第41話「謁見」
ラスティナ王城の中は広大であった。
広大かつ、装飾も豪華絢爛。
神々しいとさえ思える廊下を、エヴァンは歩き進む。
何度も通ってきた道ではあるが、その度に装飾品が変わっているような気がする。前は銀製の燭台が飾られていた机も、今や金色の燭台へ変えられている。
敷かれたカーペットも前より赤みが濃くなったような気もする。
門番に言われたように、エヴァンは真っ直ぐ歩く。
しかし、前までならたくさんの王城騎士とすれ違っていたはずが、今日はすれ違うことなくある事に若干の違和感があった。
大体、いつも数人とすれ違っていたので大した違和感では無かったが、静かな王城が余計に不安感を煽る。なにかあるのではないか。そんな先行き不安からの憶測。
そんな気持ちを払うように青年は頭を振る。
とりあえず、と正面廊下を突き進み、大きな客間と思わしき扉までエヴァンは歩く。
その歩みは、非常に重く、扉の前まで長い時間のように感じた。
何度も訪れた場所であっても、魔女に出会うかもしれない、そう思うと早く客間に潜り込みたい気持ち。客間までに遭遇したくないので警戒しながら歩きたい気持ちが、エヴァンの中でせめぎ合いをしていた。
ただ、エヴァンの内心で優位なのは、早く帰りたいの一点のみであるが。
そのためにも、客間への足取りを早め何とか客間の扉を開ける事ができる。
扉を開けると、客間らしく装飾品で飾られた室内が覗く。
赤と金色で揃えられた室内を、シャンデリアが照らす中へ、エヴァンは静かに入室する。
閉められた扉の音が、カチャッと無機質に響く。
エヴァンは、小さなテーブルと四つの椅子が並べられた一番手前の椅子へ、腰掛ける。
落ち着きはしないが、疑問が浮かぶくらいには思考の余裕が生まれる。なぜ客間へ案内されたのだろうか。
エヴァンが腰掛けた時、ふと片手間の脳内に浮かんだ。
応接間ではなく、客間である理由。
浮かびはするものの、その疑問の解答を想像できなかった。
しばらく座っていると、扉をコンコンコン、とノックが三回鳴る。
「失礼します」
鳴った扉の奥から女性の声が届くと、焦げ茶色の扉が開かれる。
華美な服装の女性が入ってくると、ぺこり、と頭を下げる。
正された雰囲気に沿った、丁寧なお辞儀である。
「『救世主』エヴァン・レイ様でしょうか。客間でお待たせしてしまい申し訳ありません。準備が整いましたので、応接間へ来て頂けますか」
「はい、今すぐ」
若い女性で、少なくともエヴァンと同年代のように感じるが、急いで客間を後にする。
その女性の案内を受けながら、客間から応接間の前へ移動する。
応接間の前まで、エヴァンが来たのを確認した女性は、コンコンコン、と客間へ入ってきた時と同様に声を掛ける。
「失礼します」
女性が扉を開け、エヴァンを先に通す。
客間と違い、白色や木材の色で整えられた室内に、いかにも値段の張りそうな木目の綺麗なテーブルと椅子。
その一番奥の椅子に、エヴァンが魔女の次に会いたくない男が座っていた。
「ふん、客間でのんびりと寛ぐ『救世主』がおるとはな」
男は目の前の紅茶を音もなく一口飲み、エヴァンへ嘲笑うかのような視線を向ける。
その目付きには慣れたようにエヴァンは近くの椅子へ、そそくさと腰掛ける。
一言も言わないのは、ある種の意趣返しとして。
エヴァンの着席を確認した女性はぺこり、と頭を下げ応接間を後にする。
と、同時入れ替わるように二名の王城騎士が部屋に入り、男の後ろに一人は立ち、もう一人は離れた椅子へ腰掛け、数枚の紙を見つめる。
一人は護衛として、もう一人は書記として、だろう。
何も言わないと男の気分が下がって、エヴァンに対しての皮肉も増えるため、エヴァンは少し応える意思を見せる。
「失礼しました。前来た時よりも装飾が眩しかったため、客間で休むよう気遣ってもらった次第です」
「下民にとっては眩しいだろうな、その薄汚れた手で鑑賞し、持ち帰っても大した支障はないほどだからな」
「そうですね、これほど眩しいと王政関係者の方も、目がくらんでいないか心配になるほどですね」
その返答に、ふん、と男は鼻を鳴らす。
「口汚いとは正にエヴァン・レイのためにあるような言葉だな」
男……裕福な環境にいる象徴の贅肉を身体中に蓄え、顎に少しの髭を残した、いやらしいとも感じる目元は垂れ下がった、清潔感のある服装に、両手の指には宝石の指輪を付けていた。
王政関係者であり、国王と意見を交わす数少ない人物で、エヴァンの苦手な、軽蔑した視線を常に向けた男。
名前をロドルナ・ヴェルトヘイム。
エヴァンの応対の相手としてそこにいた。
「身に余るお言葉、感謝します」
「口減らず、無駄口を叩くのもこれっきりにしておくぞ」
と、ロドルナは話の流れを変えた。
「王都から送られた召集状には目を通したのならば、いくつか質問をする、それに答えろ。答えられず、不敬な態度次第では、監獄送りにしてやる」
「はい、私で答えられるのならばなんなりと」
ロドルナとエヴァンと、二名の王都騎士で、魔獣関連の話が始まった。




