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【外伝】「甘みを求めて 4」

 提案に意気揚々と突き進む白銀の少女。

 その後ろ姿は、抑えようのない嬉々とした感情を隠さずに振り撒いていた。

 ポヨンポヨンとした歩調。スキップに近く、軽い足取り。

 フワフワと歩く度に揺れる白銀の髪は、昇り始めた太陽に照らされ純銀の輝きを放っていた。


(これだけ喜んでくれたら、そりゃ餌付けしたくなるわな)


 そうエヴァンは蚊帳の外の気持ちで思うが、彼も先ほどまで蜂蜜を買えるだけ買うという思考回路をしていたことは棚に上げていた。

 人間、適度に視野が広く適度に盲目なのだろう。

 ただ、その中でもエヴァンは人知れず懐かしさを感じつつ、同時に寂しさを覚えていた。


(いっぱい作ってるんだな。野菜やら肉やら麦も果物も、蜂蜜にまで着手してるんだもんな)


 今までのイースト村にはない光景ではあった。

 麦畑の中に点在する村の風景や、そこそこの果樹を植えた園も、養蜂できるほどの設備も。

 前々での、青年が過ごしてきた村にはない姿がここにはあった。

 だからこそ、彼は懐かしさを感じると同時に寂しさを感じたのだろう。


 過ごした時間よりも、過ぎ行く時間の方が多いことへの哀愁。

 ただ、それが後ろ向きなものではなく、むしろ前を向くためのものではあった。


(心配するほどでもなかったのかも……)


 そう思うほど、彼は余裕が生まれていたのか。それとも今までの仕送りが杞憂に済んだからなのか。

 はたまた、人間の力強さを実感したのか。

 それは、エヴァンの背中を押すことにはなっただろう。

 白銀の少女の揺れるたわわな髪。それを放心状態で眺めながら、彼らは二つ目の戦場に到着した。


 ◆    ◆    ◆



「わぁ、エヴァン、甘い匂い、するよ!」


「確かに、凄いなこりゃ」


 小さな小屋。養蜂家の男性によって開かれた扉から漂ってきたのは濃厚な甘味の匂いであった。


「すぐそこの椅子に座っててくれるか? 持ってくるからよ」


「あ、はい」


 小屋の奥――おそらく瓶詰め作業の現場に向かった男性の後ろ姿を慌てて確認したエティカは、近くの椅子へゆっくりと向かう。

 適当に、壁際に置かれたその木製の椅子。それを一つ抱えて、後ろに着いてきたエヴァンへ。


「どうぞ」


「ありがとう」


「えへ」


 手渡された椅子を青年は受け取り、それが確認できた白銀の少女はニコッと柔らかな笑みを浮かべる。

 些細な優しさではあるが、これがエティカとも言えた。


(本当なら俺がしてたことなんだけどな)


 半年前の様子を椅子に座りながら思い返すエヴァン。

 彼女はそれほど背丈が高いわけではなかった。むしろ小柄で、今にも風が吹けば折れてしまいそうなほどでもあった。

 だからこそ、椅子を持ち運びするのも青年の役目であって気遣いでもあったが、白銀の少女も成長している。


(ま、出来ることが増えるなら良い事だよな)


 隣に居座る白銀の少女を見ながらそう思う。

 そんなエティカは、小屋に並べられた数々の物品に目が泳いでいた。

 そして、時折小さく「わぁ……」と言ってしまうほど、この空間への興味が尽きないようだ。


 窓際に並べられた瓶の透明感のある輝きや、木箱に詰めた時の梱包材が散らばっている様子や、ここがいかにも戦場であることをその紅色の瞳で実感しているようであった。


 そうこうしている内に、奥に引っ込んだ男性が一つの木箱を両手に抱えながら二人の元へやって来る。


「ほい、これが瓶詰めされたやつだ」


「ほえぇ」


 まん丸と口を開けたエティカ。蓋が外された木箱に詰められていたのは、先ほど蜂の巣を見た時に見た琥珀色の濃密な液体であった。

 全てが透き通るような瓶の中に、なみなみと注がれた黄金に輝くそれは紅色の瞳をより一層煌めかせる。


「一つだけじゃないんですね」


 エヴァンはそう疑問を投げ掛ける。

 彼が質問した通り、木箱には四個の瓶詰めされた蜂蜜が入っていた。


「てっきり、一個だけなのかなと思ってたんですけど」


「はは、そりゃこの子だけだったら一個で充分だろうが、今日はお前さんもいるだろ」


「えぇ、それが……」


 「なにか?」と言う前に男性は豪快で、こんがりと焼けた肌にしわ寄せ笑顔を浮かべ。


「どうせこの子のために買って帰るつもりなんだろ。それなら、わざわざ奥まで取りに行くのが、めんどくさいから持ってきただけだ」


 見透かされていた。エヴァンの思考回路は、本人が思っている以上に筒抜けなのかもしれない。


「そうなんですね……」


 青年は少しショックではあった。思考回路が読み取られたこともだが、それ以上にこの子を甘やかす考えが思いの外、漏れ出ていることが恥ずかしかった。

 しかし、当の本人――エティカはそんなことより、目の前の黄金の、まるで宝石を溶かしたような世界に夢中であった。


「ま、男の話より嬢ちゃんの話だ。嬢ちゃんはその瓶を開けられるか?」


「え、はい」


 差し出された一個。手のひらサイズの瓶を手に持つエティカ。指先はしなやかな長さで、程よい肉感のある美白なところに乗った小さなガラス。彼女は、それをどうしたものかと思案してエヴァンを見やる。

 ただそれが青年にとっては本当は開けられなくて困った様子に見えた。


「開けようか?」


「えっ」


 白銀の少女が持っていた瓶を取ると、彼は余裕綽々な笑みを浮かべる。

 ちょっとくらい男らしいところを見せたい。そんな気持ちが見え隠れするほど露骨な態度ではあったが――いざ、蓋に手をかけ開けようと力を込めた時。


「フンッ……」


 びくともしない。微動だにせず、固く閉められた蓋は働き盛りの青年の腕力を持ってしても開くことはできなかった。


「エヴァン……?」


 苦く食いしばったその様子にエティカは不安げに伺う。その言葉にハッとしたエヴァンは、なるべく笑顔を作るも、ぎこちないものとなっている。


「大丈夫、大丈夫。待ってな、今開けるから」


 そう繕う。ここまで来れば後には引けない。たった瓶一つも開けられないとあっては、男が腐ってしまう。


(なにより、エティカにはかっこいいところを見せたいし)


 だからこそ、彼は精一杯の力を込めるため大きく息を吸い込む。

 そして、フンッ! と全身の筋肉を使うように蓋を捻るが――ビクともしない。


「だはっ……かったいなぁ」


 数秒間、善戦したものの開けることは叶わず。申し訳なさと羞恥心がエヴァンにのしかかる。

 こんな瓶一つ開けられないのかと。そこそこ鍛えていて、ロングソードであっても長時間振るえるほどの腕力を持ってしても、その蓋はあらゆる鉱物よりも硬いそんな印象を与えた。


「たくっ。何してんだよ」


「いや、固いって。こんなの女の子に開かせようとすんなよ……」


「そんな固くしたつもりはないんだが……。まぁいい、貸してみな」


 養蜂家の男性はそう言い、エヴァンから瓶を受け取る。もしかしたら、開け方のコツがあるのかもしれない。そう思った青年は素直に渡したが、その様子を白銀の少女は不安げに見つめていた。


「こういうのは力だけじゃダメなんだよ」


 そう意気揚々と、自信満々に言い、エヴァンが開けようとした様子と何一つ変わらない姿で試みるものの。


「開かんっ」


 固く閉められた蓋は琥珀色の液体を頑丈なほど、密閉していた。

 大の男、その二人がいてなんて情けない結果か。はたまた、あまりにも瓶詰めが厳重であったか。彼らはテーブルの上にその瓶を置き、木箱にある他の蜂蜜を手に取ろうとした。


 その置かれたものを。ガラスに封じ込められた黄金の世界を。白銀の少女はゆっくり手を伸ばし、養蜂場の名前が刻まれた蓋を掴むと――


「ふんっ」


 パカッと。少女の可愛い声と共に、心地よい音色が響き、挑戦した男達を打ち砕く現象が起きた。

 その音に思わず男達が振り向いた先、少女は可愛らしい頭を傾けながら、二人に向かって呟く。


「開いたよ?」


 大人であり、力強い男達が開けられなかった蓋を容易く開けた。

 その柔らかく、細く適度にムチムチとした腕からは想像できないほど、頑丈で固い蓋を開けられる腕力の持ち主であった。


 この出来事から、エヴァンや養蜂家の男性は無意味にカッコつけないことを心の内で密かに誓った。

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