第39話「王都へ」
エヴァンが、わざわざ一般向けの厩舎に行かず、傭兵から借りたのには、いくつか理由があった。
一つは、魔獣被害が減り、行商人や旅人が荷馬車のために馬を借りる者が多く、当日いきなり借りる事が困難だと予想されたからだ。
早朝に行けば数頭はいると思うが、つい先日に、荷馬車を引いていた馬を借りるのもエヴァンは気が引けた。
もう一つは、荷馬車馬より傭兵馬の方が脚も早く、遠征向けの調教もされている為、王都へ向かうのに、いち早く着く事ができるからだ。
何より、王国からの召集状とコインさえあれば、適当に借りられるだろう、と予想し権力を行使したのだ。
エヴァンの思惑通りともいえる。
そうやって、出会えた芦毛のサニーはかなりの名馬だ。
牝馬という事で、筋肉量が少ないかと思ったが、牡馬に負けず劣らずの筋肉量だ。
長距離向けとも思える。
ある種の運命的なものを感じるエヴァン。
朝日が昇る中を名馬に乗り、駆け抜ける。
絵画にしても遜色ない姿であった。
ただ、一点。
エヴァンが寒い風に当たって、鼻水が垂れてなければ、絵になっていただろう。
ストラ領を出て、真っ直ぐ北へ走り続けると少しずつ、王都が見えてくる。
それに伴って行き交う荷馬車の数も増えてくる。
その中を突き進み、王都の正門前に出来た長蛇の列が顔を出す。
目の前に見える巨大な石造りの門には、きっとエティカは驚いただろう。
ストラ領にあるものよりも大きく、所々に石像などの装飾もされているのだ。
さぞ、目移りするだろう。
エヴァンは、そんな事を思いながら、長蛇の列からは逸れて進む。
急ぎの用事でもある為、少しの罪悪感がエヴァンを包むが、それでもサニーと共に進む。
重厚な鎧の門番数人の前へ。
「止まれ」
門番の一人がエヴァンの前に来る。
「何者だ、王国の関係者か」
警戒するのも当然だろう。列には並ばず、冒険者の格好をした者が進んでくるのだ。
と言っても、エヴァンが王都に来る度に、何度も同じやり取りを繰り返している為、焦った様子もなくエヴァンは、サニーから降りる。
エヴァンは懐から、コインと王国からの召集状を出しながら、門番へ返答する。
「『救世主』のエヴァン・レイです。王国からの召集状の通り、やって来た次第です」
門番は、警戒しながらも召集状とコインを受け取り、中を確認する。
偽りない王国からの召集状。
王国指定冒険者のコイン。
それを確認できた、門番は焦ったように敬礼する。
「こ、これは失礼しましたエヴァン・レイ様」
相変わらず堅苦しいのが、王都なのだろう。エヴァンはそう思いながらも、門番へ話す。
「いえ、特に問題もなければ、王都へ入ってもいいですか?」
「す、少しお待ちください」
そう言うと慌てて、他の門番の元へ向かい、何やら相談し合っている。
度々、エヴァンの方へ向けられる視線に焦りが見え、エヴァンには何となく、嫌な予感が伴う。
しばらくすると、門番が戻ってくる。
「お、お待たせしてしまって、大変申し訳ありませんでした。王国より、エヴァン・レイ様へ、一つ伝言がありますので、そちらを聞いてから入国をお願いします」
と、門番から一枚の紙が手渡される。
綺麗に折り畳まれた、封筒に入っていない裸の状態ではある。
それをエヴァンは開く。
「王国への報告が済み次第、能力研究所に来て欲しい、との事です。時間等は問いません、受付には話を通しているそうですので、そちらで対応する、との事です」
門番が紙に書かれている事をそのまま読み上げる。
わざわざ、紙での伝言も頼んでいるとは、用意周到な伝言の主だ。
そう思うも、嫌な予感はエヴァンに張り付く。
虫の知らせとも言うのだろうか。
エヴァンは門番へ応える。
「確認しました。わざわざ、ありがとうございます」
「いえ、召集状とコインをお返しします。お忘れなきように」
召集状とコインを受け取り、エヴァンは懐へと戻す。
そんなエヴァンへ門番は、言いにくそうにエヴァンへ。
「あの、一つ言いにくいのですが……」
「……はい、なんでしょう?」
何か情報が得られるのだろうか。
そう思うと、門番の一言が気になるエヴァン。
とても言いにくそうに、門番は申し訳なさそうに言う。
「鼻水、出てますよ」
恥ずかしさのあまり、地面を這いずり回る気持ちになるエヴァンであった。
赤面するエヴァンは、鼻水を急いで拭う。
そんなエヴァンへ、門番は一言。
「ああ、エヴァン・レイ様。もし、王都に泊まる予定でしたら、一つお伝えしておく事が」
と、前置きを置く。
「……な、なんですか?」
「王都の宿屋にあまり空きがありませんので、ご友人の家に宛がありましたら、そちらを頼った方がいいかと」
エヴァンは、その言葉に目を開く。
この広い王都にある、無数の宿屋に空きが無いとは、前代未聞でもあった。
「それは、どうして?」
エヴァンが、理由を聞きたくなるのも当然だろう。
エヴァンが、王都に来て宿屋に一泊し、ストラ領へ帰るのがいつもで、その時には空きがあった宿屋が、今では満員なのだ。
「ここ最近、王都に来る旅人や行商人、冒険者が増えていまして、そのまま王都の宿屋に何泊かする者が多いのです。この長蛇の列がそれを裏付けるかと」
確かに、王都の前に長蛇の列があった事はない、と、エヴァンは過去の王都に来た事を思い出しながら感じた。
「本当は、王都の景観を損ねるので、あまり列を作らないようにしているんですが、捌ききれないのが現状でして。気分を害してしまったのなら、申し訳ありません」
と、門番は頭を下げる。
それに慌てて訂正を入れるエヴァン。
「いえ、そんな。それだけ人が来るというのはいい事ですよ」
「訂正痛み入ります」
なんともこの門番は真面目だろうか。
そんな真面目な門番の職務をこれ以上、時間を掛けてしまわないよう、エヴァンは声を掛ける。
「宿屋の件、ありがとうございます。王都にもいくつか宛があるので、頼ってみますね」
「いえ、お時間を割いてくださり、ありがとうございます」
頭を下げる門番の横をサニーと共に、エヴァンは通り過ぎる。
宿の事も考えねばいけないとは、王都は相変わらず忙しない様子だと、エヴァンは感じた。
門の先、王都の中心に建てられた城塞を眺めながら、エヴァンは、王都の広さにげんなりする。
エヴァンは、王都へ足を踏み入れる。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
これにて、第二章完結となります。
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