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第12話「打ち明け」

 よく通る綺麗な小川のように、澄んだ穏やかな声が女性より掛けられる。


 淡い金髪の片側を編み、肩甲骨まで伸ばした髪。第一印象は優しい女性と思える優しい顔付き。まつ毛も長く、黒曜石のような艶のある瞳が覗く。

 そんな女性へ、ローナは少し頭を下げ。


「ただいま戻りました。無事お届けしましたところ、途中でエヴァンに会って、後を付けられていました」


「おいお前が先に見つけ―――」


「エヴァン?」


 その女性は、エヴァンが何か言おうとしたのを強制的に遮る。

 にっこりの笑顔の女性に、エヴァンは冷や汗が背中を伝う感覚に襲われる。


「…………ただいま」


「はい、おかえり」


 エヴァンがそう言うと冷たい笑顔ではなく、温かく柔らかい笑顔へ変わる。

 この女性のこういった所が、青年の苦手意識に繋がっているのだろう。


 彼女はヘレナ・ベルヘイム。この黙する鴉の女将、とエヴァンが呼ぶほどの見た目以上に怖い女性だ。

 黙する鴉の受付や、経営などの財布を握っているわけだが、相手が誰であろうと物怖じしない性格に、一度信頼した者の理解を(おこた)らないように話し合いをする、丁寧で肝っ玉の据わった女性だ。


 今年で二十歳になるが、このようになったのも幼い頃から金銭に触れ、客商売に浸ったからだろう。


「ところで、その子はどうしたの?」


 そして目ざとい。エヴァンの背負っている子を真っ先に問いただした。


「ああ、この子の事もちゃんと説明したいんだが、アヴァンは?」


「あの人は、厨房の奥で仕込みをしてるわよ。話の場が必要かしら?」


「あぁ、頼む」


 ヘレナはそう聞くと立ち上がり、受付を出て厨房へ向かおうとするが、ふと、立ち止まり。


「ローナ、帰ってきて早々で申し訳ないけど――」


「はい、受付はお任せください。冒険者は私のこの指一つで充分です」


「ふふ、(たくま)しい指さんありがとうね」


 数年来の付き合いだからだろう。お互いのしたい事が何となく分かる。


 それこそ、エヴァンよりも長い付き合いだからこそ、こういったやり取りが可能なのだ。

 熟年夫婦のような会話だ。


 そのやり取りをしてすぐ、ヘレナは厨房へ再び足を向け、ローナはそそくさと受付の椅子へ腰掛ける。

 エヴァンは、背負っていたエティカが降りられるように腰を落とし、少女が降りたのを確認すると、その小さな手を握る。


 手を握りながら、酒場の奥の近く、テーブルに上げられた椅子を下ろす。

 エティカが手伝おうとしたのだが、片手で足りるのと少女の小さな背丈では難しいと判断して、一言「大丈夫」と断りをいれる。


 四つの椅子を準備し、その内の隣合った二つの椅子へそれぞれ座る。

 小さなエティカが乗るには少し苦労する高さのため、エヴァンが抱えて乗せる。

 それに白銀の少女は、ニカッと笑顔で「ありがとう」とお礼を言う。「どういたしまして」と返答し、青年も静かに座る。


 すると、酒場に残ったいくつもの匂いが青年は気になる。

 酒の匂い、にんにくの匂い、仕込みで漂ってくる香ばしい匂い。

 綺麗に整えられた場所でも、昨夜の賑やかさは残っていた。


 そんなことを思い()せていた青年の手にも、汗が出てくる。


 経験した中でも最高峰の緊張感が、エヴァンを覆う。

 喉も乾き、寝不足の目が(かゆ)く感じる。


 アヴァンと呼ばれた者がしている仕込みに一区切り付くまでの時間が、青年にとっては長いものに感じる。

 不安感が、エヴァンの心を包む。

 そんな青年の緊張感漂う表情を見かねたエティカが、(そで)をちょいちょいと引っ張る。


 はっ、と飲み込まれかけた意識を取り戻したエヴァンは、袖を控えめに引っ張るエティカへ視線を向ける。

 少女の不安げな表情で見つめていたものから一変して、柔らかい笑顔で。


「だい、じょうぶ」


 と、青年の袖を握る小さな手は震えていた。


 エヴァンはその事実に、こんな小さな子でさえ勇気を出しているのだ、と奮い立たせるために、大きく深呼吸する。

 緊張感や不安が漂っていた心が、霧払(きりばら)いされたように澄んでいく。


「ありがとう、エティカ」


 お礼に、と笑顔で感謝を返す。それを見たエティカはえへへ、と照れたように笑う。


 白銀の少女の周りを見る観察力は、研ぎ澄まされたものだった。不安なエヴァンの感情の機微に気付き、気遣う。

 年齢以上のものだ。


 そんなことを知れば知るほど、一緒にいるためにも気合いを入れねば、とエヴァンは一息。


 そうこうしていると、二人厨房から出てくる。

 一人はヘレナ。もう一人は、エティカの紅色の瞳よりも明るく短い赤髪に、(ひげ)()り跡が目立つ、蒼眼(そうがん)の男性がやって来る。

 二人は早速と、用意された椅子へ座る。


「顔つきが変わったてことは、大事な話よね?」


 口火を真っ先に切ったのは、ヘレナでとても穏やかな表情を浮かべていた。


「ああ、この子の事なんだが」


「まあ、焦らない事よ。初めにその子のためにも、わたし達の自己紹介をしてもいいかしら?」


 対面している二人へ向けるように、ヘレナは提案する。それに対して、エティカはコクン、と頷く。


「わたしはヘレナ・ベルヘイム。この鴉の受付嬢よ」


 受付嬢? とエヴァンは疑問に思う。間違ってはいないのだが、と青年が思っていると男性も声を出す。


「俺はアヴァン・ベルヘイム。この鴉の料理人だな。よろしくな」


 渋めの声。エティカはそれぞれ会釈(えしゃく)で返すと。


「え、えてぃか、です」


 と緊張している為か、若干上擦った声で自己紹介した。

 それをにっこりと受け取ったヘレナは、さて、と切り替える。


「それで、大事な話ていうのは?」


「ああ」


 エヴァンは一呼吸つき、相対(あいたい)している二人を見据え、重く感じる口を開いた。

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