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第53話「帰宅」

 急いでエヴァンが帰ったのは、夕暮れ時であった。


 サニーを北門の厩舎へ返し、そこから早足で黙する鴉へ向かった足。

 芦毛のサニーからの寂しげな目が気掛かりだったが、早くエティカに会いたい。


 その一心で、歩くとすぐだった。


 目の前の扉の先から聞こえる賑やかな声に、エヴァンは懐かしさを感じる。

 先ほどまでのロドルナやオーマとの張り詰めた空気よりも、穏やかで和やかな空気。

 そこへ向けて扉を開ける。


「あら、早かったのね」


 エヴァンは受付のヘレナと目が合う。


「ただいま」


「はい、おかえりなさい」


 穏やかな笑顔で迎えるヘレナ。

 それがどれほど温かいのか、エヴァンは形容する言葉を持たない。


「お姫様なら、いつもの所よ」


 急いで帰ったのを一目で見抜いたヘレナは、エティカの居場所を示しながら言う。

 そこには、小さな人形のような少女がローナと話をしていた。


「ありがとう」


「いいえ」


 向かう足は自然と早くなる。


 一足早く気付いたのは、ローナ。

 そのローナを見て、ゆっくりと向く少女。

 その頃には、少女の目の前へと到着するエヴァン。


「おかえりなさい、早かったですね」


「ああ、ただいま」


 目の前の少女は、その小さな口を開ける。


「おかえり、えばん」


 可愛らしい声。

 エヴァンにとって一番聞きたかった声が、エヴァンの身体に響き渡る。


「ただいま! エティカ」


 そう言うと、エヴァンはエティカを抱き締めていた。


「え、えばん?」


 急に抱き締められたエティカは戸惑う。


 それでもエヴァンは構わず抱き締める。

 これまでの不安感を消し去るように、ストレスを発散するかのように。


 その様子が分かったエティカは、驚きはしたものの、ゆっくりとエヴァンを抱き締める。


「おかえり、えばん」


「ああ、ただいま」


 その光景はさながら数年以上離れ離れの親子を思わせたが、間近で見せつけられるローナはたまったものではない。


 はあ、とローナは溜息をつく。


 甘い空気。

 それを眺めていた酒場の客もその様子を冷やかす。


「おい! エヴァン! お前そんな小さい子がいいのか!」

「いい感じじゃねえか!」

「ついでにキスでもしちまえ!」


 中には口笛まで吹き始める者もいた。

 思いっきりの冷やかし。

 酒を飲んだ者の口を止められる術をエヴァンは知らない。


「うるせえ! お前らにはやらねえからな!」


 それでも、抱き締めたエティカへの独占欲は見事だった。


 当のエティカは、急にスポットライトを浴びて困惑していた。


 しかし、その賑やかな雰囲気と声、活気に溢れた酒場。

 それだけでエヴァンを癒すには充分だった。


 言い争いをしているエヴァンが気付くように、ぽんぽんと、エティカは優しく叩く。


「ん? どうした?」


 エヴァンと目が合うエティカ。


「ううん」


 エティカは照れてエヴァンの胸に潜り込む。


 ああ、その様子にローナの眉間に皺が寄っている事を知らないエヴァンは、デレデレだ。

 酒場の客もその様子に最高潮。


 ローナによる一喝があるまで、その冷やかしは続いた。


(帰ってこれて良かった)


 それを痛感し、これからも大事にしようと誓うエヴァンであった。

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