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【外伝】「清涼を求めて 2」

 「エヴァン、エヴァン! 川、川だよ!」


 活気溢れる声が、林を抜けた先まで響く。今にも走り出そうな白銀の少女は、なるべく抑えてそう表現していく。


「あぁ、綺麗な川だな」


 その後を遅れてやって来たエヴァンも、頷きながら眼前に広がるせせらぎを見て、そう口にする。

 切り開かれた砂利でできた足場。たくさんの形が転がって、そのどれも角が削られ丸くなっている。


 その先には、穏やかな流れの川、遠くから眺めても澄み切っているのが分かるほど綺麗な水質。

 見ているだけでも気持ちのいいくらい、静かで涼しげのあるその空間は、背丈の伸びた木々によって日陰もできて非常に心地よいものとなっていた。


(結構、手が掛けられているんだな。穴場、ていうよりかは暑さしのぎの共有場所になっている感じなんだな)


 近くに生えた一本の樹木に視線を移したエヴァンは、そう感じる。そこだけ明らかに地面の石は取り除かれ、更には雑草も片付けられていて、土がむき出しの不自然な状態となっていたからだ。


(気持ちは分からないでもないけど)


 川の流れる音を聞きながら、木陰で昼寝をする。そう想像するだけで、どれだけ癒されるか。時折頬を撫でる風が吹けば、それはもう完璧だろう。後は程よい眠気に身を委ね、微睡(まどろ)みに沈めば言うことはない。


「ね、ね、エヴァン」


 辺りを観察していた青年へ、エティカはウキウキと体を小刻みに揺らし、期待に満ちた眼差しを向けた。

 その様子から何を言いたいのか、エヴァンには察しがついていたが、言葉にして欲しいのか、はたまた可愛いおねだりを聞きたいからなのか。彼はあえて、察した言葉を隠した。


「ん? どした?」


「あのね、あのね。綺麗な川、入っちゃ、ダメ、かな?」


 青年の予想通りではあった。だからこそ、エヴァンはゆるっと上がった口の端のまま。


「入ってもいいけど、その前に川遊びで気をつけることだけ伝えていいか?」


「うん!」


 輝いた紅色の瞳。更には、頬までほんのりと紅潮したその様子を見たエヴァンは(エティカは今日も可愛いな)と感慨にふける。ただ、いつまでも浸るわけにはいかない青年は、少女を近くの木陰へと誘導した。


 時刻は朝の涼しい時間。それも晴天で、雲が多少浮かんでいるくらい。陽射しの当たる場所では、体力が必要以上に消耗されるし、暑さで集中力が途切れてしまう。

 だからこそ、涼し気な手入れがされた木陰へ移ったわけだ。


(いくら魔人族が強靭とは言っても、直射日光は避けとかないとな。女の子だし)


 そう取り繕うものの、エティカの美白な柔肌がこんがり焼かれるのは嫌だ、というのが本音だろう。

 そうやって、言い訳しながら彼は暗がりにて川遊びの危険性を説明した。


 そして、遊ぶことについて色々と説明したエヴァンではあったが、実際のところはそれほど心配はしていなかった。


 エティカは理解力もある。なぜそれが危ないのか、しっかり理由を説明すれば納得し、噛み砕いた後、自分なりの考えを応用したりする。

 水に濡れた石は滑りやすく非常に危険だと言えば、苔むしたところや流れの早いところはもっと危険だと理解する。更には、走り回ることも同様に危険だと考えるのだ。


 だからこそ、彼はそれほど心配してはいなかったのだが。


「エティカ! 服は脱いじゃダメだって!」


 エヴァンの目の前で服を脱ぎだすことの方が心配だった。



 ◆    ◆    ◆



 エティカの脱衣を食い止めた青年は、(なら)された木陰に腰掛ける。「はぁ……」と溜め息をつくが、その瞳は優しく水に触れる少女を見つめる。


「まさか、俺の目の前で脱ぐとは思わなかったな……」


 まれに白銀の少女は突拍子もない行動をする。それでも誰か傍にいれば、抑止力となって行動自体は起こらない。むしろ、「してもいい?」と尋ねるほど、慎重なこではある。


 しかし、今回は違っていた。

 それも脱衣だ。動きやすい身軽な上着に手を掛け、そのたった一枚の布が持ち上げられ、彼女の可愛いらしいへそが見えた瞬間に止めたから良かったものの。少しでも遅ければ、下着姿で川に飛び込んでいたことだろう。


(帽子に、下着姿て……着方的に笑われそうだけど)


 そう思うが、裏を返せばそれだけ待ち望んでいたと、水の冷たさに、はしゃぎ回る少女を見て思う。

 照らされた白い肌と白銀の髪が眩しい中、その様子は非常に幼く見えた。


「俺以外に誰もいなくて良かった……」


 もし、彼女が下着姿で遊び始めたら。エヴァンは辺りにいる連中の目を潰すという強行手段に出ていただろう。誰にも見せたくないという独占欲。それが滲み出ていた。


 それもこれも、エティカとの衣食住がほぼ共にされているからだろう。最初は恥じらう様子を見せていたエティカも、今では際どい部屋着を身につけ、下着が見えてもお構い無しな状態。本を読もうとすれば足の間に入ってきて一緒に読書をするし、横になれば腕の間に入り込んでくる。


 まるで猫のような少女のふとした瞬間に見える柔肌が、エヴァンの危機感を刺激したのだ。


 ただ、それはエヴァン目線の話で服装は至って普通である。今回、彼女が脱いで見せたのも濡れても大丈夫な水着に近いもので、下着ではない。それもリラから「泳ぐなら、これ持って行きなさい」と授かったものである。

 

 ゆえに、脱衣を制止したのはエヴァンの一人相撲であったわけだが。


「エヴァン、エヴァン! 来て! お魚、獲れたよ!」


 そんな内面の葛藤は露知らず。程よく女知らずな青年は、白銀の少女に呼ばれる。その太陽のような輝きの笑顔を向けられたエヴァンは、木陰から踏み出す。

 優しくも穏やかな時間。彼はそのことを噛み締め、微笑みながら答える。


「そういや、ここの魚美味しいらしいぞ」


「え。食べるの?」


「え、食べないのか」


 美味しいものには目がないエティカのことだ。このまま焚き火を起こし、塩焼きにして食べるものかとエヴァンは思っていた。

 しかし、白銀の頭をコテン、と可愛らしい仕草で傾けた様子からして本来の目的とは違うようだ。


「じゃあ、なんで捕まえたんだ?」


「んー……」


 エティカは、両手に乗せられたピチピチの魚を直視する。銀色に輝く鱗は太陽の光を反射し、獲れたてだと証明しているかのよう。ひとしきり観察し終わった彼女は、顔を上げエヴァンに返答する。


「この子、可愛いから、飼っちゃだめ?」


「どうやって持って帰るんだよ……」


 エティカが大事そうに抱えた魚は、再び川へ放たれることとなった。

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