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【外伝】「甘みを求めて」

 ある平凡な昼下がり。といってもまだ正午ではない。

 イースト村に滞在し、数日が過ぎて祭りの片付けが済んだ頃。

 その言葉は唐突に、白銀の少女へ投げられた。


「そういえば、エティカちゃんはうちの名産品を味わった?」


 まな板へ叩き落とされる包丁の音は軽快に。それでも正確に葉物野菜を刻んでいく。

 そんな慣れた手つきのリラに対して、白銀の少女――エティカは少しだけ慣れた手つきで鶏肉の筋を取っていた。


「名産品……?」


 その言葉に思いつくのは、数々の果物。葡萄や桃。甘酸っぱく、深い香りの紫色の果実。

 もしくは、みずみずしい果肉の詰まった濃厚な甘い匂いの白桃か。

 もしくは、イースト村の半分以上の面積を占める麦からできるパンのことか。

 それとも、麦芽で育てられた鶏の肉のことか。それとも、豚肉か。

 思いつかない白銀の脳内には、いくつもの考えが浮かぶもののピンとくるものはなかった。


 少なくとも、リラが聞くということはエティカが食べたことがないものの可能性が高い。今までの朝食から夕食までの間には無いもの。

 もしくは、この間の祭りの屋台で出たものかもしれない。もしかすると果実酒かもしれない。

 果物を漬け込んだアルコールだった場合、エティカは味わうほど大人でもなく、嗜めるほど年齢を重ねていない。

 だからこそ、聞いたわけだが返ってきたものは白銀の少女が予想していない言葉であった。


「あら、エヴァンから教えて貰わなかったの? うちの名産品はたくさんあるけど一番のオススメはね――」


 トントンと振り下ろした包丁を止め、リラは隣で必死に白くて細い筋を取る少女へ視線を向ける。


「蜂蜜よ」



 ◆    ◆    ◆



「エヴァン、凄い! たくさん、蜂が、飛んでる……!」


「こりゃまた、凄いな」


 辺り一帯を占める木箱。そしてその空中を優雅に飛び交う蜂の姿に、二人は感嘆の声をあげる。

 エヴァン、エティカが訪れたのはイースト村の北側。草花に囲まれ、木々の木漏れ日を浴びる。穏やかで涼しげな空間であった。

 そして、時間も早朝。日は昇らず、薄暗く若干白んだ空の下。寝ぼけ眼だった紅色の瞳は、好奇心に広がる。


「おはよう、エヴァン君と――エティカちゃんだっけ?」


「おはようございます」

「お、おはよう、ございます」


 不意に掛けられた声に対して青年はいつも通り。少しだけ眠さで落ちた瞳を向ける。

 白銀の少女は、ハッとして小さな頭を下げる。

 その健気な姿を厚手の服に身を包んだ男性は、穏やかな笑みを浮かべながら二人へ近づく。

 周りを飛ぶ小さな存在を当たり前のように、堂々と歩きながら。


「今日はありがとうございます。お忙しい中でしょうに」


「いや、いいって。繁忙期は過ぎたから」


 エヴァンの大人の礼に対して、男性は非常に寛大であった。そんな二人のやり取りを小さな白銀の存在は、ほへ〜と口を開けて眺める。


「逆に繁忙期だったら手伝ってもらってたから、ある意味良かったな! 俺らとしては人手がなくて残念だがな!」


「やはり、忙しそうですね……。時期をズラして正解でした」


「お、少しは言うようになったな。まぁ、あんま慣れない仕事だろうし無理はさせたくないから、この時期で良かったよ。朝起きるのは少し大変だがな」


 近くに来たその者は、青髭の残ったえくぼの出た中年の男性であった。肩幅の広い、程よく筋肉ののったガタイに、背はエヴァンより少しだけ大きい。

 黒い長靴を履いて、作業服に身を包んだその姿はいかにも養蜂場で働いている風貌をしている。

 その男性は、コホンと咳払いすると。


「ようこそ、イースト村の養蜂場へ。新鮮、絶品、頬も蕩けるような蜂蜜を作る戦場へ」


 大袈裟に、しかし実感の籠った声音で紹介した。

読んでいただきありがとうございます。

少し本編に関わらない、少し関係あっても日常を彩る些細なものですが、完成次第投稿していきます。


これはほんの一部だけですが。

話数をズラすのも一括でできないので、外伝として投稿していきます。

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