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第33話「お姫様」

 目当ての物を買ってきたエヴァン。

 鴉に帰り、受付のヘレナに挨拶した時には、既にエティカもローナも帰ってきていた。


 とりあえず、と数冊の絵本を抱えて帰るのは、少し気恥しいエヴァンであったが、帰ってしまえば、そんな羞恥心とも別れを告げる。

 しかし、帰ってきたのはいいが、エティカとローナの姿は見当たらなかった。


 時刻は既に昼頃。

 酒場で適当に時間を持て余しているローナの姿くらいは、あると思っていたので、受付で依頼書とにらめっこしているヘレナに青年は尋ねる。


「ヘレナ、エティカ達は?」


「ん? あの二人なら、貴方の部屋よ。買ってきた服のサイズを合わせてくるそうだから、入らないようにね」


「ああ、そうなのか」


 それなら、と適当に時間を持て余すエヴァン。

 乙女の時間を邪魔するわけにもいかない。

 そんな甘い空間に、男が入ってみることがどれだけ恐ろしいことか。

 そこら辺の魔獣よりも獰猛(どうもう)な姿が思い浮かぶ。


 ただ、買ってきた服がどんな物なのか、気になるエヴァンではあったが、わざわざ紫髪の給仕を怒らせる必要はない。

 なにより、覗いた時白銀の少女はどんな思いをするか。

 それを考えただけで、自然と興味は薄れつつある。

 呆けるよりも、ヘレナに伝える事があるのをエヴァンは思い出した。


「ヘレナ」


「ん? 何かしら」


「今日、冒険者組合に行った時、王国から召集状が来てな。一週間以内に、王国へ行かなきゃいけなくなった」


「え?」


 驚くヘレナに召集状を見せるエヴァン。

 それを受け取ったヘレナの驚いた顔はおさまらない。

 白い紙に書かれた文字を、あっという間に最初から最後まで確認が済む。

 王国が出したもので間違いなかった。


「確かに、王国からのだけど、どうして召集状が?」


「魔獣関連の話が聞きたいらしい。最近の被害報告の少なさとか、気になるんだろう。お偉いさんは」


「そう……。いつ頃()つのかは決めてるの?」


「王国からだから、あんまり待たせてしまうのも、と思って明日か明後日には向かうつもり」


「そう……」


 その言葉を聞いて、ヘレナの表情は曇る。

 青年が王都に行くのは(この)ましくない。そんな暗い顔。


「エティカちゃんはどうするの? 連れて行くの?」


「いや、流石に王都でどれくらい捕まるか分からないから、一緒には無理だな」


 魔獣関連での召集とは言え、王都に着けば、あれやこれやと引っ張りだこになるのが、いつもの事だ。

 なにより、バルザックの言っていた対の魔女との接触があるかもしれない。


 召集状をわざわざ送っておいて、なにも無いのは一番だが、なにが起こるかは分からない。

 それにエティカを巻き込みたくない。

 そんな本心が垣間(かいま)見えた。


「まあ、それもそうよね……。エティカちゃんには、ちゃんと説明するのよ。ただでさえ、一緒にいる時間も短いのだから、不安にさせては駄目よ」


「ああ、ありがとう」


 ヘレナの注意で改めて、エヴァン自身がエティカと過ごす時間が少ない事を自覚した。

 つい先日保護したばかりで、触れ合う機会も少ない。


 しっかりとした時間を作らなければいけない。


 何より、ストラ領を案内するつもりでもあったのだ。

 それが、冒険者組合や王国からの召集状など、一緒にいられる時間が短い事について、エティカへ謝らなければいけないだろう。


「あんまり一緒にいないと、そっぽ向くかもしれないわよ」


「エティカがか?」


「エティカちゃんも、ローナもよ」


 珍しい人物の名前が上がり、驚くエヴァン。

 あの無愛想で、無表情で、エヴァンには毒を吐くのが当たり前の給仕が、青年と一緒にいないからと、拗ねたりするのだろうか。

 エヴァンには疑問であった。


「ローナが? そっぽ向くのか?」


「そっぽも向くし、あっちもこっちも向くわよ。ローナだってまだ十六歳なのよ」


 それを言われると、エヴァンも十七歳ではあるが、そんなに歳の差もない。


「あの子も完璧じゃないし、王都から帰る時のお土産は、ちゃんとしたものにしなさいよ」


「もちろん、そのつもりだけど……」


 日頃の礼やエティカへの気遣いも含めて、ささやかかもしれないが、用意するつもりだった。


 だが、それよりもエヴァンにとっては、ローナがそっぽを向く事の方が気になっていた。

 ローナが完璧でないのは、理解している青年ではあるが、そっぽを向くというのがどういうものなのか、理解できないエヴァンであった。


 その様子が、目に止まったヘレナは、心の中で溜息をつくのであった。

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