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第107話「夏の夜空」

 (のち)のエヴァンが言うには「夢のような時間であった」という感想がこぼれるほど、甘い時間が包む。


 似合ってると伝え、満足いく答えが貰えた白銀の少女は青年の手を掴む。


「行こう、エヴァン」


「え、ちょちょっ」


 唐突であった。

 今までの彼女からは想像できない強引な行動。それに虚をつかれた青年へ、ローゼルは手をひらひらと振りながら。


「行ってらっしゃい」


 と笑顔で二人を送り出した。


 強引な白銀と漆黒の髪は、人混みの中へ紛れていく。

 カランカラン、と下駄が鳴らす軽快な音は少女の気持ちの表れか、それとも浮ついた青年の心か。

 ふわふわと弾む帽子もいつもより、祭りの雰囲気に浮いている気がした。


 人混みをかき分けながら進む小さな背中。

 ちらりと動く度に見えるうなじが魅力的だったが、我慢してエヴァンは質問する。


「なんで、エティカはその服を着てるんだ」


「ん? バイスさん、から、頼まれたの」


「頼まれた?」


「うん。東の国の、浴衣を、作ってみた、から、着て、感想を欲しい、て」


「そ、そうなのか」


 確かに、ストラの遥か東。そこには、夏でも過ごしやすい通気性のいい服があると、聞いたことがある。

 バイスは昔、その地方を訪れ影響を受けたとも聞いた。

 着物や住んでいる平屋がまさしく、その影響を受けた例だろう。

 しかし、その地方の物を手作りするとは、バイスの熱量も想像の上をゆく。


 ただ、そのおかげでこのお淑やかな美しさを見れるのなら、文句すらないどころか頭を下げて感謝するほど。


 そんな少女の艶姿(あですがた)にすれ違う人も目線で追いかけるほどだ。

 小さく揺れる姿さえ美麗で、眩しいくらいに。


「ねえ、エヴァン」


「うん?」


 握られた手が、一瞬だけ掴まれていた感覚を失う。

 それも(まばた)きの時間程度で、すぐに握られる。


 しかし、それはいつもと違う。

 ただ手を重ねる握り方ではない。


 エヴァンの指の間を白く細い指がかき分ける。

 青年の指の隙間を少女の指で埋めるように。


「きょ、今日は、これ……」


 耳まで真っ赤にしながら銀朱の少女は、恋人繋ぎへ。

 青年は、その姿に喉の奥がキュッと締められたような苦しさがじんわり伝わる。

 少し震える指先で。いつもはエヴァンに付いていく少女が。

 今日は違うものを求めている。


 その姿に強く引っ張られた青年は答えるよう、強く握り返す。


「あぁ、そうだな……。これが、いいな……」


 その言葉に少女は安堵(あんど)する。

 あぁ、良かった、隣じゃなくて。だって、今のこの顔は彼に見せられない。

 こんな溶けたようなにやけ顔は、見せたくない。

 だらしない、緩みきった顔を見せて幻滅されたくない。

 それでも、エヴァンの言葉がなにより嬉しかった。


 二人にしか分からない、言葉の音以外の心の音でのやり取り。

 きっと聞こえる者には、二人の心臓は爆発しそうなのが分かるだろう。

 それほどに高鳴った鼓動が、相手へ届かないことを祈り願いながら、二人は静かに露店の列へ並ぶ。


 祭りは始まったばかりで、本番はまだ先。



 祭りでは、村民が役割分担をして様々な食材や飲み物を売っていて、それを注文し適当なテーブルで飲食する。

 ただ、イースト村もそれほど大きい村ではなく、例年通りなら厳かに開かれるのだが、今回は隣の翼人族の村とも協同で開催することになった。

 そのため、規模も大きく扱う食品も増えた。

 空を飛んで様々な物品の運送を行う翼人族だからこそのネットワークで、様々な地方の酒や食品が集ったのだ。


 しかも翼人族のプライドも合わさって、運搬先の街中で今回の祭りのことを自慢げに話すものだから、旅人が集まって現在の賑わいになっていた。


 溶かしたチーズを豚のソーセージへこれでもかと乗せたものや、葡萄や桃、林檎(りんご)、ポワレといった果実酒に、蜂蜜酒、更には濁っていて味も香りも濃厚なビールや、塩漬けされた豚肉やら、ベーコンやチーズの燻製。

 タラやニシンの肝臓の塩漬け、干物を香ばしく焼いたもの。

 エティカが刻んだ野菜で煮込んだスープやカボチャのポタージュなど様々。


 これがいやでも空腹の腹を突っつく。

 その中で、エティカと一緒に並んで買ったものは、チーズの乗ったソーセージである。

 適当に空いているテーブルへ腰掛けようとするも、エティカはなかなか座らない。

 テーブルと椅子を眺める不思議な時間が流れるも、とりあえず立ったままなのも料理が冷めてしまうため、座ったエヴァン。


 それを確認した白銀の少女は、正面の席ではなく青年の隣へ即座に腰を落とす。

 ちょこんと小さな体が隣へ。

 ただ、いつもよりも近く。常に肩が当たるほど近く。


「え、エティカ……。近くないか?」


「そ、そう?」


「あぁ……」


「いや、かな?」


「いやじゃない!」


 思わず大声が出てしまった青年。しかし、その声は人々の賑わいでかき消えるが、少女のほんのり色付いた耳へ届く。


「いやじゃ……ないよ……」


「うん……わたしも」


 少し微笑んだ少女は、高揚感を隠しきれなかった。

 なぜだろう。いつもは言葉にしなくとも分かっていたことが、言葉にされた方が嬉しいのだ。

 青年の優しい声音で心が揺れ動き、感情がくすぐられ、それが喉を締め付ける。

 ただ、それが一番嬉しいのだ。

 苦しいのに嬉しい。

 不思議な感覚でふわふわと浮いてしまうが、それはエヴァンも一緒だろう。


 このまま夏の夜空に浮かんで、そのまま空の彼方へ消えそうな二人は、ぎこちないながらもソーセージを口にした。

 肉の甘さの中に胡椒の苦味が空間を染め上げた。

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