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第103話「青年と葛藤」

 日々が過ぎるスピードは増していく。

 朝から昼まで収穫作業に追われ、昼から夕方まで設営準備。夕食を食べ終わると疲れが湧いてきて、ベッドへ倒れる。

 白銀の少女も同様に疲れきっていた。

 今までのゆったりとした速度での日常は、働き者になり祭り当日まで進む。


 実家だからゆっくりできると思っていた、お気楽な脳みそを呪うエヴァン。

 それでも当日になれば、後は解放されるだけ。

 そんな日がきたのだ。


 まだ日も昇りきらない早朝。

 空には漆黒のカーテンがたなびく。点在した星の輝きの模様。

 早くに目が覚めてしまった青年は、ベッドの上で思案していた。


 この数日で見慣れた天井を眺める。

 暗く、寝起きの瞳では光を捉えきれずぼやけて見える。


 ふと、隣で寝ている少女へ視線を移す。

 この暑い中でも青年へ抱きついた白銀の髪は、ゆっくりと呼吸に合わせて静かに揺れる。

 このふわふわの輝きは、なによりも眩むような鮮やかさであった。


 そして、寝ているエティカは天使であった。

 薄く開いた口。唇はほどよい弾力がありそうでぷっくりとしていて、桃の柔らかい色に染まっていた。


 やはり、この子は美人なのだ。美人でなくとも美少女ではある。


 それを確認してしまうと、心臓がバクバクと鼓動を強める。

 今、その美少女と添い寝をしている事実。

 腕に絡んだ体は女性的な柔らかさがあって、当たる場所によっては一番柔らかい。

 ふにっと触れてしまうと余計に意識しそうで、エヴァンは離れようとする。


 それを寝ていながらも察知した銀朱(ぎんしゅ)の少女は、「う〜ん……」と逃れそうになった青年の体を強く引き寄せる。


 ぷにっ。


 余計に押し付けられた部分がそんな擬音を出しそうであった。

 そして、それからなんとか逃げようとした青年の腕はがっちりとロックされている。

 諦めるしかない状況に陥った。


 ここで、素直に感触を楽しむほど青年は女慣れしていない。

 なにより今までは平気だった。

 腕に押し付けられようとも「寝相が悪いだけ」と片付けれていた。


 しかし、状況は変化している。

 先日の、父親に潰されていた青年の目の前で、少女は受け取り方によっては告白と言っても仕方ないことを言ったのだ。

 夕焼けに染まった少女は、青年へ「好きだ」と言った。

 そこからエヴァンの気持ちはブレ始めた。


 彼女の仕草一つとっても、視線が向いてしまうようになった。

 髪をかきあげる。スプーンに掬ったスープを飲む時の唇。こちらを覗き込む紅色の瞳。端正な顔立ち。可憐な笑顔。きめ細やかな美白な肌。歩いている時に手の甲が触れ合っただけで、ドキッとする。手を繋いだ時、指を絡めようとする細長い指。青年と話す時だけ幼い声に色気が混じる。

 なぜか意識するようになってしまった。


 そして、今この瞬間も理性との死闘を繰り広げていたエヴァン。

 それは白銀の少女の覚醒まで続いた。


 イースト村納涼祭。本番は夕方のはずが、青年はすでに満身創痍であった。



 太陽が昇りきった午前の時間。

 朝食も済んだエヴァンは、白銀の少女と別行動で収穫作業を手伝っていた。

 こう数日も手伝うと手先も慣れ始め、葡萄の収穫も様になっている。

 パチンと切り落とした房を丁寧に編まれた(かご)へおさめる。

 そんな中、ともに作業をしているローゼルが横にスっとやってくる。


「それにしても、大変だったね」


「あ? 何がだ?」


「ほらチカラ仕事ばっかりじゃなかった? 僕は別のことをしてたから手伝えなかったけど」


「あー……」


 剪定(せんてい)バサミで切り落とされた紫の房を手に、思い返す。

 そして、返ってくる思い出は悲惨で青年の顔色が悪くなる。


「どういう言い方でいいのか分からないが」


「うん」


「地獄だな」


「だろうね……」


 パチン、パチンとローゼルも果実を摘んでいく。

 茎からはほのかな葡萄の甘い香りが漂う。


「まあ、そのおかげで僕の仕事が減って楽になってるし」


「おい」


 ははは、と無邪気に笑うローゼル。

 やはり顔だけ見ても美少女と言われても仕方ない美形。

 そんな彼が男であるのは、ある種の神の戯れかもしれない。

 青年の現実逃避の思考は、身勝手に進む。


「その代わりと言ってはなんだけど、今年はいい出来のができたよ。ぜひ味わってくれよ」


「ん? いい出来?」


 ()頓狂(とんきょう)な返事をしたエヴァンへローゼルは自信満々に説明する。

 切り取った葡萄を見せびらかしながら。


「果実酒を造ってみたんだ。今日の祭りで試飲会もしてるから、呑んだ感想をお願いしたいんだ」


「へ〜、果実酒ね」


 酒と聞いて真っ先に目の色を変えそうな紫紺の瞳を思い出す。

 ローナへのお土産にちょうどいいかもしれない。


「そう、ようやく生産体制ができてね。まだ量産はできないんだけどね」


「よかったら数本買わせてくれないか? 連れが大好きなんだ」


「あ、そうなんだ。じゃあ、今日沢山持っていくよ」


「ありがとう」


 いい土産ができたと少し気分の上がったエヴァン。

 今朝までの悩みを抱えた姿ではなく、自然体になっていた。

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