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第31話「二人の器」

 時間は巻き戻り、朝方。

 エヴァンが冒険者組合へ向かう背中を見つめたエティカ、ローナはしばらく何も言葉を交わさず、ぼんやりと立ち尽くした。


(さて、どうしましょうか……)


 エヴァンへ、絵本のお使いを頼んだのもあり、帰ってくるまでにはかなり時間が掛かる。

 それまでに服屋で、エティカに合う服を見繕うのだが、ローナは呆気なく白銀の少女が、青年と離れる事を快諾したのが気掛かりだった。


 十歳のエティカにとっては、エヴァンの方がローナよりも付き合いの時間は長く、信頼においても上だ。

 青年と離れる事に関して、かなりの不安がエティカに付きまとっているのではないか。

 少女が心配な鴉の給仕であった。


「エティカちゃん」


「うん?」


「寂しくない?」


「だい、じょうぶ。ローナちゃん、いっしょ、だから」


 えへへ、と笑うエティカの笑顔に曇りはなかった。

 ローナが思っているよりも白銀の少女は強く、青年と離れることで癇癪(かんしゃく)を起こすような子ではなかった。

 それが確認できたのなら、良かったと安堵するローナ。


「それでは、少し待っててくれるかしら? ヘレナに出掛ける事を伝えてくるから」


「うん」


 ローナはそう言うと、朝食を食べているヘレナの元へ向かう。

 一応、昨日も相談し合ったので、出掛ける用事をヘレナは把握しているが、出掛ける挨拶をしなければ彼女は怒るのだ。


 行き帰りの挨拶は必ずする。


 それはヘレナが口を酸っぱくしてまで、何度も言い聞かせた事でもある。


「ヘレナさん、そろそろ行ってきます」


「あら、そう。お金は持っているの?」


「はい。エヴァンより銀貨を数枚頂きました。服を買うのには充分過ぎるほどに」


「あの子は……金遣いが荒いの、何とかならないかしら」


「それは難しいでしょう。それにいつまでも懐に入れたまま、宝の持ち腐れになるよりかは、いいでしょう」


「ま、それもそうね。気をつけて行ってらっしゃい」


「はい」


 ローナは頭を下げ、待っているエティカの元へ行こうと振り向くと、すぐ近くに白銀の少女は来ていた。


「いって、きます」


「はい、行ってらっしゃい。楽しんできてね」


 ヘレナへたどたどしくも、行きの挨拶をしに来たのだ。


 賢い子、と紫髪の給仕はエティカに関心する。

 ローナが十歳の頃は、小間使いとして働いて、挨拶を主にしかしない。ほとんど喋らないからこそ、余計に関心した。


 出掛ける前に、エティカへ上着を羽織らせるローナ。

 春が近付いて来ているが、痩せた少女の身体には寒いだろう。


 えへへ、とエティカの笑顔を見ると、ローナ自身も上着を羽織る。


 そうして、二人は出掛けた。


 鴉を出て真っ直ぐ、噴水広場を横切った先に服屋がある。

 歩いて数分といった所だ。


 目の前の噴水広場には、少しではあるが散歩をしている人、椅子へ腰掛け休んでいる人、広場に集まった(はと)を眺める人がいた。

 それを一心にみつめるエティカへ、ローナは一言。


「エティカちゃん、はぐれては危ないから、手を繋ぎましょう?」


「う、うん……」


 意識が逸れていたからだろう。

 エティカの返事は覚束(おぼつか)なかったが、差し出された手をしっかりと握る。

 ローナの手はかなり冷たかった。


「ローナちゃん、て、つめたい、ね」


「ええ、昔から冷たいの。それでも大丈夫かしら?」


「うん、つめたくて、きもちいい」


「優しいのね、エティカちゃんは。エヴァンとは大違いね」


「そう、なの?」


 ローナの顔を覗き込む紅色の瞳。


「エヴァンは、そうね。優しいと言えば優しいわね」


「やさしい、よ、えばん」


「そうね、今は優しいけど、昔はそうでもなかったらしいわよ」


「そう、なの?」


「ええ、昔はずっと依頼ばかりこなして、お腹が空いても働き続けて、それこそ倒れるまで動いていたそうだけど、止めても聞かなかったそうよ。ヘレナさんが叩いてようやく、人の話を聞くようにはなったけどね。他人にも、自分自身にも優しくなかったわね」


 エティカの知らないエヴァンの事をよく知りたいのか、少女は真剣に話を聞いていた。

 その姿を見て、ローナも真面目に話すことにする。


「何回か倒れた時に、たまたま居合わせたアヴァンさんに助けられたそうよ。それでも変わらず、倒れるまで動いていたそうだけど」


「どう、して」


「エヴァンも『救世主』としての役目に追われてたんだと、私はそう思うけど、その時は『魔王』も魔獣も活発に動いていたから、仕方ないとは思うわ」


「うん……」


「『救世主』として、助けなければいけない人達を目の前にして、助けられない事も多かったそうよ。それもあって、必死に倒れるまで働いたんだと思うけど」


 それでも救えない、助けられない命の方が多かった事実が、青年を苦しめた。

 急いで向かった村には、誰もいない。

 血痕(けっこん)しか残っていない惨状を目にして、何もできない自分を責め続けたのだろう。

 何も救えない『救世主』。


 それがエヴァンを悪い意味で有名にもさせた。


「それでも、今は随分(ずいぶん)マシよ。寝る間も惜しんで動いていないし」


「うん」


「だから、エヴァンが無茶をしないように、一緒に見張っておきましょう」


 もうエヴァンは救えない『救世主』ではないのだ。

 エティカを救った。

 その事実が、青年自身をも救うのだ。


「うん」


「エティカちゃんには、嫌な話だったかもしれないわね、ごめんなさい」


 ローナがそう言うと、エティカはふるふる、と首を横に振って否定する。まだ、ボサボサの白銀の髪が揺れる。


「ローナちゃん、の、おかげで、しった、から、もっと、いっぱい、えばん、のこと、しりたい」


 ああ、エヴァンが救ったのは間違いでは無かったのだ、と実感するローナ。


 それならば、彼の言い(にく)い事を教えてしまおう。

 少しのローナの嫉妬(しっと)心が混じった、エヴァンについての会話は、服屋に着くまで続いた。


 エティカが、興味津々(しんしん)だったのは言うまでもない

 青年の預かり知らない所で、黒歴史が語られていくのだった。

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