第108話「大作戦」
例えば、ソーセージとパンを買ってそれをホットドッグにして食べることや、ベーコンとチーズと野菜を駆使してピザみたいにして食べることなど、いつもならエヴァンの思考には浮かんでいた。
しかし、今は目の前の事ばかりが気になってしまう。
鉄板の上で転がされたソーセージに溶かしたチーズ。
美味しいはずなのに、いまいち味が伝わってこない。
味覚よりも視覚に意識が割かれてしまって、白銀の少女の動作ひとつひとつを目で追ってしまう。
髪をかきあげる仕草や、少し憂いた表情や、ぷっくりとした唇や、ほのかに色付いてもちっとした頬など。
なぜこうも色っぽいのだろうか。
そんな場違いな思考さえ回路が繋がる。
いつまでも見つめていたのが分かったエティカも、視線を上げる。
「どうしたの?」
「えっ、い、いや……」
「ふふっ。おかしな、エヴァン」
クスっと、笑った顔も魅力的で心臓を揺すぶる。
先ほどまでの不貞腐れた自分をぶん殴りたいほどに、目の前の光景は神々しいとも言えた。
天使がいるなら、今隣に舞い降りている。
そう豪語してしまうくらい、エヴァンは夢中になっていた。
会話はいつもより少なく、むしろそれが心地よい状態の二人は、ソーセージを平らげる。
そんなに量もないのと、意識を逸らすためにかぶりつくとあっという間であった。
さて、と手持ち無沙汰になった青年。
対して、少女は足を振っている。
ぷらんぷらんとブランコのように柔肌が見える脚部を揺らす。
つい、目で追いかけそうになったエヴァンは、かぶりを振って欲望を抑え込む。
「ほ、他になにか食べたいものとかあるか?」
「ん〜……」
とにかく腹を満たして気持ちを慣らそうと思った青年であったが、考え込むために指を唇に添えたエティカの姿で胸がときめきかける。
色っぽいのに可愛いのは反則だろ。
そんな小悪魔な少女へ自分勝手な気持ちを抱える。
少し考えた少女は答えを導き出す。
「お酒、飲んでみたい」
「いや、未成年は駄目だぞ」
「えへへ」
お茶目さもみせた白銀の少女。まだ十歳なエティカには、飲酒は推奨できない。婚姻年齢の十六歳になってから解禁されるのだが、魔人族なら問題ないか? と悪魔の思考が飛び出す。
「エヴァンは、お酒、飲まないの?」
「さっき飲んでたけど……悪酔いしそうだから、やめとくよ」
「そっか」
そう言うと、エティカは空を見上げる。その姿につられてエヴァンも見上げる。
漆黒のカーテンを彩る星々。しかし、祭り会場を明るくするための灯火がカーテンを眩ませる。
行き交う人々の流れもあって落ち着いてみることができない。
それが、なんとなく少女の気分を沈める。
なぜだろう。何度も見たことがある星空であるのに、隣にエヴァンがいるだけで特別な星空にしたい。
そんな気持ちへなっていく。
ただ、気持ちは膨らむのに足踏みしてしまう。
なにせ作戦はまだ始まったばかりなのだ。
もう少し、楽しみたい。
ゆえに少女は、余裕があるよう振る舞っていく。
「エヴァン、次は、スープ、飲みたいな」
ニコッと笑った笑顔は子どもみたいな無邪気さがあった。
それからは、少しずつ。いつもの二人へと調子を取り戻していく。
違うところがあるなら、指を絡めて握っているという恋人繋ぎをしているということ。
そして、恋情を昂らせているということ。
特にエヴァンの心境の変化は、ここ数日で一変した。
半年前は保護者であって、『救世主』の役目を無理に背負った青年。
今は、そんな枷から足を外しほぼ自由とも言える環境。
余裕ができて、今まで見過ごしてきた気持ちと向き合えるきっかけとなった。
ただ、同時に困惑も生まれてしまうが、それを少女自身が溶かしていけばいい。
白銀の少女が、照らせばいい。
そんなまだ初々しい二人は、カボチャのポタージュを飲み込む。
ほんのり甘い風味にカボチャの旨みが舌に残っている。
もう少しすれば、一つのイベントが起こる。
それまで、この気持ちも一緒に飲み込んで気合いを入れるエティカ。
いまだに自身と向き合って葛藤を抱えた青年は、百面相でポタージュを飲み込む。
何も味がわからなかった。




