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第2話「魔人族の少女」

 

 ――ぐぅ。


 女の子の腹が鳴った。

 空腹。それを意味しているくらいには、はっきりと。


 その音を聞き逃さなかったエヴァンは、剣に添えていた手と緊張を()き、落としてしまった肉を焚き火の中へ放り入れ、予め串を刺して準備していた川魚を焼き始める。


 もったいないとも思えた行動を、魔人族の子は少し悲しげに見ていた。


(もったいないと思っているのか、はたまた奴隷としての目線で食べられると判断していたのか。分からないけど)


 エヴァンはそう思い、持っていた剣を傍へ立て掛けながら腰を下ろす。

 肌身離さず、野宿をする冒険者なら得物をいつでも取り出せる位置に置いておくのは当たり前のこと。


 そんな姿を魔人族の子は距離をとりながら、焚き火の近くへススっと歩み寄る。

 暦では、これから春が始まるかという季節。

 まだ、長袖もしくは上着が必要なくらい肌寒い日でもあった。

 そんななるべく暖まろうとしている魔人族の子を眺めながら、エヴァンは改めて考えを巡らせる。


 性別は当てずっぽう。

 奴隷(どれい)にも見える身なりは、非常に痛々しい。

 角は綺麗で、顔付きも体付きもやせ細っていて、風が吹けば折れてしまいそうだ。

 それがエヴァンの印象である。


 だが、疑問は湧いてくる。


(この子と果たして言葉を交わせるのか)


 疑問というより問題点に近かった。

 人類とは隔絶(かくぜつ)された環境に住まう魔人族は、言語が特殊になっている可能性もある。

 そうなってくると意思の疎通が困難になり、魔人族の子の素性(すじょう)が、把握できなくなってしまう。


 この子が何故ここにいるのか、目的やなにやら。

 そもそも囮の可能性も捨てきれない。

 言葉を交わせて本心を伺う方が、より有意義ではある。


 そう問題点を浮上させていると魚は焼きあがり、香ばしい匂いを漂わせる。

 エヴァンは焼きあがった魚の串を、少女の目の前まで持っていく。


 当の魔人族の子は、キョトンとした顔でエヴァンを眺めた。


 その時に口を開いて言葉の一つでも喋ってくれたら楽なのに、とエヴァンは思う。

 ひとまず自分の使い慣れている言葉で話し掛け、意思疎通を図る。


「良かったら、食べるか?」


 エヴァンの言葉に、ビクッと体を揺らす魔人族の子。


 声に反応した様子であったが、すぐにエヴァンの方を心配そうな表情で見つめる。

 その様子は、どう反応すればいいのか分からない、という印象をエヴァンに与えた。

 これが駄目なら他の言語は……と、エヴァンが覚えている限りの言語を試そうとすると。


「たべても、いいの」


 はっきりと少女はそう答えた。

 ほわほわとした柔らかい声音で、身なりからは想像できないほど可愛らしい声が響く。

 エヴァンはその事に少し驚いた顔をしたが、そのまま差し出した串を少女が取りやすいよう近づける。


 言語が共通したものなのが分かっただけでも、大きな収穫だった。

 これで、意思の疎通はなんとかなる。

 そんな風に楽観視した。


「お腹空いてるんだろ? これは魔獣の肉じゃないから美味しいし、何より食べなきゃ危ないぞ」


 そう魔人族の子に答えた。

 エヴァンにとって魔人族と話をするのは初めてで、それもこんな小さな子にもなると、他人とはいえ良心が痛むような――食料を分け与えず、放置するようなことはしたくない。


 子ども好きなエヴァンにとっては、どの種族の子どもであっても救われるべきだと思っているから。

 この子は囮ではない。

 そんな根拠の無い確信。

 かくいう魔人族の子はオドオドした素振りで、串を受け取った。


「ありがとう」


 言い慣れていない様子だが、しっかりとお礼の言葉を口にする魔人族の子。


 受け取った串を眺める魔人族の女の子を見ると、エヴァンは残っていた川魚を焼き始める。

 一人分しか想定していなかったため、川魚も二尾しかなく、火にかけたもので最後。


 あまり沢山食べてしまうと、いざという時に動けなくなってしまったり、食事の時間は短い方がいいから、少ない量しか取らなかったのが仇となった。


「どういたしまして。骨が太いのと魚臭いかもしれないから不味かったら吐き出してもいいからな」


 青年は優しく応えた。

 警戒していた臨戦態勢はどこへやら。

 今では警戒するのも魔獣の動向へと向けていた。


 魔人族の子が腹を空かせていなければ、喋っていなければ、エヴァンは警戒してしまって、まともに話ができる状態ではなかっただろう。


 エヴァンの言葉を聞いた魔人族の少女は、ゆっくりと一口かぶりついた。

 小さな一口。焼きあがったホカホカの魚肉から、かぐわしい匂いが空間を包む。


(ありがとう、て言えることは両親の子育ての賜物(たまもの)なはず。なら、どうしてこんな危ないところにこの子一人なんだ)


 他種族に対して拒絶の激しい魔人族が、人族のエヴァンにお礼を言う。

 それはエヴァンの中の常識が、覆ったことでもある。

 両親の教えは、おそらく魔人族の中でも常識外なのかもしれない。


 だが、それならなぜ、我が子をこんな辺境とも言える森、それも魔獣が蔓延る危険な場所に放っているのか。



 放っている、という考えはすぐにエヴァンはないものとした。

 一緒にいて、はぐれたのが正しいかもしれない。

 そう思ったが、それならこの子のボロボロな衣服が余計に謎を深めていく。

 はぐれたとするなら、多少は綺麗めな服――もしくは地味目でも、ある程度動きやすい服装だろう。

 それが奴隷と見間違うような、ボロボロの布切れなのだ。


(家族と一緒に追放されたのか? 仲間意識の強い魔人族なのにか?)


 領地を離れることは、子どものことを考えたら両親はしないはず。危険すぎる。それに子どもを巻き込むのは忍びないという親心の推測。

 亡命を求めたか、死刑にも近い選択肢を選んで、今のこの現状。

 そんな風にエヴァンは考えた。


 目の前の小さな子に聞いてもいいのだが、それは酷だと考えてもいた。

 もしかしたら、親は死んでいるのかもしれない可能性があるから。


 領地からの追放、それは他種族との交流をしない魔人族なら死刑に近いだろう。それが執行されたとなると罪人の一家になる。

 それなら身なりにも納得がいく。

 だが、魔人族の子の振る舞いからして、それはあり得るのか。


 そんな疑問が浮かぶエヴァン。


 ありがとうと言える家庭環境。

 その教育。

 そうなってくると疑問は余計に増えてきた。

 頭を抱える案件がエヴァンの元へ多く訪れる。


「そういや、君名前は?」


 小さい一口ながらも食べ進める魔人族の子へ、そう問い掛ける。

 だが、少し焦りながら訂正を挟む。


「ああ、ごめん。まず自己紹介からだよな。俺はエヴァン・レイ。冒険者をしている」


 魔人族の子は話すエヴァンをジッと、真剣な眼差しで見つめる。

 その様子はいまだに幼いことを意味しているようにエヴァンは感じた。

 そんな食べ進める小さな口から。


「えてぃか」


 その子――えてぃかはそう言った。

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