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第55話「【幕間】慈善」

 能力研究所の一室。所長室の奥に三人の魔女が紅茶を飲んでいた。

 謙虚、慈善、勤勉のいつもの面々である。

 話題は、『救世主』との接触について。


 しかし、慈善の顔色はとても優れず、一層挙動不審が際立つ。

 痺れを切らした勤勉は、問い掛ける。


「……それで、慈善は『救世主』と接触できたのですよね?」


 勤勉の一言に、ビクン、と身体が揺れる。

 瞳の揺れ動きは顕著に。


「そ、そ、そ、そ、その……」


「おい、さっさと言いなさいよ」


 これには謙虚も畳み掛ける。

 ここまでよく我慢できたと言えるが、口調の尖り方は突き刺すようであった。

 それでも萎縮しない慈善は、意を決する。


「せ、接触は、でき、ました……」


「接触は?」


 勤勉の魔女の復唱に鳥肌が立ってしまう慈善。


「の、能力の、しょ、詳細は、分かり、ません、でした」


「はぁ!?」


 謙虚は大声を出し慈善に詰め寄る。


「おい! 慈善が分からなきゃボクが動けないじゃない!」


「だ、だ、だって……」


「謙虚」


 熱した謙虚に冷たく勤勉の言葉がぶつかる。

 謙虚を見つめる視線は、非常に非情に冷たく、冷血さえ感じる。


「そんな言い合いをしに集まったのなら、貴方は必要ありません。私達は意見を交わしに来た。そこに計画の不備を嘆く暇なんかありません」


 その言葉には、謙虚もしおらしくなる。

 ただ、謙虚の剣幕に怯まない慈善も慈善であったが。


「ところで、具体的に教えて下さい。どうして、能力の詳細を得られなかったのか、発動条件も、発現時期さえも。分かっている事があるのならば、今すぐ共有して下さい。そうして、計画を修正していきましょう」


 そう言われた慈善は大きく息を吸い込む。


「お、恐らく、ですが、能力は、一つ、じゃ、ない、可能性、が、高い、です。ふ、複数、の、能力の、情報、が、頭に、流れて、きて、処理、でき、ません、でした」


 ふむ、と勤勉は澄んだ紅茶を見つめる。

『救世主』の能力は、一つではなく複数あるという事。

 それも、一度に処理できない程に沢山の。


「そうですか……」


 残念そうに見えた勤勉。

 しかし、内心では知識欲の湧き上がりを感じていた。

 常識の範囲外に『救世主』は存在している。

 そう思うと勤勉の口角は歪む。


「それは、とてもいい事ですね。いい事ですね。いい事ですね。嗚呼、(たかぶ)りますね。興奮しますね。(たぎ)りますね。いい事ですね。常識の範囲外で、能力の所持数の限界さえ超越した存在なのですね。嗚呼、神とは嗚呼、嗚呼嗚呼嗚呼、そのような存在をも許してしまうのですね」


 その姿は悪魔のようであった。


「おい、それでボクはどうすればいいのよ」


 謙虚の一言に我に返る勤勉。

 コホン、と。


「そうですね。ひとまず、一週間後の予定は開けておいて下さい。そこで、直接『救世主』と接触しましょう。それまでは、慈善には何度も能力の解明をしてもらいます」


 慈善はいかにも、え〜、と言いたげな表情をした。

 また、盛大に嘔吐しなければいけない。

 それはそれで嫌にもなるだろう。


 しかし、文句は許さないのが勤勉。


「いいですか、慈善の失敗は大きな支障です。本来はスムーズに進んだ物語を引き裂かれたようなものですから、それを取り返すのが慈善のする事ですよ」


「は、はい……」


「おい、とりあえず、一週間後に向けて気を付ける事はあるのかしら」


 謙虚は勤勉を急かす。


「とにかく、本名と能力は隠して下さい。それ以外は特にありません」


「そう、なら一週間後ね」


 そう答えた謙虚は姿を消した。

 その場には、慈善と勤勉のみ。


「慈善は先ほど言ったことを遂行して下さい。失敗の報告は一週間後にして下さい。それまでに言われるのも鬱陶しいので」


「は、はい」


 慈善の姿もその場にはなかった。


 残った勤勉は、紅茶で満たされたティーカップを眺める。

 ここまで上手くいかないのは初めてで、吊り上がった口角と怪しい笑みは消えない。


「いい事ですね、エヴァン・レイ」


 不敵な笑みとは別に、慈善も同時刻に盛大な嘔吐をしたのは言うまでもない。

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