第5話「夜明け」
そもそも、エヴァンが幻生林に来るのも、たまたま気が向いたからであって、えてぃかと出逢うのも偶然ではあった。
朝焼けが木々の隙間から見えた時、ローブへの細工も言い訳も出来た。
ローブへは認識阻害の魔法術式を組み込んで、言い訳は迷子ということに。
ローブの完成度に見合わない言い訳であった。
えてぃかが目を覚ますのは、意外にも早かった。
うっすらと明るくなっていく空を、エヴァンが確認してから数十分足らずで、目が覚めた様子だった。
薄らと開かれた紅色の瞳を覗かせ、起床を迎える。
焚き火は小さくなっているのを見ると、寝ていたという事実を確認する。
安心感からか、何にせよ生きているということに感謝する。
「起きたか?」
「………んー………」
寝惚けながら、声の主を見上げる。
声の主は優しく笑っていた。
「起きてすぐに動かなきゃいけないんだが、動けそうか?」
その言葉で寝惚けた意識に鞭を打つ。危険な場所だという意識を奮い立たせる。
エヴァンの問いかけに、覚醒した瞳で見据え。
「だいじょうぶ」
そう答える。
目が覚めたら、現実を直視し泣いてしまうのではないか、とエヴァンは思っていたのだが、えてぃかはその想像よりも強かった。
ただ、それでも年相応なのだろう。
覚醒してはいても、瞳は震えていた。
これより先の想像できない不安。それに揺れて震えていた。
強くとも幼い姿にエヴァンは変わらず。
「よし、ならまずはこのローブを羽織ってくれ。頭までしっかりな」
細工を施したローブを、えてぃかへ手渡す。
頭上に疑問が浮かんだ表情のえてぃかは、思わず尋ねる。
「こ、れ?」
「そう。それには認識阻害の術式を掛けているから、えてぃかに合わせた特注だ」
手渡された茶色のローブは大きすぎて、えてぃかの両手から零れてしまう程だったが、それを眺める少女はどことなく嬉しそうにも見えた。
しかし、と。エヴァンはえてぃかの肩を優しく掴む。
「それと、これは大事な話な。これから行くのは人族の多く集まる場所だ。そこに魔人族のえてぃかが行く。その為のローブだ」
「……うん」
「人族は魔人族を問答無用で嫌う。それは『魔王』のせいなんだが、魔人族であることがバレると、えてぃかがどんな目に合うかは分からない。それこそ、酷い目に合うかもしれない」
「………………うん」
「それでも俺はえてぃかの味方だ。出逢った最初から最後まで、えてぃかを守る。ただ、えてぃかがこれ以上酷い目に合わないためにも、これをしっかりと頭まで被ってくれ」
「うん」
ぎゅ、とローブを握りしめるえてぃか。
魔人族にどれだけ人族の事が知られているのか分からないが、種族間の差は歴然だろう。
人族が魔人族を嫌うのも、魔人族が人族を嫌うのも。
『魔王』と『勇者』の関係から続いているのだ。
例え無関係であったとしても、偏見や差別意識は環境によって根強いものになっているだろう。
そのための認識阻害。
認識を誤解させて、普通の子どもに見えるようにする。
彼女の身の丈よりも大きなローブは、それだけで重く感じるものだろう。
「だい、じょうぶ」
だが、えてぃかの口から出たのは強い意志だった。
「いっしょに、いる」
魔人族であることを偽り、一緒にいる。
それはえてぃかへ酷なことであった。
だが、それでも一緒にいたい。
角を隠してでも。例え、どんなことがあろうとも。
答えたえてぃかは素早くローブを身につけた。
その様子に、少し呆けるエヴァン。
子どもらしくないとも言える。
それだけの経験をしてしまったのだ。それだけの経験をしてきたのだ。
想像するのは容易かった。
えてぃかが慣れないながらもローブを身につける間、呆ける訳にもいかないので、青年は焚き火の後始末をする。
幻生林が火事になってしまってもいいのだが、何故かこの森は焚き火の不始末で、火事にはならない。
過去、試しに近くの木へ火を移してみたのだが、あっさり鎮火した。
だったら残してしまっても構わないのだが、見張りに余計な誤解を与えてしまうのが面倒なため、毎度毎度、後始末をする。
後始末が終わる頃には、えてぃかはローブを羽織っていた。
丈を調整する暇もなかった為、かなりな不格好な全身をすっぽりと覆い隠している。
手先も足先も見えない。それでも、深深とフードを被る。
表情も見えなくなったが、認識を鈍らせるためと思えばいい。
「ぶかぶかですまないな。落ち着いたら丈も調節しよう」
「うん……ありがとう、えばん」
ローブから見える笑顔が見ずらいのは確認できたが、向けられた笑顔が見えない、というのもそれはそれで悲しい我儘な気持ちが湧くエヴァン。
「どういたしまして。……さて、えてぃかは歩けるかい?」
「うん」
両手で握りこぶしを作り、返答するえてぃか。身振りの大きい子だ。
「なら、ここからそう遠くはないところに見張り所がある。そこを出たら後は道なりに真っ直ぐ進むとストラ領なんだが」
「うん」
「そこそこ長い道でな。あれだったらおんぶしようか?」
「だい、じょうぶ」
そう答えたえてぃかが、幻生林を出てすぐに、ギブアップしたのはいうまでもない。




