【外伝】「エティカのいつもの日 終」
エティカのいつもの日-終
「はい、お届け物のお姫様でーす」
「恥ずかしい、から、やめてください……」
黙する鴉に辿り着き、ディランの手を借りて馬から降りた少女。
ゆっくり馬上からの風景を堪能する暇もなく、むしろ羞恥心で下を向いていたエティカは、出迎えてくれたローナの元へ、とことこと小走りで近づく。
そんな様子に、ローナの無表情は訝しみが浮き彫りになる。
「エティカちゃんに何かしましたか?」
「何もしてない。断じて、きっぱりと。俺は手伝ってくれた【柔姫】を馬に乗せてきただけだぜ」
「じゃあ、なんで――」
「ローナちゃん……!」
事の顛末を聞き出しそうなローナを制したのは、エティカの焦った声である。
これ以上、自分が姫だという不当な評価は聞きたくない。そんな白銀の少女は、首を横に振って主張する。
その様子を確認したローナは、渋々と、煮え切らない態度は隠さずに。
「エティカちゃんに免じて、何も聞きませんが、もし何かしていたのなら……」
「あぁ、その時は煮るなり焼くなり茹でるなりしてくれ」
紫髪の給仕から発せられた脅しに、ディランは屈することなく、爽やかに宣言した。
実際、何もしていない。
ただ、噂になっている事実を伝えただけ。
ただ、それだけではあるが、真実は時に残酷だということを彼は知らないようだ。
「じゃ、俺は馬を移送しなきゃだから、またな」
そう言い残すと、爆速で駆け出したディラン。
あっという間に小さくなった姿が見えなくなると、ローナは恥ずかしさで真っ赤な少女を優しい紫紺の瞳で見つめる。
「お疲れ様エティカちゃん。中で飲み物でも飲みましょう」
そう促した。
やはり、ローナはエティカの姉分とも言える気遣いと、愛情があるようで。
何かあったのを察していて、それが【白銀の柔姫】という冒険者連中の噂を耳にしたからだろうと考えついたのだ。
だからこそ、人目に触れる玄関先より店内の方が落ち着ける。そう思いついたからこその言葉を、白銀の少女は何度も柔らかい髪を縦に揺らした。
◆ ◆ ◆
そんな衝撃に見舞われた白銀の少女でも、時間が経てば熱は静まる。
夕方からの酒場の開店時には、いつも通りに、少し空回り気味な姿に戻った。
というより、戻る他ないのだ。
「エティカちゃん、お酒と一緒に小皿も出しておいて」
「はい!」
「貰ったお金はわたしの所に持ってきなさいよ」
「はーい!」
「エティカ、これエヴァンのやつな」
「うん! ありがとう、アヴァン」
ローナのちょっとしたアドバイスに応え、ヘレナに今まで客から受け取った銅貨を数枚渡し、給仕服にはお釣り用の物を少し残す。
そして、アヴァンから手渡された木のプレートを受け取ると、それを待つ人物の元へ、小走りで運ぶ。
自分を救ってくれた人であり、自分の大切な人でもある人物――『救世主』のところへ。
「はい、エヴァン」
「ありがとうエティカ。……今日も忙しそうだな」
「うん、今日も、ね」
咲いた花のような笑顔の少女に対して、青年の顔は少し笑みの中に心配が滲んでいた。
十歳の少女が、冒険者連中に料理を運び勘定もして、皿洗いもする。そんな過重労働をしている現実にいたたまれなくなったのだろう。
しかし、そんなエヴァンの心配よりも白銀の少女の気持ちは輝いていた。
「でも、みんな面白い人、ばかりだから、楽しいよ」
心の底からの、そんな感想。
実際、冒険者という職業に就くと様々な人間と出会う。変わった依頼人や、偏屈な商人だったり、奇怪な村人だったり、多種多様な種族が入り交じる街にとって、面白くない話はないほど、話題に事欠かない。
今日の獣人族がいい例だろう。
そんな話を接客中に聞かせてもらえて、更には色々な情報を話してもくれる。
外の世界に出ていない少女が、まるで同じ体験をしたかのような擬似的な現象に浸れるのだ。
それが面白くないわけがない。
「なら、いいけど……無理すんなよ」
エヴァンの無理して体調を壊した時の不安も、本人がそれを経験したからこその言葉であったが、青年と白銀の少女。二人には決定的に違う点があった。
「うん。でも、大丈夫だよ――」
――わたし、魔人族だから。
そんな言葉を公の場所で放つわけもいかなく、音に出さず、唇も動かさないほどの徹底ぶりであったが、エヴァンには理解できた。
魔人族だから、体力は人族の数倍はある。
魔人族だから、重いものを運ぶ腕力もある。
魔人族だから、接客中に会計ができる頭脳もある。
魔人族だから、できることがたくさんある。
しかし、外の世界を知ることはできない。
「分かった。何かあったらすぐに――」
「おい! 嬢ちゃんを独り占めするとか、『救世主』様は随分独占欲が強いみたいだな」
そんな二人の間に、灰色にくすんだ黒の混じった毛玉が割り込んできた。
少し傷ついた特徴的な獣耳、筋骨隆々な肉体に、豪快な声。
今朝の獣人族であった。
「独り占めって、ただ俺に飯を運んでくれただけだぞ」
「そんなん、嬢ちゃんじゃなくても紫髪の女でもいいだろ? 実際、あの美人も暇そうにしてたぞ」
どかっと、勢いよくエヴァンの左隣に腰掛け、無表情で虚空を眺めるローナを指さす。
言う通りではあった。
「ま、お前らが愛し合っているならいいさ」
「は? 愛し――」
「いい、いい。みなまで言うな。そんな話をしに来たわけじゃないんだって」
そう制すと、獣人族の男は片手に持った酒をエヴァンの目の前に差し出す。
真面目で、真剣な茶色の瞳は驚く青年を突き刺すと、犬歯が人族よりも尖った歯を見せる。
「俺様はヴォルガ・ポセンド。獣人族である」
自信満々に、そう言い放つ。
しかし、そんなヴォルガに対してエティカも、エヴァンも呆けた表情をしていたことに気づいた獣人族の男は、疑問が浮かんだ顔をする。
「なんだ、獣人族のしきたりを知らないのか? 共に酒を飲む者に、名と種族を教え相手の酒を飲むって」
「いや、初めて聞いたぞ……」
エヴァンはこれでも冒険者だ。
様々な街にも行ったし、色々な種族の村にも行った。その中で獣人族の街に行ったが、そんなしきたりや風習は無かった。
「まぁ、俺様が今作ったからな」
獣人族のヴォルガ、存外適当ではあった。
そんなことに呆れたエヴァンは、溜め息を一つ吐き出す。
酒の席だし、細かいことを気にしなくてもいいだろうと。
「分かったよ。俺はエヴァン・レイ。人族の冒険者をしている」
「よろしくな。……それで、嬢ちゃんは?」
エヴァンとヴォルガだけの会話かと思っていた少女に、突如として矛先が向いた。
「え」
「え、じゃなくて、俺様は嬢ちゃんのことが知りたくてここに来たんだぞ」
まさかの暴露である。
エヴァンとのしきたりや会話は前座。
本題は、エティカなのである。
「おい、俺はついでかよ」
「当たり前だろ。こんな可愛い嬢ちゃんとお近づきになりたいことのが、重要だろ」
獣人族である彼は、欲求もストレートであった。
というより、単純思考なのかもしれない。
朝の腕相撲だったり、力を誇示する姿であったり、白銀の少女と話したいという欲求だったり、ちょっと小手先が効く程度で、中身は素直なのだろう。
そんなヴォルガに対して、エティカはもじもじと恥ずかしそうになりながら、それでもしっかりと言葉にする。
「え、エティカ、です……」
「エティカちゃん。よし覚えたぞ。改めて、よろしくな」
屈託のない笑顔を少女へ向けたヴォルガ。
無邪気なその姿に、エティカも笑顔を返して新しい知り合いができたことを喜んでいたはずが。
「何かあれば呼んでくれ。この『救世主』よりも強い俺様が助けてやるからよ」
「あぁ? 誰が強いって?」
仲良く終わるはずが、売られた喧嘩を買ったエヴァンによって大騒ぎの事態になった。
しかし、これもいつものこと。
いつもより少し違うかもしれないが、楽しい一日。
輝くような当たり前の日常が、いつまでも続けばいいと願うエティカであった。
これにて第四章と外伝終了となります。
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