【外伝】「エティカのいつもの日 3」
「どうもすみませんでした……」
勝負は一瞬で決した。
エヴァンが太刀打ちできなかった相手に、白銀の少女は余裕で勝利を飾り、約束通り獣人族の男に謝罪をさせることができた。
むしろ考えれば当然とも言えた。
むしろ、考えなくとも彼女を思えば当たり前でもあった。
エティカはそんなことを隠しながら、今まで生活してきただけで、本質は変わっていないのだ。
「嬢ちゃんもすまなかった……。調子に乗ってしまった俺様の目を覚ましてくれた。
嬢ちゃん、強いな」
「いや、わたしは、なにも」
ただ腕相撲に勝ったというだけ。
頑強で、屈強な筋骨隆々の男に勝利しただけ。
圧勝して、快勝して、余裕の勝ちを誇ることもなく、エティカは手を振って謙遜する。
彼女が勝つことは誰も想像していなかったのだろう。
それは対戦相手の男もそうだったのだろう。
しかし、彼女の素性を知る者――エヴァンは、僅かながらの冷や汗を流していた。
(これがきっかけで、エティカが魔人族だとバレないよな……)
痛む右腕を擦りながら、戸惑う白銀の少女へ近づくエヴァン。
褒めちぎられて、恥ずかしさに俯いた少女の元へ。
「流石だなエティカ」
「え、エヴァン……」
褒め称えるつもりで背中を優しく叩くつもりのエヴァンは、その恥ずかしさに包まれた紅色の瞳が見えると彼女の背中を叩くのは適していない、と方向を変える。
「ふぇ」
「よくやったぞ、偉い」
「えへ……」
帽子を被ったその白銀の頭へ。
ポンポンと優しく触り、そのまま静かに撫でる。
触っているか、撫でているか。曖昧なその柔らかさではあったが、エティカは蕩けたような表情になる。
「なんだ、嬢ちゃん。もう相手がいたのか……。それはすまないことをした」
そんな二人の様子を見て勘づいた獣人族の男は、改めて謝罪した。
しかし、その「もう相手がいた」という言葉の意味を察せたのは、青年だけであった。
「い、いや、俺とエティカはそんな……」
「……?」
恋仲でもない。
血が繋がった兄妹でもない。
家族同然ではあるが、保護者と保護された者の関係ではある。
そう表面上の、書類上の関係を口にしようとしたエヴァンであったが、開いた口を閉ざす。
話の主要人物である白銀の少女を見れば、何も分かっていないがエヴァンと目が合って嬉しいのだろう。
笑顔を向けているのだ。
くにゃっとした溶けた笑み。
あぁ、なんて可愛いんだという内心を隠して、エヴァンは咳払いを一つ。
「まぁ、今回の件は俺から女将の方へ話しておくので、あんまり騒ぎを起こさない方がいい」
「仰る通りで……」
「後、この子が強いということも口外しないでもらいたい」
エヴァンはそう注意しておいた。
どこから情報が漏れるか分からないものの、止められる蛇口は止めておこうという気持ちなのだろう。
黙する鴉には常連だけでなく、様々な冒険者や旅人がやって来る。この獣人族の男もその一人で、今回の腕相撲がきっかけでエティカは強いことが噂になれば何が起こるか分からない。
それで店が繁盛するならまだしも、一番の問題はエティカが魔人族だとバレることである。
噂は噂だと流す者もいれば。
一目見ようとやって来る野次馬の者もいれば。
どうしてそんなに強いのか、詮索してくる者もいる。
彼女のありとあらゆるところを探られるのもエヴァンは嫌だが、それで魔人族だと正体を明かされる方が嫌なのだ。
それを事前に防げるなら防ぎたい思いであった。
「それはどうしてか、聞いてもいいですかい?」
しかし、獣人族の男がそれを察するほど、都合のいい者ではない。
この男が腕相撲で宿泊客、黙する鴉の従業員や、『救世主』のエヴァンといった、誰彼構わず挑んだ姿からして、その疑問を抱くのは当然であった。
男にとって、力を誇示するのは悪いことでは無い。
むしろ、己が身を守るためには当然の行為ではあるのだ。
周りを威嚇し、威圧し、萎縮させれば余計な被害は少なくなる。
それをあえて、誇らないこと。
広めないことの方が不思議であった。
「そ、それは……」
ただ、エヴァンは誤魔化せるかの自信がなかった。
というか、考えていなかった。
注意するついでに、忠告を入れれば理由を尋ねられず頭を縦に振ってくれる人が大半だったのだ。
だから、ここから先のことはエヴァンも考えていない。
なんて言うべきか、なんと言うべきか。
そう思考回路を繋ぎ、都合のいい理由を探していると。
「うちの従業員の個人情報は、門外不出にしてるから」
淡い金髪を肩まで伸ばし、片側だけ編み込んだ美女が割って入ってきた。
それは話に出ていた女将であって、黙する鴉で一番の発言権と執行権を持った人物。
「もし、他所で話したらあなたの毛、毟りとってあげるから」
ヘレナ・ベルヘイム。
恐ろしくも優しい、鴉のボス的存在。
そんな彼女だからこそ、そんな役割だからこそ、獣人族の男をそう口封じした。




