十八年ですかね」


 多分。

 そのくらいだったはず。

 即位記念の話が聞こえた時、自分と同い年なんだと感心した記憶が確かなら、そうなる。


「でもなんでそれを?」


 聞いてきたのか。

 疑問を投げ掛けた瞬間、イラオの顔がこの上なく『魔王』らしく、悪魔みたいな口になっているのだ。

 怖。


「いや? たかたが、十八年で王になったと言っても、所詮は勤勉の魔女に操られるだけの人間なんだなと思ってな」


「……それはどういった意味で?」


 国王が明らかに、露骨な嫌悪を示す。

 しかし、そんなのをものともしないのがイラオで。

『魔王』だ。


「なに、大した話じゃないさ。この国の王とやらは、民の未来より我儘な赤子の未来ばかり考えている、愚か者だということが分かっただけだ。気にするな」


 気にするに決まっているだろ。

 そんな言い方じゃ。

 あ、ほら。憤ってますよ。眉を八の字に曲げてますよ。


「こ、この……! 王を愚弄する気か」


「それはこちらの台詞だ。この『魔王』を愚弄する気か?」


「…………っ」


 何も言い返せない国王。

 言い返せるだけの権威も、威光さえもないのだろう。

 仕方ないことではある。

 今まで勤勉の魔女の足に絡みついていたような存在で、常に勤勉の魔女が主体であった存在が、突如主を失ったとすれば、その発言にはおおよその虚ろと虚しさと、力なぞ消え失せる。

 だから、勤勉の魔女の思惑通りにさせようとしているのだろうか。

 そうであるなら、大した忠誠心ではあるけど、少なくとも国王が抱くべきは忠誠でなく、圧倒的なまでの権威を見せつけて欲しいものだけど。


「そもそも、だ。勤勉の魔女が生きていることに関して、文句を言う連中の気持ちは分からんでもない。そういった民がいるのは、アタシだってこの目で見てきた。刮目して、顕現した中でもそんな意識があることにだって気づいた。しかし、本当にソレでいいのかと問い詰めたいんだな、アタシは」


 イラオは目の前に置かれたティーカップを眺めては、一切口をつけるどこか匂いを嗅ぐことさえ嫌悪した。

 思わず、そのままカップを壁に投げつけそうな勢いの手を――行き場をなくしかけて、ゆっくりと白いテーブルクロスをひかれた机上に置く。


「な、国王様や。あんたが目指しているのは国民の平和か?」


「そ、そりゃもちろん」


「その中に、犠牲になった人間は含まれているのかな」


「犠牲……? 『魔王』が大人しくしていれば犠牲なぞ生まれないだろ」


「はは、確かにな」


 乾いた笑いだ。

 悲しい笑いだ。

 後悔の滲んだ笑いだ。


「あー、さっき理性が働いてカップを投げるのは辞めておいたのだが、辞めなくて正解だったな」


「な、なんじゃ。脅しか」


「脅しだと思っているのなら、アタシが優位的である証拠だからいいとして、だ」


 チラッと、バイスさんを横目に映すと、穏やかな顔で成り行きを見守っている。

 いや、落ち着きすぎじゃないですかね。

 仮にも国の王が脅迫されかけているんですけども。

 いや、非なんて国王にしかないから、止めたくないけども。

 それでも、この場で『魔王』が暴れてしまうことの方が悪い方向に傾いてしまうかもしれない。

 特に、魔人族の印象を覆すために奮闘するイラオの行動自体が無に帰すなんて、目も当てられない。


「お前、王のくせに国民の平和を願っている真似だけしているだろ」


「……そ、そんなこと!」


「ないと、言い切れるのか? なら、なぜ先ほどの会話でアタシが犠牲者を生み出すことになった」


 怒りの矛先はもちろんのこと、『魔王』への印象だと最初は思った。

 だが、違う。

 即座に否定する。

 彼女は王だ。

 彼女は千年間もの王だ。

 魔人族を統べ、尊び、愛し、敬愛し、尽力してきた王だ。

 その中に、勤勉の魔女が施した忌々しき呪いを除けば、彼女の意識は王たりえる。


「『魔王』は、今までだって民を殺してきたではないか」


「違うね。いや、事実だけどアタシの質問の解答ではないね。なんで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……」


「アタシは犠牲になった民の平和、それを目指し実現できるのかと聞いた。しかし、てどうだ。国王様や。

 国王様は『魔王』が犠牲者を生み出さなければいいと言ったじゃないか」


「じ、事実じゃないか」


「アタシが聞きたかったのはそんな答えじゃないってことだよ。国王様や、なんで『魔王』が隣国の平和を握っているんだよ。実権も、全てはアタシのお陰でアタシの匙加減というのはおかしな話じゃないか?」


 これには同席していた翼人族長のハーストさんや、『賢者』のバイスさん、更には冒険者組合のバル爺だって猜疑心のこもった瞳を国王へ向ける。


「アンタは、自分の国の平和は他国に握られていると言っているんだ。王に相応しくないね」


「…………」


「自分の国の、自分の民の、自分に従ってくれて、自分のために労力を働いてくれて、自分のために粉骨砕身で尽力してくれて、自分のために他者との交流をしてくれ、自分のために平穏でいてくれている民を愛し、尊び、時にはその民から学び、周りから平和ボケしていると呆れられるような国の王に相応しくない」


 怒涛の如く、正論をこれでもかとぶつけたイラオ。

 しかし、それだけで終わっていないようだ。

 いや、決定的な言葉の重みをもって、制したのだ。

 この場を。

 誰もかもを。

 全てを。

 例え、反対する者がいたとしても。

 それが本当に正しいのか熟考させるだけの説得力を持たせながら。

 たった、一行で済むような。

 彼女にしかできない暴論。

 彼女だけの正論。


「千年間、国を統べてから王を名乗れ」


 

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