第113話「嫉恋」
事の詳細を聞くことができたローナ。
エヴァンとお祭りデートができ、その最後には抜け出して告白することができたと。
ただ、懸念事項があるとしたら返事をまだ貰えていないということらしい。
「で、返事を聞きたいけど聞くタイミングが見つからないと」
「う、うん……」
「はぁ……」
青年しかりこの少女しかり、なぜこうも砂糖が生成できるほど甘い空気を醸し出すのか。
酒のつまみにするのは、甘すぎて悪酔いしそうだった。
「ど、どうしたら、いいかな……?」
不安げな瞳。どうすればいいのか分からず紅色の瞳が揺れる。
あー、そんな眼でみるのは卑怯ですって。
助言でも、手助けでもなんでもしたくなる。
庇護欲をかき立てる少女へ、さほど経験もない婦女は自慢げに語る。
「そうね……。駆け引きが大事だとヘレナが言ってたわね」
「駆け引き?」
「そう、押して駄目なら押し倒せみたいなやつね」
「それ、引いてるの……?」
言われてみると駆け引きではなくて、駆けずり回しているような気がする。
しかし、この鴉の従業員で唯一、恋愛経験のあるヘレナの言い分は、正しいだろう。
比較する対象もいないのだ。
とにかく、それっぽく説得力を持たせるようローナは教鞭を振るう。
「エヴァンの事だから、引くというのもあまり得策とは言えないわね。意外と臆病なのよ」
「そうなの?」
「ええ。たまにだけど、物怖じしやすいというか、弱気なところがあるし。
半年前の王都の帰りとかがそうね。あんな感じになる時があるのよ。いつもは怖がらずにいるのに。人が変わったみたいにね」
「それって……」
白銀の少女には、思い当たる節があった。
つい先日、バイスから聞いた話ではあるが、もしかしたらそれが関係しているのかもしれない。
「なにか心当たりがあるの?」
「……うん。エヴァンの、おばあちゃんから、聞いた話、なんだけど」
エティカは聞いた話をそのまま伝えた。
エヴァンが『救世主』になった理由。エヴァンの持っている能力が『勇者』から引き継いだ能力であること。
本当の能力は結晶に封じ込められているということ。
それを拙いながらも、ぽつりぽつりと繋いでいく。
話の全てを聞いたローナは、一口、葡萄酒に口をつける。
「ということは、今のエヴァンはエヴァンでないということなのかしら」
「わかんないけど……多分、違う」
魂を封印されているなら、今の青年は別の可能性もある。
しかし、白銀の少女はそれを曖昧に否定した。
「エヴァンは、エヴァンだから……。上手く、言えない、けど……」
確信を持つことはできない。けど、ローナの意見は否定したい。
今のエヴァンは、別者でもなくエヴァン本人なのだ。
ただ、それを上手く言えなくて、もどかしい気持ちでくすぶる。
その様子が素直に表情へあらわれる少女。
そんなに慌てなくとも勘違いなどしないのに。
やはり、エティカは可愛い。場違いな確信さえ得てしまう。
こんな子を不安にさせる青年は、本当に罪作りでいつか痛い目をみてしまうだろうと、他人事のように思う。
「エティカちゃんがそう言うならそうなのよね。私にとってはどちらでもいいのだけれど」
「どちらでも、いいの?」
「えぇ、能力が封印されていようとね。どちらでもいいの。
それより、エティカちゃんの駆け引きの話よ」
「うぐっ……」
潰されたような声を出す少女であったが、思い返すと恥ずかしい。
それほどの一世一代の告白をしたからこそ、返事が欲しい気持ちと、もし断られたらどうしようという不安な気持ちがある。
どちらかが重いわけでも軽いわけでもない。
天秤にかけても平等なほど。
それは、早くに返事が欲しい。しかし、催促してなぁなぁで付き合いたくないという思いもあった。
自分本位か相手本位かの違い。
少女にとっては、早急に返事が欲しい。今この不安な心境から解放されたい。例え、付き合えたとしても振られたとしてもどちらでもいいから。
でも、エヴァンを急かしたくない。『救世主』の責務もあって、自分自身の使命を、人類の命運を握っている事の重みは計り知れない。
だからこそ、ゆっくり考えて決断は全てが片付いてからして欲しいとも思っている。
これ以上、背負うものが少ない方がいいと考えているから。
とか、考えているのだろう。
ローナがみつめるエティカの表情は、恋する乙女でもあり、世界の謎を解き明かす研究者と同じ顔つきである。
そんな様子をいつまでも見ていて、結論を出さないのも可哀想なので、ローナは自分なりの考えを口にする。
「んー……そうね、私の考えを一つ言うなら、やっぱりヘレナの言う通り押し倒すつもりでいくわよ」
「お、押し倒す……」
「えぇ、さっきも言ったけどエヴァンには、引き際なんてないくらいドン引くから。だから逃げ道になりそうなものを徹底的に潰して、もう一度アタックするのもありかもね」
「アタック……」
「もう一回雰囲気を出して告白するの。二人きりならなおよしね。そうすれば逃がさずに済むし、エヴァンにその場で返事させなきゃいけない状況を作るの」
「う、うん」
なにより、エティカ自身は告白したと思っている。
対してエヴァンは告白されたかもしれないと思っている。
その差があるため、いつまでも延々に続いてしまう状況だ。
ならもう一度、ちゃんとした思いをぶつければいい。
それが駄目なら何度でも。
「もちろん、エティカちゃんが“今度はエヴァンに告白されたい”て思ってるならそれを尊重するわよ。
でも、それだといつまで経っても返事がくることはないと思うから任せるけど」
投げやりになってしまったが、最終的には白銀の少女に任せる他ない。
なにより、恋愛は受け身だと進展しない。
攻め時に攻めきらないと一向に成就することはない。
その考えもあって、ローナから少女への試練となったが、白銀の少女は意を決したのか表情が一変する。
燻っていた瞳の奥が燃えるように。
不安で暗くなった瞳が、輝きを取り戻して紅に染まる。
ローナの言い分は胸に染みるほどの説得力がある。
いつまでも待てるほど、少女はお淑やかではない。
なぜかは分からないが、強引に連れ回した方がいい気がする。
だからこそ、エティカは葡萄酒を嗜むローナへまっすぐ視線を向け、宣言する。
「わたし、もう一度、告白する」
覚悟がひしひしと伝わる表情のエティカと目が合う。
ほろ酔いで夢見心地だったのに、なぜか夢から醒めた気がした。




