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第40話「ラスティナ王城」

 エヴァンは王都へと足を踏み入れる。

 賑やかさは、ストラ領と変わらないように思えるが、行き交う人の身なりが少し綺麗なのが、変わっている点として挙げられる。

 ストラ領の人々の身なりが、小汚いという訳ではなく、単純に王都の服や装飾品の質や、物品の値段が高いというだけなのだ。


 ただ、その中でエヴァンの身なりは、いささか浮き気味ではあるが、かといって礼服をストラ領から着てくるのは、汚れてしまうと取り返しがつかない。馬車も借りていないし、そもそも礼服が必要な状況にはならないと踏んだからだ。

 かといって、薄汚れた格好だと文句を言われるので、多少綺麗めな黒い革で仕立てられたローブをなびかせる。


 冒険者の身なりが一番落ち着く。

 後は、もし不測の事態へ陥った場合にすぐ動ける格好の方が都合もいい。

 ただ、そういったリスク管理であっても「身なりも考えられないのか平民が」と吐き捨ててくる者もいるわけだが。


 だからこそ、小綺麗な街を見る分にはいいが、その中を歩くのは少し気が引けてしまい、早くも帰りたくなるエヴァン。

 しかし、このままボイコットする訳にはいかないので、門から真っ直ぐと伸びる石畳の道の先、ラスティナ王城へと再びサニーに跨り、向かう。

 向かいながらも、王都の賑やかな街並みを眺めるエヴァン。


 一時期、かなりの頻度で通った道もしばらく見ない間に様変わりしていた。

 特に、食品を扱う店が多く、中には喫茶店などの洒落た店もあったのだ。

 高級品の砂糖を嗜むほどに、王都ラスティナは潤っている。

 それがほんの少しだけ意外ではあったが、いつかエティカと一緒に来るのもいいかもしれないと、脳内へメモを残しておく。

 そうすれば、多少重たい気分が紛れたから。

 なにより、それを想像するだけで旅行する前のワクワクを実感できたのだ。


 エティカならこの栄えた街を見てどう思うだろう。

 きっとキラキラな(あか)い瞳を四方八方へ向けながら、興奮を隠しきれぬほど、はしゃぐだろう。

 出店の商品を興味深く見つめることや、ウインドウから見える鎧や武器の数々に関心したり、喫茶店から漂うほのかな香ばしい匂いに眩んだりするだろう。

 それを隣で眺められることが、どれだけ幸せか。

 そう思えば思うほど、そこら辺の店であろうとエヴァンにとっては、白銀の少女と楽しい一時を過ごせる素敵な場所に見えた。


 道行きでもラスティナが王都である事を改めて認識した頃、なだらかな坂を駆け上がった先、城塞とも感じる堅固な城壁が近付く。


 その城壁にある玄関とも言える、正面城門へ向かう。

 固く、堅苦しく閉じられた門。

 そこに繋がれた跳ね橋。

 石で組まれた橋を軽快な蹄の音が響く。おそらく何十頭、何百頭もの馬が通ってきた道なのだろう。少しだけ、橋の中心は削れたようなちょっとした窪みができている。

 その跳ね橋の下を小川が流れているが、小川と呼ぶには大きい川だ。


 清らかで、静かな流れの川。跳ね橋が必要なほどの大きな川には、淀みもなくただ太陽を反射して眩しい綺麗な風景を描いていた。

 そこをゆっくりとサニーと渡る。

 跳ね橋が見えてから、城門までは意外と距離があった。

 時折、すれ違う貴族の馬車は、忙しなく駆け抜ける。


 跳ね橋を進み、城門に近付くと、王都に入る時の門番とは、また鎧の違った門番が何名かが見えてくる。

 石と煉瓦(レンガ)の積み重ねられた城門。そこには、鉄製の落とし格子で閉じられ、門に付属された円筒形の塔が建てられていた。

 拒むのに充分な城門だ。


 その城門の前まで、エヴァンが着くと門番が声を掛ける。


「止まれ、何用か」


 呼び掛けられ、サニーから降りるエヴァン。

 そのまま、流れるような動作で懐からコインと召集状を取り出す。


「『救世主』のエヴァン・レイです。王国からの召集状によって、来た次第です。ご確認を」


 少し低めの声の門番へ、コインと召集状を手渡す。

 手持ち無沙汰になったのか、暇になったのか、サニーはエヴァンへ顔を擦り付ける。

 ここまでの道中で、サニーはエヴァンを気に入ったようだ。

 それに程々に応えるエヴァン。

 そうすると、門番は召集状とコインの確認が済んだ様子で、再び口を開く。


「エヴァン・レイ様ですね。先ほどは不躾(ぶしつけ)な声掛け、申し訳ありません。召集状とコインの確認ができましたので、少々お待ち下さい」


 と、もう一人門番へ一言声を掛ける。それを受け取った門番は、降ろし格子の向こう側にいる人物へ向かって開門の指示を飛ばす。

 そうすると、降ろされた降ろし格子が徐々に上がっていく。

 何ともけたたましいような、重厚な金属音が響く。

 降ろし格子が上がりきる前に、エヴァンへ門番は声を掛ける。


「エヴァン・レイ様。厩舎の場所はご存知でしょうか?」


「はい、何度も来ているので、我が家のように知っていますよ」


「それは、要らぬ心配をしました。こちら、召集状とコインです。王城に入られて、正面の先をそのまま進み、客間がありますのでそちらでお待ち下さい。準備が整い次第、王城騎士がお呼びに行きますので」


「分かりました。ありがとうございます」


 コインと召集状をエヴァンは受け取る。

 その頃には、降ろし格子も完全に上がり、サニーを引きながら、城門を潜る。

 エヴァンとサニーは何人かの門番に見られるも、城門を潜り、左手にある厩舎へと向かう。


 サニーとは、しばらくの時間のお別れだ。

 厩舎の厩務員へエヴァンは事情を説明し、サニーを預ける。

 少し、物悲しげな瞳のサニー。

 それが耐えきれなくなったエヴァンは、優しくサニーの頬を撫でる。


 人懐っこいとは聞いていたエヴァンではあるが、どちらかと言えば甘えん坊だ、とサニーを可愛く思えた。

 サニーに見送られながら、王城へと向かうエヴァン。

 そびえ立つ王城。

 周りを彩る草花が、小さく見える程に大きい王城を見て、エヴァンは溜息を零す。

 これからが、勝負とも言える。


 何事もなく、事が済めばいい。

 それを切実に願いながら、エヴァンは王城へと踏み入れる。

 魔女の巣窟へ、『救世主』は重苦しく歩を進める。

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