【外伝】「清涼を求めて」
穏やかな昼下がり。
いや、照りつける太陽の下では穏やかとは言えないかもしれない。そんな直射日光の中、一人の男は項垂れていた。
「あちいぃぃ……」
エヴァン・レイ。唯一の平屋にして、異国情緒溢れる縁側に倒れていた。
「なんで、こんなに暑いんだよぉ……」
この青年が愚痴るのも無理はなかった。太陽が真上に昇る正午――それもこの真夏に近い陽気の中だ。
例え暑いのが苦手ではない者であっても、思わず額の汗を拭い、顔を顰めることだろう。
「いやだぁ……あちぃよぉ……」
退化してしまうほど、エヴァンは暑いのが苦手であった。先程まで、イースト村の農作業を手伝わされ、こき使われていたのだ。
体温は嫌でも上昇するし、かいた汗も尋常ではない。
休憩時間をもらったエヴァンは、大きな屋敷に入る気力は湧かず、バイスに誘われるままこの縁側に来ていたのだ。
「相変わらず、暑いのが苦手なんですね」
そんな倒れた青年の元へ、白髪の老婦人は漆塗りのお盆に二つのコップとお茶請けまで用意して持って来た。
ただ暑さを逃れたかったエヴァンにとって、村長がそんなおもてなしをされているにも関わらず、いつまでも寝っ転がっているわけにはいかため、急いで身を起こす。
そんなエヴァンの隣に座る姿も気品溢れ、一つ一つの所作も手慣れた姿は目を見張るものがあった。
しかし、バイスはそれを誇ることなく。
「はい、しっかり水分をとってくださいね」
「ありがとうございます……」
差し出されたコップ。ガラスで作られたその器を躊躇いながらも受け取ったエヴァン。その時、浮かべられた氷がカランと心地の良い音を響かせる。
(氷て、珍しいな)
そう言葉に出さず心の内で思う。ガラス越しでもひんやりとした冷たさが伝わるほど、水はキンキンであった。四つの浮いた氷のおかげだろう。
そんな青年を癒す氷はいまだ技術が確立されず、どちらかといえば魔法や魔術に頼るのが現実である。
生み出した氷を保存する方法も、それを長期的に使用する技術は切磋琢磨の時期であって、氷魔法が使える者は大変重宝される。
なにより、魔法や魔術であっても氷というのは難易度の高い代名詞でもあった。
だからこそ、エヴァンはその水面へ浮いた気遣いに感謝しつつ、口をつける。
冷たい感触で若干唇が麻痺するものの、大変気持ちの良いもので、そのまま冷やされたお茶を流し込む。
キュッと、喉の奥が締まり、冷水が心地よい刺激を与えながら胃まで流れていく。
これが暑い中の清涼剤になったのは確実だろう。
「ぷはっ……生き返る……!」
「ふふ、あんまり勢いよく飲むとお腹を冷やすので、ゆっくり飲んでくださいね」
一口で飲み干したその様子を見て、バイスはそうたしなめる。その言葉にエヴァンは照れくさい思いをしたが、それが嫌というわけではなく。むしろ、懐かしさを感じるほどである。
「おかわり、しますか?」
「あ、お願いします……」
シワの寄った、年季の入った腕を差し出され、青年は恐縮しながらコップを渡す。それを受け取ったバイスは穏やかな笑みを浮かべながら、ピッチャーに入っていた水を注ぎ入れる。
この場面を切り抜けば、孫と団欒する和やかな空間だろう。例え、彼らに血が繋がっていなくとも。彼らが形式上の家族であってのも。
この風景が、エヴァンとバイスの関係を示したものではあるだろう。
「それで、どうですか。久しぶりの帰省は」
ほどよく注がれたコップを手渡しながら、翠眼は優しく問い掛ける。
「ありがとうございます……。そうですね、なんと言えばいいか……」
キンキンに冷えたコップを受け取ると、エヴァンは少し言葉を選ぶ。
今あるこの状況をどう考えるかは、過去を思い返すのが簡単ではあった。ゆえに、両親に襲撃された初日、祭りの手伝いをしろと強制労働に駆り出され、後片付けも手伝えと振り回され、その後は母親であるリラに「ぐうたら過ごすなんて許さない」と果樹園の手入れや農作業の手伝いまでされた日々を思い出す。
「こき使われたなぁ、と」
「確かに、そうですね」
エヴァンの独白を聞いて、くすっとバイスは笑みを零す。彼はあらゆるところに駆り出された。果樹園だって本来ならば行かなくても良かったし、手伝いなんて必要はないほどではあった。しかし、老婦人は村人の考えがある程度読み取れるからこそ、穏やかな笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね。あなたが帰ってきて、みんな嬉しいのですよ。一目見るだけじゃ我慢できない、話をしてみたいんですよ。だから、こき使うことになってしまって申し訳ないです」
「いえ、大丈夫ですよ」
青年は愚痴を零していても内心では助かっていた。
イースト村に帰省したと言っても、彼は仲間はずれとも違うが、それに近しい気持ちを抱いていた。
もしかすると、歓迎されていないのかもしれない。
もしかすると、待ち望まれていないのかもしれない。
そんな場違いな心さえあった。
しかし、現実では違っていた。歓迎された。温かく迎え入れてくれた。なにかあれば、すぐに心配してくれた。たくさんの心遣いを貰った。たくさんの物を食べさせてくれた。
それだけで、彼は帰ってきて良かったとさえ実感できているのだ。
「そうだ。良ければ、今度近くの小川へ涼みに行ってはどうでしょうか?」
「川、ですか……?」
「はい。この暑い陽射しはしばらく続くでしょうし、日々の農作業の疲れを癒す意味でもどうでしょう。エティカさんも一緒に連れて行くのもいいでしょうし」
「そう、ですね……」
暑い日が続くことも嫌ではあったし、日々の疲れを涼しさで癒すというのもいいと思えたが、エヴァンにとっては。
(川遊びしたエティカも見てみたいな……)
主軸は白銀の少女であった。
だからこそ、エティカと一緒ならば四の五の言う必要はない。むしろ、彼女がいるならほぼ決定されたことであろう。
「その場所、教えてもらってもいいですか?」
青年の暑さに負けていた気持ちはどこへやら。
今では、白銀の少女が川ではしゃぎ回っている様子を妄想していた。
そして、次の日。エヴァンとエティカは、紹介された近くの川へお出かけすることになった。




