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第593話「風の噂、行方、明後日」


「そうじゃな。そこら辺でイチャついとる奴は置いておいて、儂が来た理由を説明する番かのう」


「イチャついてない。断じて」


 決して。

 決死て。

 断固として、この傲慢の魔女と乳繰りあっているわけじゃない。


「儂にとってはどうでもいい」


「言っておいてそれはないだろ」


 自分から突っついてきておいて、そんな無責任なことを言うくらいならそもそも茶化さないで欲しかったんだが。

 いや。

 茶化したわけじゃないのか。

 単純に、俺がイチャイチャしているのか。

 それとも、嫌がっているのか。

 それを判別したかっただけか。


「照れ隠しでもないことは分かった。して、そこのお嬢さんも儂にとっては気になるんじゃがな」


「私のことはお気遣いなく」


「気遣いなんてするかい。ただ、この話を聞くに相応しいのか聞いておるんじゃ」


「それは話の内容次第ですが、そうですね。鷹のおじ様。私の身元保証人はそちらの『賢者』様だと言っておきましょうか」


「誰が貴方みたいな不審者の身元保証人になったんでしょうかね。嫌ですよ」


「またまた」


 またまた、で流せるような嫌がり方ではなかったはずだが。

 それでも、傲慢の魔女は不躾なほどの笑顔でバイスさんに任せるつもりのようだ。

 可哀想にと思うべきか。

 それとも、怠惰の魔女のせいだと言うべきか。


「……はぁ。いいです。この際、話が円滑に進む方がいいです。ハースト、この人は私の知り合いですし、恐らく伝えたいことを聞いても支障はないです」


 ――むしろ、伝えるべき相手でしょうし。


 と、注釈を入れる。

 渋々と。

 明らかに嫌そうな――嫌な顔をしながら。

 どれだけ嫌なんだろうか。

 否定するよりも、話が進むことを選ぶなんて。


「バイスさんがそこまで言うなら、言おうかのう」


 それでもハーストさんは一切気にした様子を見せない。

 いや、どちらでも良かったのだろう。

 話があって、それを伝えることが目的だとすれば、傲慢の魔女の正体がなんであろうと構わない。

 どころか、正体が分かろうと分からないとしても、結局、話すべきかどうかの選択でしかない。

 だから、厄介払いにするか。

 それとも、居座らせるか。

 それは、おおよそ仲が良さそうに見えるバイスさんに委ねられていたものなのだ。

 ……だとしても、傲慢の魔女はどれだけ厚顔無恥なのだろうか。

 恐ろしくなる。


「ここにいる村長、そして族長。冒険者組合長、そして『救世主』エヴァン・レイも含め、主要人物への伝達事項じゃ」


 そう前置きをするハーストさん。

 しかし、ビール片手に揚げ芋を楽しんでいる姿には決して見えない。


「勤勉の魔女の今後の処遇、及び王国の方向性を作るために集まって欲しいそうじゃ」


「わざわざ文書ではなく?」


「緊急性はあるが拘束力はない。断ってくれてもいいが、断らない方がいいじゃろうな」


 まぁ、そうだろう。

 勤勉の魔女の処遇を王国に任せて、家でのんびりしていたらそれこそ死刑になる可能性だってある。

 勤勉の魔女の洗脳が解けたか、解けていないか分からない以上、断る選択肢はない。

 なにより。


「俺の出席は絶対だろうしな」


「まぁな。エヴァンにだけは後で正式な文書が来るそうじゃし、残念じゃがエヴァンは強制参加じゃ」


 むしろ願ったり叶ったりだ。

 ただ、ほかの二人はどうなのだろうか。


「ワシは参加するつもりじゃぞ。じゃなければ、この腐った王国のために粉骨砕身働いた者達への手向けにもならん」


「そういえば、対の魔女が実験に誘拐した者の大半は冒険者だったのう」


 冒険者組合の職員だけじゃなかったのか。


「あぁ、恐らく。いなくなっても都合がいいと思ったんじゃろうな。依頼中――依頼遂行中に狙われていたようじゃしな」


「まぁ奴らの小賢しい手口らしいな」


 小賢しいで済むのだろうか。

 計画的すぎて。

 邪智的で、非人道的どころじゃないだろ。

 賢いんじゃなくて、思考自体が邪悪だろう。


「冒険者組合長は参加するということで。バイスさんはどうされる?」


「私がそこに行ったところでどうにかなるのでしょうか」


 この場面において意外な人物が一番消極的であった。

 思わず見張った瞳に映った顔は忘れようもないだろう。

 バイスさんは笑っていたのだ。


「どうにか、とは?」


「いえ、少し言葉足らずでしたね。私と冒険者組合長、そして翼人族長、他種族の長が集まって、『救世主』がいたとして。果たして、勤勉の魔女は私達の思い通りの処遇になるんでしょうか、ということです」


「……それは権力者の少なさを言っていますか?」


「それもありますが、どちらかといえば私達側の味方の少なさです」


 王国主導となれば、集められている人間が果たして、俺たちの考えに賛同してくれるかは分からない。

 いや、そうならないような人間を置くだろう。

 それも、大勢。

 王政関係者として参加する貴族がどれだけいるのか分からないし、そうなると味方は多い方がいい。

 しかし、だ。


「バイスさん。味方なんて、そもそも勤勉の魔女に従っていた人間が多かった以上、難しいんじゃ……」


「そうですね。エヴァンさんの言う通り一般人の中には少ないでしょうね」


 一般人。

 あぁ、そう。


「……もしかして、バイスさん。怖いことを考えていますか?」


 恐る恐る聞いてみる。

 いや、消極的に見えたのが勘違いならそれでいい。

 ただ、この人。

 このご婦人は、これ以上ないくらいかき乱そうとしているのかもしれないと思えば、聞かずにはいられなかった。


「秘密です。……まぁ、お隣のお嬢さんがこれを聞いてどうにかするでしょうけど。決定打を挙げるなら。

 私達ではどうしようもない」


 ピクっと。

 僅かに、傲慢の魔女の瞳が揺れ動く。

 何か思いついたのか。

 それとも、察したのか。

 どちらにせよ、バイスさんはその様子を確認できるとまた笑顔を浮かべる。

 それがどんな風に見えたかなんて言わないでもいいだろう。


「さ、話を戻すと私は参加します。しかし、ハーストにひとつお伝えしておくとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なので、王国には()()()()()()()()()()()()()、とお伝え下さい」


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