【外伝】「甘みを求めて 2」
そんな紹介ではあったが、戦場と呼ぶには少し静かな朝焼けの穏やかな場所であった。
「戦場にしては、蜂が少ないな?」
二人の周りを飛び回る小さな蜜蜂。その数も少し静けさがあって、飛んでくるのも数匹という感じであった。
ブンブンと忙しなく駆け回り、羽音でまともに会話できないほどかと想像していたが、青年の予想とは違っていたようだ。
「そりゃ、朝だからな」
と、言葉少なくなにかの準備をしているのか、すぐ近くの木箱をしゃがんで弄る男性。その後ろ姿を見つめる二人に、男が見せたのは。
「この時間は、大体の蜂は寝るからな」
「うわぁ……」
見せられた小さな存在。それを見たエティカは、感嘆の声をあげる。男性のマメができたゴツイ手のひらの上、そこには指先にも満たない小さな虫が「何があったの」とウロウロしていた。
「これは、ストラビーという種類でな。ミツバチの中でも大人しい子たちなんだ」
「大人しい……?」
「あぁ、滅多に人は刺さないし、近寄ってきても体をウロウロするだけで怖くないんだぞ。嬢ちゃん触ってみるか?」
「うぇ?」
エティカはびっくりして、手のひらの小さな存在を大きな紅色の瞳で何度も見比べる。
小さな小さな体。羽をしまって、男性の手のひらの上で動く小さな脚。体毛に覆われた体はなかなか目にしたことの無い白色に近い色合い。黒く、くりくりとした複眼も、矮小な顔には二本の柔らかそうな触角がついている。
それを見た白銀の少女は、次にエヴァンを見つめる。
触ってもいいのか、ワクワクしていて今か今かと待っていて揺れる体。その姿を見て、青年がGOサインを出さないはずがなかった。
「優しく触るんだぞ」
「うん!」
にこやかに。開いた口が塞がらない状態のまま、男性から白銀の少女へ、蜂が移動する。
手から手へ。ちょこちょこと歩いて、エティカの小さく白色美肌なぷにぷにとした手へ移る。
「うわぁ……! エヴァン……!」
蜂が驚かないように。細心の注意を払って、声を沈めて飛び跳ねそうな体も抑え込む。ただ、やはりそれでも揺れるのは揺れる。肩がぴょんぴょんと跳ねて、この感動をどう表現するか分からない、それでも嬉しいのと可愛い存在を体感して、抑え方もよく分からない。そんな様子のエティカ。
それだけで、眠い目を擦ってでもやってきて良かったとエヴァンは心の底から思った。少し大人びた彼女であっても、こういう興奮した時は幼く見える。それがあまりにも可愛いのだ。
「小さいな。エティカの小さな手よりも全然小さい」
「うんっ。コロコロ、してて、ちょこちょこ、歩いて、可愛い……!」
自分の手の上を縦横無尽に駆け巡るストラビーという蜂を見つめて、華やかな笑顔のエティカ。
そんな二人に向けて、男性はいいものを見れたと満面の笑みを浮かべる。
「喜んでくれて良かったよ」
「ありがとうございます。ストラビーて、結構大人しいんですね。蜂はやたらと刺してくるものだと思ってたんですが」
「ははは、そりゃ幻生林とか野生のやつは刺してくるだろ。テリトリーに入ってきたやつを追い払うのは、どんな動物だって一緒だろ?」
「確かに……」
魔獣であろうと、獣であろうと、昆虫であろうと、人間であろうと、自分が作ったテリトリーへ入ってきたモノには警戒するし追い払う。最悪の場合は攻撃行動にでて、負傷もしくは殺傷する。そうやって、自分自身の所属するコミュニティやテリトリーを保護している。
大人しいというのは、それだけで種族的には危険な場合もあるが、このように他種族と共存するという選択肢も存在する。
「この子はストラが品種改良した種類でな。大人しいのが売りでもあるな」
「品種改良……?」
それまで蜂に夢中だったエティカが、疑問を浮かべる。コテンと傾いたふわふわの白銀の髪。それが朝日にキラキラと輝く、なめらかな光となって反射する。
その両手に乗ったストラビーも、同じように男性を見る。それを目撃したエヴァンは、人知れず驚くが、それよりも男性の話が優先された。
「そうだな……なんていうかな。より良く、優秀にするために、ていう感じだな。いっぱい美味しい蜜を作れるようにして、人にも危害がないようにする感じだな」
「ほへ〜……」
白銀の少女が、言われたことを噛み締めるため若干上を見上げる。すると、手に乗っている小さな白色の蜂も同じように上を見上げる。
その二つの様子を目撃したエヴァンは、いまいち話が理解できない事態に陥る。
「じゃぁ、この子、変えられた、の?」
「そうだな。悪く言えば人間にとって良いように変えられた、とも言えるな。都合のいいようにというか、利益が得られるように、ていう感じだな」
「そうなんだ……」
白銀の少女は、自然と手のひらに乗った存在を見つめる。大きく、くりくりとした紅色の瞳。
対して、ストラビーも体を動かしてエティカと目を合わせる。いくつもの小さな眼がぎゅっと閉じ込められた黒い複眼。
目の合った少女は、しばらく考える。
都合のいいように変えられた存在。人間にとって害のないよう変えられた。それが、いやに少女の中で引っかかりとして生まれるが、なぜかは理由が判明せずモヤモヤとした状態へと至る。
ただ、なぜか。この子たちに親近感を覚えた少女は、ある決心を抱いたのか青年の方を向く。
「エヴァン……」
「ん? どうした?」
何か思い詰めたような表情の少女。何かあったのではないか、と逸れていた意識を慌てて引き戻したエヴァン。思い詰めて、真剣で、何か決意した、そんな顔つきでさえも可愛らしさを感じるほどに幼い白銀の少女は、重苦しくそれでもしっかりと、言葉にする。
「この子、飼いたい」
「いや、ダメだって」
庇護欲が溢れ出たワガママを青年は、ピシャリと制した。




