【外伝】「清涼を求めて 終」
なぜ、ここまでエティカが動物を飼いたがるのか不思議ではあった。エヴァンにとって、そこそこの可愛らしさのある生物を可愛がるのは分かる。その愛情が度を越して、愛着の湧き上がりで飼いたくなるのはまだ分かる。
しかし、エティカはなんでもいいように見えたのだ。なんでもいいから、飼ってみたい。どんな子でもいいから、飼ってみたい。
そんな様子に見えたからこそ、エヴァンは木陰に座りながら思考するが――
(暑くて考えられないって……)
暑さに弱い体は茹で上がりそうになっていた。
自然と思考も止まり、答えへ導く回路には繋がらず霧散していく。
(まぁ、いいか……)
それでも、本腰を入れて考察するほどではないと判断したエヴァン。完全なる正解を求めているわけではない。むしろ、曖昧な形でいいのだ。
(確かバイスさんが言っていたっけ……)
己の心が求める方へ。それがエヴァンの祖母代わりがいつも口にしていることだ。
己の心。頭脳でもなく、思考でもなく、ただ自然と向かう先へ向かえと、彼女はそう説明していた。
(拡大解釈すぎるんだよな、この言葉)
心とはなんぞ。求める方向というのはどこだと。目的地の設定は曖昧で、多種多様な広がりを見せるその道筋はあまりに大雑把だからこそ、エヴァンはいまだ正解を見い出せずにいた。
むしろ、それが正解なのかもしれない。
何が正しく、何が解となるかは個々人によって決まる。いや、人だけではない。ありとあらゆる事象が絡まるからこそ、この言葉は多面的な意味を持ち合わせているのだ。
その時、その状況によって最適解は変わるからこそ、それを求めやすいのが心という概念なのだろう。
ゆえに、バイスがそう口酸っぱく言うのはそこに気づいてもらいたいから、という意識からなのかもしれない。
(俺が求める、ものか……)
エヴァンは心の中で独白しながら、瞳を動かす。
視線の先では、河原へと魚を打ち上げていく少女の姿を捉えていた。
(いや、どれだけ食べる気なんだよ)
砂利の上で跳ねる姿は、およそ数十匹はあるだろう。ちょっとした山になっているその青い魚群は、白銀の少女によって少しずつ増えていく。
ただ、あまりにも乱獲し過ぎないようにエヴァンは注意しておいたので、エティカは川を泳ぐ魚影を見極めてはいるようだが。
(にしては、捕獲技術が高いんだよな……。魔人族だからか?)
魚捕りが上手いという噂は聞いたことがない。むしろ、そんな話が出ていたところで尾鰭が付いた扱いをされるだろう。
ただ、そんな噂が流れていても不思議ではないほど、エティカの狩猟能力は高い。
例えば、白銀の少女と出会った頃のエヴァンが獲れた魚は精々数匹――それも片手で数えられる程度だ。昼間から出かけ、夕方まで精一杯時間を掛けた成果がその数匹。
それをエティカは、ものの一時間以内で覆したのだ。
(なんにせよ、楽しそうならいいか……)
見つめる姿は満喫しているようで、紅色の瞳は真剣な色彩を放っている。彼女の今の姿は狩猟者で、釣り人もびっくりな才能の持ち主だ。
そんな姿を見て、エヴァンの瞼は次第に瞳は重くなっていく。
木漏れ日が覗く木の下。涼しいそよ風が頬を撫で、心地よい環境音が響く。農作業による日々の疲れが溜まっていたのだろう。青年はゆったりと微睡みに沈んでいった。
◆ ◆ ◆
ふと、静かな寝息を立てていたエヴァンの頭がフッと持ち上がる。その直後に後頭部へ優しく、柔らかいその温かみのあるその感触。この緩やかな刺激で、揺りかごにいた青年の意識は覚醒へと向かう。
「ん……」
「あ、起きちゃった……?」
薄らと開いた瞳に映ったのは、いつも見る姿とは逆転したエティカであった。
「エティカ……?」
「うん、エティカ、だよ」
そう慈愛に満ちた笑顔を浮かべるエティカ。そして、たなびく白銀の髪はフワフワとそよ風で揺らめく。木漏れ日を乱反射し、気持ちの良い銀世界を見せつける少女は紛うことなく、エヴァンの救った少女である。
ただ、一つ違う点を挙げるなら。
「なんで、膝枕されてるんだ……?」
「んー……?」
正反対の景色に一瞬、青年は戸惑うものの後頭部に感じるムニムニの感触が少女の膝であると判断する。
そして、なぜそんな状況になっているのか分からないエヴァンはそう疑問を口にしたわけだが。
「なんだろう……」
「なんだろうて、理由はないのか?」
「うん。でも、強いて言うなら……」
エティカは、エヴァンの頬へ人差し指をそっと突っつくと。
「したいから、かな」
少し意地悪な、普段は見せないような表情をエヴァンへ向けた。
綺麗だと。青年は囚われてしまった。
後頭部に感じる柔らかな感触よりも、木々の木漏れ日よりも、草木の鮮やかな香りよりも、小川の清らかな音色よりも。
エヴァンは、白銀と紅色の世界に一瞬で囚われた。
「な、なんだよそれ……」
「ふふ、なんだろう、ね」
青年は眼前の少女を直視できず、真横へと逸らす。照れ隠しの行動に、エティカは微笑みながらその様子を愛おしく眺める。
したいからした。
この姿が見たいからした。
それに間違いはない。
だから、いいのだ。
例え、このままでも。永久に続いてもいい。そう確信するエティカは、優しく彼の頭を撫でる。
暑さに弱い彼のことだ。きっと今は頭が沸騰しているに違いない。その証拠か、横顔は非常に真っ赤になっている。
そんな青年の姿を白銀の少女はゆっくり記憶へ刻みながら。
「ね、エヴァン」
「……なんだ?」
未だそっぽを向いたままの彼は、ポツリと弱々しく呟く。少し幼く見えるが、彼はそうやって平静を保とうとしているのだろう。
「ありがとう、ね」
「……」
耳まで真っ赤になったエヴァンは、気恥しさから更に身動ぐ。そんな様子を認識していつつも、構わず白銀の少女は続ける。
「あの時、助けて、くれて」
「…………」
「今、わたしが、楽しいのは、エヴァンの、おかげ」
「………………」
「だから、だから、ね」
エティカは、青年の耳元まで屈む。出来るだけ近く。なるべく近く。息が吹きかかるほど近づき。
そのフワッとした綿毛のような音色は、エヴァンの意識を更に覚醒させる。
「ずっと、一緒に、いてね」
甘く、囁かれた言葉はエヴァンの脳を震わせた。だからこそ、しどろもどろになりながら。せっかくの言葉を無意味にしないように。青年は小さく吐き出す。
「あぁ……ずっと、な」
この穏やかな風景が一生続けばいい。
そう願う二人であった。




