第44話「意見」
見透かされて、早めの要求をされてしまったエヴァン。
これでは、主導権をロドルナが握ってしまう。
ロドルナは、エヴァンの準備時間が短い事が良く。そうする事で準備時間の不足からの失敗で、『救世主』としての立場が、危うくなればいい。
エヴァンは、準備時間を確保しつつ、ウレベとの接触が達成されればいい。
ウレベと接触し、少しでも情報を収集する。
可能であれば、エティカの事も聞き出せれば御の字。
しかし、『救世主』への因縁がある、ロドルナが譲るとは思えない。
「そうですね、早い方がいいですね。一週間以内というのは如何でしょうか?」
「いや、事は早急に行わければならん。五日だな」
「では、資料等の準備も必要でしょう六日で」
「資料集めで、そんな時間を掛ける必要はない四日だ」
「参加者の予定もあるでしょう、集まりのいい日にしましょう」
「『魔王』についての意見交換かつ、対策は人命が関わっているからな、最低でも三日だ」
譲らない固い意思のロドルナ。
現状の主導権は、ロドルナが握っており、エヴァンの立場は窮地とも言えた。
日数を伸ばそうとすると、人命最優先という言葉で、日数を縮めてくる。
しかし、エヴァンにとっては一週間ほどの猶予が必要ではあったが……。
「では、三日にしましょう、魔女様の参加は必須事項として」
唯一のエヴァンの譲歩だ。
ウレベさえ参加すれば、最低限の情報は保証される。
ウレベの容姿やウレベ自身の情報。
その中で、『魔王』の情報が出ればこの上ない。
「いや、早めに動く事が戦略の基本とも言える。明後日には行う」
最低限の日数をロドルナは更新した。
日数を減らし、エヴァンを焦らせ、交渉においての優位性も、今後の話し合いでの優位をも確保するつもりなのだ。
ここで、エヴァンが下手に出れば出るほど、エヴァンにとって不利な交渉に変わる。
そして、エヴァンはその不利な交渉をほぼ強制的に、有無を言わさずに従わなければいけなくなる。
ロドルナの狙いはそこだ。
つまり、エヴァンは、交渉というフィールドから降りず、しかも、ある程度の優位な状態を維持しつつ、話を終わらせねばならない。
その足掛かりとして、日数の相談は、エヴァンが優勢になった方がいいのだ。
「魔女様も必要な準備とかもあるでしょう。魔女様が望んだ日数にされては、いかがでしょうか」
「事は早急に実施し、民を安心させるのが王国の務めであるから、明日にはした方がいいな」
「私にも準備があります。長期的な王都での滞在を想定していませんので、準備を二日、三日目に意見交換というのはどうでしょう」
「準備が疎かなのは、エヴァン・レイの不徳の致すところ、とも言えるな。それに王都には物資も充分にある、お前の収入で買えない訳がない。だが、そうだな……。心許ない状態で臨まれては困るな」
途端に、ロドルナは譲歩の姿勢を見せる。
しかし。
「早く帰りたいのだろ。では、これから意見交換とする」
しまった、とエヴァンの内心は穏やかでなくなった。
準備云々の話は聞かず、エヴァンの王都への長期的滞在のみを加味したのだ。
それも都合のいいように。
これを切り返す必要がエヴァンにあった。
「……」
「どうした? 手詰まりか」
この後に、意見交換をしたとして、その場にウレベが来る保証はなく。
それならば、確実な日数を取る事が安全策とも言える。
ロドルナにとって優位であった。
そんな不利なエヴァンは、唐突に立ち上がり、ロドルナの方へ向く。
何事か、と思う間もなく、エヴァンは正座し、地面に頭を下げる。
「すみませんが! それだと間に合わないので! どうか猶予を頂きたい!!」
土下座だ。
応接間にエヴァンの声が響き渡る。
頭を下げ、猶予の譲歩を願ったのだ。
この行動、言動ともに、予想だにしない出来事を、目の当たりにしたロドルナは、驚愕する。
あの『救世主』が頭を下げ、屈したのだ。
これには、ロドルナも優越感に浸らずにはいられない。
とても、気分の良いものだった。
そうすると、譲歩してやろう、という気持ちにもロドルナはなる。
「よいよい、頭を上げろ。そうだな……。準備もあるだろう、その事も加味して、三日にしようではないか」
しかし、エヴァンは頭を上げ、立ち上がるとゆっくり椅子へ座る。
焦った様子もなく、落ち着いた所作。
「いえ……」
口をついて出たのは。
「『魔王』の襲撃がいつ起こるか分かりません。これから行いましょう」
「は!?」
立場の逆転であった。
ロドルナが譲歩の姿勢を見せた、その隙をエヴァンは突いた。
譲歩したという手前、エヴァンに猶予を取らせなければ面子も保てず、何より準備が必要なのは、ロドルナも同様なのだ。
ロドルナは、この後には別件での用事が控えている以上、これから行うという、エヴァンの一言には賛同できない。
そこに賭けた一言でもあったが、ロドルナがエヴァンの譲歩の願いに対して、三日がロドルナにとっての、最低限の準備に必要な日数だと分かったのだ。
焦ったロドルナは、提案し、エヴァンに考えの見直しを促す。
「いやいや、それだと不都合が生じるだろう。それでは、意見交換の質が下がってしまう、四日でどうだ?」
「いえ、戦略の基本でもある早めの行動が、望ましいですね。明日には行いましょう」
「いや、い、五日。五日は必要だろ。うん、他の参加者の準備も考慮しなくては、建設的な話し合いができないからな」
「んーそうですね。では、明後日か三日後でどうでしょうか?」
ロドルナも提示した最低限の日数だが、ここまで来ると引けなくなる。
早めにするのは、もちろん望ましいのだが、それまでに準備をし、建設的な話し合いができるようにする事も大事なのだ。
そうなると、三日は足りない。
何より魔女が参加する事も分からないのだ。
また、話し合いによって得られた情報と対策で、魔獣や『魔王』討伐への貢献があった場合、ロドルナの印象も良くなる。
ロドルナの印象や評判に関わる以上、提示した最低限の日数では、狙った評価を得られない。
それでは、折角の場を作ったという功績が霞んでしまう
故に、ロドルナは更に譲歩するしかないのだ。
「そ、それでは魔女様や国王様の予定も前倒しにしなくてはならない。ご迷惑かけるのは申し訳ないだろ。六日で、どうだ」
しかし、エヴァンは強欲であった。
「いえ、民の人命と平和の為ならば、国王様も魔女様もお許しして下さるでしょう。やはり明日にしましょう」
ロドルナは卒倒しそうだった。
国王も魔女もそんな急に予定を切れる訳が無い。何より、そんな急に開いたとなると、ロドルナへの印象は悪くなるだろう。
何より、王政の忙しさを知らない『救世主』のエヴァンだからこそ、このような事も言えるのだ。
気が削がれたロドルナは、消沈しながらも。
「い、一週間でどうだ……」
と、エヴァンの最初に提示した日数を提案した。
ロドルナの思惑は失敗したのだ。
実際、その程度の日数が建設的な意見交換には、必要だった。
しかし、エヴァンへの優越感と引き換えに、会話の優位性を奪われた。
「ありがとうございます。では、一週間後に行いましょう」
国王への質疑も正答し、会話の優位性も確保、ウレベとの接触も保証されたようなもの。
エヴァンにとって、これ以上ない成果であった。
また、優位性をエヴァンに奪われたロドルナであったが、国王と魔女との予定の折り合わせや、準備等でおよそ一週間が理想であった為、消沈しながらも折り合いとしては願った提示であったのだ。
それに、エヴァンの立場を危うくしようという、嫌がらせのせいで、消沈するという結果になったのだが。
「……では、国王様からの質疑への正答が確認できた。今後の対策の為、一週間後に魔女様を交え、意見交換と対策会議を行う事とする。また、国王様からの質疑はこれにて終了とする」
と、不服そうにロドルナは締めた。
しかし、エヴァンがウレベと接触したい様子が見えたロドルナが、これで終わるわけが無かった。
「召集内容は以上だ。さっさと出ていけ」
ご丁寧に、チッ、と舌打ちまでロドルナは添えた。
思いがけない収穫もあったので、そこまで気にならないエヴァンは、失礼します、と頭を下げ、応接間を後にする。




