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第104話「お祭り」

 そんな約束をとりつけた後、昼食を済ませたエヴァンは広場に来ていた。

 たった一人で。

 並べられたテーブルや椅子、果実の入った木箱や酒樽の群れの中をまっすぐと進む。

 中心、広場や祭りの舞台の中心。

 その目の前まで着く。


 この時の為に彫られたという鴉の彫刻が(たたず)んでいた。翼を広げ、大きく(くちばし)を開けたその像。

 それを青年は見上げる。

 エヴァンの背丈よりも数倍の大きさの彫刻は、迫力も威圧感もあった。


 しかし、青年の心は罪悪感が包む。

 なぜ、今日という日に祭りが開催されるのかも、鴉の彫刻を飾るのも、知っているからこそ青年の罪の意識は強くなる。

 うっすら思いを()せる。

 なんとなく、覚えていることはあるがそのどれも靄が掛かっている。

 ただ、その靄の先、唯一記憶に残っている事実。


 太陽が隠れて暗くなった広場。

 今日という祭りで賑わう日に。


 エヴァンは『勇者』を殺した。



 夕暮れの時刻。村民が集った広場。大勢でひしめき合って窮屈になっていた。

 イースト村の村民全員と翼を携えた者も大勢。

 がやがやと話し声が空気を震わせる。

 人をかき分けて進むのさえ難しいと思えるほど人が密集していて、遅れてやってきたエヴァンとエティカは唖然とする。


 広場の入口と思わしき場所でさえ、人垣ができていた。

 その多勢の密集地を捉えた紅色の瞳は、驚愕の色を示す。

 イースト村だけの質素な厳かにひらかれる祭りだと思っていたが、翼人族も集まっていたのだ。

 それが遠目からわかるだけで、少女の心は高揚する。


 これから祭りが始まるというワクワク感。初めて目にする賑やかな空間は、ストラの街並みや黙する鴉とは別の匂いがして興奮する。


「人、多いな」


「そうだね」


 人の波は崩れることなく、密集していて広場に入ることさえ困難になっていた。

 その様子に青年はげんなりしてしまう。

 人混みはあまり好きではないのだが、祭りだから仕方ないか。

 そう納得させる。


 白銀の少女と繋いだ手をしっかり握る。


「離れないようにな」


「うんっ」


 夏の陽射しのように明るい笑顔を浮かべた少女。

 そんな、二人が人垣をどうやってかき分けるか四苦八苦していると、後ろから駆け寄ってくる人影。


「エティカちゃん!」


 足踏み状態だった白銀の少女と黒髪の青年は、声の元へ振り返る。

 バタバタと爆速で近づいた女性は、肩で息を整える。


「祭りの前にやることあったでしょ!」


 真剣に息と汗を垂らしているリラが、珍しく走ってきていた。

 そして、その言葉に疑問符が浮かんだエティカは首を傾げる。


「やること……?」


 ピンと来ていない少女の手をリラは強引に掴む。

 その姿や剣幕に飲まれた銀朱の少女は、目を見開く。


「もう、仕込みとか終わってたはずだろ? やることはないはず――」


「うっさいわね」


 思わず青年を睨んだ表情は鬼のような気迫があった。

 出かけた言葉が引っ込んでしまう。


「そういうことだから、ちょっと借りるわよ! ちゃんと返すから待ってなさい」


「え、え、ええ……?」


 そのまま為す術なく連れ去られていく、白銀の少女。

 嵐のようにきて、嵐のように過ぎ去っていくリラの傍若無人な姿にあんぐりと口が開いた青年。

 遠ざかっていく小さな背中と声。そこから少しだけ聞こえたのは。


「バイスさんとの約束があったでしょ!」


 というエティカへ事情を説明している声であった。



 急に一人になってしまい、取り残された青年は虚しく、寂しく広場の人混みの流れに身を任せる。

 エティカと美味しいものを食べて、楽しんで、労をねぎらうつもりだったが、それが泡と消えた。

 そんな姿は傍から見ても落ち込んでいるのは分かるほどで、村民も気遣って声を掛け辛い。


 その気遣いも余計、傷口に塩を塗る。

 青年が流れの中で辿り着いた一角。

 その一角を仕切っていた金髪の美少女、もとい美少年は心配そうに声を掛ける。


「エヴァン……? どうしたの?」


「ロゼ〜……」


 ローゼルに気づいたエヴァンは、目の前のテーブルへ突っ伏す。

 今にも泣き出しそうな、ただならぬ青年の姿へ呆れたように言葉を吐き出すローゼル。


「なんだいその顔は、みっともないよ」


「それがよ〜……。聞いてくれよ」


「あぁ、はいはい。そんな泣きつかなくても聞くから、ひとまずこっちにおいで」


 ぐずる子どもの相手をするように、雑木林の近くに設置されたテーブル席へエヴァンを案内する。

 何名かの果樹園の従業員とすれ違いながらも、青年はとぼとぼと向かう。


 広場の一角を貰ったイースト果樹園は、雑木林に近いところで果実酒の販売をしていた。

 たまたま、運良くエヴァンはそこに辿り着いた。


 今のエヴァンの悩みを聞いてくれそうな、ちょうどいい相手に出会えたのだ。


 示されたテーブルへ座るローゼルとエヴァン。

 対面に座った金髪の美少年は、なにか言う前に溜息をこぼす。


「で、どうしたの?」


「あぁ……それより店の方はいいのかよ」


 ふと、気になった出店の方を眺める。従業員は忙しなく動き回っていた。


「大丈夫だよ。最初は忙しいけど、みんなの酒が回り始めたらすぐに落ち着くから」


「そういうものか」


「うん。それに僕の休憩時間はまだだったからね。ある意味ちょうど良かったよ」


 そうは言うものの忙しなく働いている従業員の姿を見ると、申し訳なさが湧き上がる。

 エヴァンが来なければ、もっと客の回転率が上がっていたのではないかと。

 それを口にするかどうか思案しているのが、分かりやすい青年へローゼルは当たり前のように答える。


「別に僕が抜けても問題なく回るから、気にしないでいいからね。それで、何があったの」


 やはり管理者というだけあって、状況に対応できる柔軟性があるようだ。

 ならば、甘えてしまってもいいか。

 そう思ったエヴァンは、エティカが連れて行かれた事、その事に感じた思いを吐露(とろ)した。

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