第42話「質疑開始」
その場を冷たい空気が支配する。
厳格とも呼べる空気に、エヴァンは口の乾きを覚える。
そんな事など知らないロドルナは紅茶で潤った口を開く。
「では、先に国王様からの質疑からいくぞ」
と、前置き。
国王からの質疑もあるとは、予想外のエヴァンではあった。
「此度の魔獣被害の減少を、『救世主』エヴァン・レイは、どのように考える」
ただ、エヴァンが予想していた範疇の質疑の内容であった。
「お答えしますと、魔獣による被害が減っている事は良い事だと考えています」
そのエヴァンの答えに、ロドルナは鼻を鳴らす。
侮辱の込められた視線を向け、肘をつく。
「そんな目に見える答えではなく、その先を国王様は求めているのだ、愚鈍めが」
「……そうですね。ここから先をとなると、予想や妄想の範疇から逸脱する事はありませんが、それでも良ければ少々お時間を下さい」
ある程度は、予想できたロドルナの返答に、エヴァンは考える振りをする。
ロドルナとのやり取りは、必ず相手へ怒るような事を言い、それによって軽くなった口から出る失言を、拾い掲げるやり方をよくする。
交渉しかり、対人戦闘においても、相手を焦らせる事で優位に進めるやり方を好んでいるのだ。
だから、見下すような視線や言葉を投げ、冷静さを欠くように発言する相手には、ペースを譲ってはならない。
主導権を握らせると、それだけでエヴァンは不利な対面で話さなければいけなくなる。
その為の、思考の振りだ。
エヴァンの中に答えはいくつか、ある。
その答えを待つ間は、エヴァンに主導権が移る。
後は、発言のタイミング次第で、その後の会話の優位性が変化していく。
ここで、焦らし、ロドルナが催促するまで待つのも一つの手ではあるが、ロドルナは催促をしてこないだろう。
待ってしまうと簡単な返答もできない『救世主』という王国指定冒険者の印象を、国王に与えかねない。
それでは、エヴァンの立場が不利へと変わる。
エヴァンが発言したのは、ほんの少しの時間が経った後だ。
「今までの魔獣と『魔王』との関係をご存知でしょうか?」
「ふん、関係性は不明瞭というのが通説だろ」
「そうですね、ただ今までも同じような現象が起きていたと思いますが、それはご存知で?」
ロドルナは不機嫌にも眉を顰める。
「『魔王』による被害前に、魔獣による被害も減っている。これはその前兆だと言うのか?」
「恐らく、という事しか言えませんが、今までの傾向は参考にしておいて損は無いかと」
「ふん、その程度か」
ロドルナは嘲笑の視線でエヴァンを見つめる。
「そんな事、予想出来ていないと思っていたのなら、お前はそこまでの冒険者という事だな、お粗末な思考には付き合いきれんぞ」
王政関係者でもあるロドルナが、過去の事例を把握しているのは当然だろう。
過去の『魔王』による被害が減少した同時期に、魔獣による被害も同様に減少した。その関係性もあってか、『魔王』と魔獣が繋がっている可能性が示唆されたのだ。
「では、それ以外の可能性という事でしたら、幻生林の拡大との繋がりがあるのではないでしょうか」
「それは当然だろうが、魔獣は幻生林にしかいない。それが判明している以上、関係性がある」
「幻生林が拡大を止めているのはご存知で?」
「もちろん、ウレベ様よりご報告があったからな」
ウレベという名前に、エヴァンは危うく苦い顔を出しそうになる。
ここでの、表情変化をロドルナが見過ごす訳が無い。
必死に隠す。
「ウレベ様の報告では、幻生林の拡大に伴って、魔獣が増加しているのではないか、との事だ」
「その可能性も有力候補ではあるかと」
「では、『魔王』と幻生林のありきたりな可能性の考えしか、持ち合わせていない、という事だな」
ニヤリ、とロドルナの口の端がいやらしく上がる。
ありきたりな情報からの考察しかできない、そんな『救世主』という印象を植え付けたいのだ。
「そうですね、他には魔獣そのものの数が減少している可能性も考えられますが」
「総数を把握出来ていない以上、それは妄想でしかないぞ。愚考もそこまでか」
「愚考も正答すればいいのです。但し、あくまで私の考えを述べるのが、国王様からの質疑ですので、正答は満たしたかと」
国王からの質疑は、エヴァンによる魔獣被害の減少についての考え。
それは、『魔王』と幻生林との関係性という愚考で、正答となるのだ。
最後の魔獣総数の減少は、あくまでの妄想が口を滑らせただけで、どちらかと言えば、『魔王』との関係性の方が重要なのだ。
それに、王政関係者からの意見と同意見という『救世主』の後押しが、国王を突き動かす事が出来ればいい。
『魔王』からの襲撃に備え、被害を最小限に抑えるのが、王政の最優先事項でもあるからだ。
「ふん、では国王からの質疑へ正答を満たした、としておく」
明らかな不満な意思を見せるロドルナ。
「では、続いての質疑だ。『魔王』の存在そのものをどう考えている」
国王からの質疑は、一つでは無かったようだが、大きな意味を持つ質疑であった。
「私にとっては、人族の存続を守る際の障害としか」
「『救世主』エヴァン・レイの『救世主』への質疑だ」
再びの侮辱の込められた視線。
「『救世主』エヴァン・レイよ。『魔王』の存在そのものをどう考えている」
本質からズレるとロドルナは、強制的に修正するのだ。
望んだ解答に近くないと納得しない、とも取れる。
ここでのロドルナが望んだ解答は、『魔王』に関して知っている事をエヴァンが全て吐く事だ。
それを間接的な自身の評価へと繋げる。
実際、国王からの質疑への正答は完了している為、ここから先の事はロドルナ自身の評価や沽券に関わる質疑なのだ。
かといって、エヴァンも『魔王』に関しては一般的に流通している、情報と大差ないのだ。
もし、可能であるなら、ロドルナから『魔王』に関しての情報があるなら、それを得られるなら、とロドルナからの質疑に応対する。




