番外編 天地改造
序
「ヤヲヒコ起きて。」
「ううん。」
雲母がヤヲヒコの体を揺さぶっている。
「ヤヲヒコ。」
「ああ。すまない。」
アマデウスの一件の後、雲母は高天が原を治める女王になり、ヤヲヒコは雲母の夫になって、数年が経っていた。
「眠っていたのか。」
「うん。夢を見ていたの?」
「ああ。」
「どんな夢?」
「長い夢だった。悲しい夢だ。少女と少年の。高天が原も出てきた。何もかも無くなってしまう夢だ。」
ヤヲヒコの手にはいつか雲母からもらった光輝く石があった。
「そういえば、雲母。これはなんなのだ?」
「それはね。王家に伝わる宝物。『運命を見通す勾玉』。」
「運命を見通す?」
「未来を見ることができるらしいのよ。」
「では、俺が見たあの夢が、我らの未来だというのか…。」
「そうなのかもね…。」
「悲し過ぎる…。」
「王家に伝わる宝物はまだあるのよ。」
雲母はヤヲヒコを宝物殿に連れて行った。宝物殿には剣と鏡が置いてあった。
「この剣は『運命を切り開く剣』って言われてる。」
「運命を切り開く。」
「こっちの鏡は『運命に導く』って言われてるのよ。」
「運命に導くか。雲母。しばらく見させてもらっていいか。」
雲母は去り、宝物殿にはヤヲヒコだけが残った。扉を閉めると中は暗い。
「『運命を見る』勾玉に、『運命に導く』鏡。そして『運命を切り開く』剣か。」
剣を握りしめながら座っていると、やがて、ヤヲヒコは深い眠りに落ちていった。
「(運命…。)」
コクリコクリとうたた寝をするヤヲヒコの前では、鏡が光輝き、やがてヤヲヒコの体を呑み込んでいった。
分岐点1
セレスト=ナギウム王国
「ここはどこだ?」
目が覚めるとヤヲヒコは見知らぬ所にいた。石敷きの道に石造りの建物。行き交う人々はチュニックやワンピースを着ている。
「(どこかで見覚えがあるが?)」
ヤヲヒコの前を二人の子どもが走って行った。
「(あの者たちは…。確か。)」
それは夢の中で見た少女と少年である。
「こっちよ。イスパ。」
「待って。ミリア。」
そう。ここはセレスト=ナギウム王国であった。
「(またしても、夢か?)」
頬をつねってみたが痛い。ヤヲヒコの手には『運命を切り開く剣』が握られていた。
「わしに、己が力で運命を切り開けというのか。」
「あの…。よかったらこれを…。」
一人の婦人がヤヲヒコに声を掛けた。手には衣服が乗せられている。ヤヲヒコの体は、布を一枚巻いてあるだけであった。
謀叛阻止
「これでよかろう。」
ヤヲヒコは衣服を着替えた。ズボンにチュニック姿である。
「さて、何をすればよいか…。」
夢で見た物語によれば、このあとこの国で謀叛が起こったはずである。
「それを止めるか。」
ヤヲヒコは運命を切り開く剣を手に、向こう側に見える王宮へ歩いていった。
「血迷ったか!ツバルス!」
「もはや、防衛に徹しているだけでは、戦争は終わりません。」
セレスト=ナギウム王国軍兵士隊長ツバルスの部下たちがセレスト=ナギウム14世を捕縛している。ツバルスの横にはセレスト=ナギウム王国軍参謀ツゥルスの姿がある。
「ツゥルス。貴様の差し金か!」
「国王よ。12世から続く統治方法ではもはや王国は成り立ちません。ならば、クーデターを起こし、政変を促すしかありません。」
「何を言うか!国民が許すと思うか。」
「国民に軍を許す力はありません。軍に優先的に力を与えたのはあなたの祖父であるセレスト=ナギウム12世ですよ。」
「ふざけるな!」
「あなたには退位してもらい、次の元首はツバルス兵士隊長に就いてもらいます。」
「もはやセレスト=ナギウム王国は滅びるか…。」
セレスト=ナギウム14世はすべてをあきらめた。
「連れて行け。」
ツバルスが兵士たちにそう言った直後、異変が起こった。
「何者だ!?」
そこには、倒れる二人の兵士の姿とともに男の姿があった。
「あきらめるな。王よ。」
見知らぬ男はチュニック姿であるが、長髪を束ねた不思議な髪型をしている。どちらにしても侵入者に違いない。
「捕らえよ!」
ツバルスの周りにいた兵士たちが、槍や剣を手に男に向かっていく。
「ふん!」
男は先頭の兵士が突き出した槍の柄をつかむと、そのまま兵士を持ち上げて、投げ飛ばした。
「うわあ!」
向かってきた兵士の一団は崩れた。その隙に男は正面へ走っていく。
「させるか!」
ツバルスが長剣を横に薙ぎはらう。
「とう!」
瞬間、男は飛び上がり、一気に王のもとに着地すると、即座に二人の兵士を打ち据えた。ヤヲヒコは王を背にした。それまで手を出せなかった王直属の近衛兵が国王を守った。
「残るはおぬしら二人だ。」
というが早いか。ツバルスが長剣クレスト・ノメスを持って切り刻む。ヤヲヒコはそれを宝剣で躱していく。ツバルスが屈むと同時に、ツゥルスが仕掛けた。
「ブルー・ウイング!」
疾風のかまいたちがヤヲヒコを襲う。
「ふん!」
ヤヲヒコは瞬時に体を折って、それを躱した。後ろの石柱が破壊された。
「あれを躱すか!」
すかさずツバルスがクレスト・ノメスで切り刻んでいく。剣を受けるヤヲヒコ。
「待て。」
ヤヲヒコがツバルスを制止した。ツバルスの剣が止まる。
「ガアアアア!!!」
とてつもなく大きな叫声が響いた。
「ぐわあ。」
ツバルスが怯んだ隙にヤヲヒコがクレスト・ノメスを弾いた。と同時にツゥルスのところまで飛んで行き、そのままツゥルスを打ち据えた。ツゥルスは気絶した。
「近衛兵!」
その瞬間、国王セレスト=ナギウム14世の指示で近衛兵たちがツバルスとツゥルスを捕捉した。
「わしの得意の『猛虎の雄叫び』よ。」
ヤヲヒコのもとにセレスト=ナギウム14世が向かう。
「見知らぬお方よ。お助け下さり、ありがとうございます。」
「礼には及ばぬ。」
「名をお聞かせ下され。」
「ヤヲギニスセビホホヒコが子で雲母の妻ヤヲヒコ。」
「…ヤオヒコ殿でよろしいかな。」
「好きに呼べばよろしい。ところで王よ。近々、この国に軍兵が押し寄せてくるぞ。」
「地上軍がですか!?」
「詳しいことは分からぬが、とりあえず、この国は戦場になる。」
「ヤヲヒコ殿。其方さえ、よければ、ツバルスに変わり兵士隊長になってもらいたいが。」
「いや。わしには使命がある故、とどまることはできぬが、王よ。この国が戦場となったとき、王としておぬしがやることは分かっておるな。」
「この国を民を守ることでございますな。」
「さよう。それならば安心じゃ。」
ヤヲヒコと名乗る者は、そう言うと疾風のような早さで駆けていった。
親子救出
ツバルスとツゥルスによるクーデターは防がれた。
セレスト=ナギウム王国は14世国王のもと。サリバン奇襲作戦の日を迎えた。防衛線まで侵攻してきたカルドレスト帝国飛行艇部隊とセレスト=ナギウム王国軍が交戦している。帝国軍の攻撃は熾烈を極めた。その間を突いて、カルドレスト帝国精鋭部隊がセレスト=ナギウム王国に侵入し、防衛隊との間に戦闘が起こった。街は戦場と化した。
「ミリア!」
「イスパ!」
ミリア、ナギスト、クラリスの姿があった。皆、泥や血にまみれている。
「どうなってるの?何が起きたの!」
ミリアは混乱しているようだった。
「君がミリアの友達のイスパか…。」
ナギストが言った。イスパはカルドレスト帝国軍の軍服を着ていた。ナギストとクラリスはすべてを悟った。そして、その中でミリアを助けようと炎と煙の中を駆けてきた少年イスパのことも。
「僕の本当の名前はカルドレスト帝国軍諜報部通信科一兵スバルと言います。」
スバルは頭を下げた。
「ミリアの父のナギストと母のクラリスだ。」
クラリスはスバルを見てにこっと微笑んだ。そして、膝をつき、ミリアをぎゅっと抱きしめた。
「天上人がいたぞ!」
カルドレスト帝国軍の兵士が気づいたようだった。
「娘を、ミリアをよろしく頼むよ。」
「ミリア。幸せにね。ミリアの母親で幸せだったわ。」
「父さんもだ。ミリア。さあ行くんだ!」
スバルは泣き叫ぶミリアを連れて逃げた。遠くからは銃声がした。しかし、その弾丸は突然現れた男の持った剣に弾かれた。
「あきらめるのは早いぞ。父母よ。」
「あなたは…?」
「そなたらは物陰に隠れておれ。」
ヤヲヒコは運命を切り開くと言われた宝剣を構えた。
ナギストとクラリスは建物の陰に隠れた。
「抵抗するか!」
カルドレスト帝国軍兵士がヤヲヒコを銃撃する。瞬間、ヤヲヒコは飛んだ。建物の屋根に乗った。
「魔法か!」
ヤヲヒコの身体能力だった。兵士は屋根を銃撃する。が、弾丸は屋根に弾かれてヤヲヒコには当たらない。ヤヲヒコの姿が消えた。
「どこだ!?」
天高くから飛んできた。ヤヲヒコにヘルメットの上から打ち据えられて、兵士は気絶した。
「不思議な得物だな。」
ヤヲヒコは倒れた兵士が持っていたライフル銃を見ていた。
「大丈夫ですか!?」
ナギストとクラリスが建物の陰から出てきた。
「ありがとうございます。」
男は不思議な髪型をしている。
「礼には及ばぬ。それより早く、子どもたちのところへ行ってやりなさい。」
「しかし、どこへ行ったのか…。」
クラリスが困ったように行った。
「そうか。では、わしが案内しよう。」
そう言うと、男は二人の先に立って歩いていった。
「お父さん!お母さん!」
「ミリア。」
森の中にイスパとミリアがいた。ミリアとクラリスは抱き合っている。イスパは懸命にミリアをなだめようとしていたようだった。近くには小型飛行機がある。
「この方が助けて下さったのよ。」
「ありがとう。おじさん。」
ミリアはヤヲヒコにお礼を言った。目には涙が溢れている。
「早くここから離れた方が良い。」
「でも、乗り物が…。」
あるのは一人乗りの小型飛行機だけだった。四人を乗せるのは無理だった。
「そうか…。ところで、おぬし変わったものを持っていたな。こうトントンと打つ…。」
「通信機のことですか?」
スバルは鞄から通信機を出した。通信機はここに捨ててミリアと飛び立つつもりだった。
「それで、仲間を呼ぶことはできないのか?」
スバルは通信を試みた。しばらくして、一機の小型飛行艇がやってきた。兵士が四人降りてきた。
「通信科一兵のスバルです。」
「天上人の王族を捕虜にしたというがその男か?」
ナギストとクラリス、ミリアは木陰に隠れている。
「はい。地上軍に降伏したいと言っています。」
通信を送ってきたスバルという少年兵の横には不思議な髪型をした男が座っている。見たところ、体には一枚の布を纏っているだけである。動きにくいということでヤヲヒコは着替えていた。
「名は?」
兵士が尋ねた。
「ヤヲギニスセビホホヒコが子、雲母の妻ヤヲヒコ。」
「なぬにっ?…」
その瞬間、兵士は倒れた。
「騙したな!」
他の兵士が銃を構えた瞬間、二人が倒された。残る一人の喉元には剣が突きつけられている。スバルが銃を取り上げるとヤヲヒコは兵士を打ち据えて気絶させた。
「少年よ。これなら皆、乗れるのか?」
「はい。小型飛行艇なので、8人乗りです。」
木陰から三人が出てきた。
「おじさん。すごい。」
ミリアが、ヤヲヒコに飛び突いた。クラリスはヤヲヒコの姿を直視できないでいた。
「ヤオヒコさん。ありがとうございます。」
ナギストがいった。
「さあ。行きましょう。」
スバルが操縦席に座った。ナギストとクラリス、ミリアが乗り込んだ。
「ヤオヒコおじさんは?」
「わしは行かねばならぬところがあってな。」
「また、会える?」
「うむ。会えるぞ。」
小型飛行艇は飛び立っていった。
「さて、国王の加勢といくか。」
ヤヲヒコは運命を切り開く剣とともに戦場に消えた。
分岐点2
カルドレスト国
1303年。サリバン奇襲作戦は失敗した。地上軍が思っていたよりも天上国の防備は堅かった。地上軍の多くは天上国の都市を陥落させることができなかった。それには、天上国間におけるセレスト=ナギウム14世の事前の情報提供があったからだと言われた。サリバン奇襲作戦から20年後、天上国と地上国の間に講和が成った。『天地講和』である。その後、地上では、長きに渡る地上国間の内乱と戦争があり、ジルホニア王国の民主制への移行。マルストテリア共和国連邦の解体。カルドレスト帝国も崩壊した。『天地講和』から200年後の1503年。世界は天上国と地上国の連合政府である『天地連合政府』による統治と監督が行われていた。しかし、カルドレスト国内には、カルドレスト帝国の復活を目論む地下組織がいた。
「ここはどこだ?」
セレスト=ナギウム王国の街で、カルドレスト帝国軍兵士をおおかた駆逐したと思ったとき、ヤヲヒコは新たなる場所へ移っていた。
「夢で見たところだ。」
カルドレスト国の首都クッテンハイムであった。
「おじさん。これちょうだい。」
「200セイルな。」
木枯らしの吹く中、ラジコンカーの部品が入った紙袋を大事に抱えてスバルは街路を歩いていた。突然、後ろから走って来た男がスバルから紙袋を盗って行った。
「あっ、こら!なにするんだ!」
スバルは男を追いかけて走る。男は狭い路地に入って行った。
「(あの少年は…!)」
そのとき、ヤヲヒコは警察官から職務質問を受けていた。手には剣を持ち、寒中、服は布一枚であった。
「あなた、名前は?」
「ヤヲギニスセビホホヒコが子で雲母の妻ヤヲヒコ。」
と言い終わるか否や、ヤヲヒコは走り出していた。
「えっ?あっ、待ちなさい!」
路地には、人はいなかった。ヤヲヒコの目に入ってきたのは自動車に乗せられたスバルの姿だった。
「あれか…!」
ヤヲヒコは自動車を追った。警察官は既に点となって遠くに消えた。
「ここか。」
自動車を追ってきたヤヲヒコの着いた場所。それは元カルドレスト帝国の首都コッペンであった。今、ここは、カルドレスト帝国の天地連合政府への反乱と、そのときの爆発事故により、廃墟と化している。
「この建物のどこかか。」
ヤヲヒコは一軒一軒廃墟と化した建物を見て回った。
その頃、天地連合政府では、急変が起こっていた。『世界統一連合』という組織が新型爆弾を開発して、天地連合政府に宣戦布告をしたのである。
「やはり、スバルを攫ったのは、カルドレスト帝国の残党だったか。」
ジルホニア国代表のソガ=タイシとマルストテリア共和国代表シモン=ハンが対策を練っていた。
「『世界統一連合』の首魁はカルドレスト帝国グラバー提督の子孫のアスト=グラバーだ。」
「『レクリエイターの刻印』の守護者で、スバルの妹のミリアの身柄はどうなんだ。ソガ。」
「大丈夫だ。彼女は、吉良坂さんと高天が原国にいる。」
「『世界統一連合』からの通信です。暗号通信により、場所は把握できません。」
オペレーターが通信を繋ぐ。
「やつらは相当な技術を持っているな。ソガ。」
「やつらには、マルストテリア共和国連邦の亡命者の子孫、セキア=ギリアムがいる。あと謎の天上国人がついているらしい。」
「謎の天上国人?」
シモンがソガを見つめる。そのとき、誰かが入ってきた。
「その天上人は、セレスト=ナギウム王国元参謀ツゥルスの子孫のオドラル=ツゥルスだ。」
「あなたは、セレスト=ナギウム20世。」
ソガが挨拶をした。
「オドラルは、天上国による世界統一を目論み、その過程でカルドレスト帝国残党と組んだようだ。」
「参謀ツゥルスとは何者なのですか?」
シモンが尋ねた。
「参謀ツゥルスは、『天地戦争』時代に王国に反乱を企てたが、英雄ヤオヒコにより、阻止された。」
「英雄ヤオヒコ?」
ソガが王に尋ねようとしたとき、映像が切り替わった。
「天地連合政府の者たちよ。」
「オドラル!」
オドラル=ツゥルスであった。
「私は今ここに、新生ツゥルス王国の誕生を宣言する。」
元首都コッペンでは、ヤヲヒコが世界統一連合のアジトと思われる場所を発見した。
「ここか。」
それは地下に通じる通路だった。
「誰だ。」
「私だ。セキア。」
「アストか。」
アスト=グラバーとセキア=ギリアムである。
「天地連合政府との通信はどうだ?」
「今、オドラルが割り込んできた。」
「やつめ。『レクリエイターの刻印』の守護者は兄の方だと騙しおって!」
「やつは今、高天が原国へ向かっている。」
「なに!?」
「そこに『レクリエイターの守護者』がいるらしい。」
「オドラルめ!」
そのとき、大きな物音がした。
「なんだ、お前は?」
裸同然の男が立っていた。
「少年はどこにいる。」
「天地連合政府の者か!」
アストが小型ライフルを連発する。すかさず、ヤヲヒコはそれを避けた。
「見張りは何をしていた!」
アストはライフルを連発していく。見張りは既にヤヲヒコによって倒されていた。
「アスト!止めろ!機械が壊れる!」
セキアがそう叫んだとき、アストの射撃が止まった。その瞬間、物陰に隠れていたヤヲヒコが暗闇とともに現れた。
「くそっ…。我が野望が…。」
アストは一撃のもと倒された。
「少年はどこだ。」
喉元に剣を突きつけられたセキアが、スバルのところへ案内した。アストの射撃により、その映像は天地連合政府のモニターに映し出されていた。彼らには暗闇の中で、動く影しか見えていなかった。そして、影はセキアを連れて奥へと消えた。
「ソガ。ニンジャだ!?アニメで見たよ。」
「そんなわけがあるか!?」
『ニンジャ』とはかつてジルホニア王国に存在したスパイのことである。
「あれは…。まさか英雄ヤオヒコ。」
セレスト=ナギウム20世が呟いた。
セキアが地下牢の鍵を開けると、そのままヤヲヒコに気絶させられた。スバルが出て来た。
「無事か。少年。」
暗闇の中でうっすらと見えた姿。体に布を巻き、片手に剣を持った不思議な髪型の男。それは、代々、スバルとミリアの家に言い伝えられてきた『ヤオヒコ』の姿だった。天地戦争時代、彼はスバルとミリアの先祖を助けたという。
「おじさんは。ヤオヒコ?」
「知っているのか。」
スバルの目に映る男の顔はやさしく笑っていた。
「ソガ代表!大変です。」
「どうした!」
天地連合政府の職員がやって来た。
「オギスト=ツゥルスの飛行艇が高天が原国に…。」
「何だって!?」
オギスト=ツゥルス率いる飛行艇部隊は、『アクセスソーリズ』と地上の技術の融合である隠密魔法により、誰にも知られず高天が原国へ上陸していた。
「高天が原国の諸君。」
「オドラル=ツゥルス…。」
「あのときの使い魔か。レクリエーターもいるな。」
「どうやってここに来れたのだ。」
「地上人の知識と技術も少しは役に立つようだ。それにより、私の『アクセスソーリズ』も進歩したよ。」
ツゥルスが手をかざすと突風に吉良坂は吹き飛ばされた。以前の何倍もの威力だった。
「キラサカさん!」
ミリアが吉良坂に寄っていった。
その光景は、オドラルによって全世界へ放送されていた。それを、地下のヤヲヒコとスバルも見ていた。
「ミリアが危ない!行かないと。」
スバルは駆けて行こうとした。がヤヲヒコが止めた。
「どうして止めるのおじさん!」
「少年よ。しばし、待て。そうすれば、向こうからおぬしを連れに来る。」
「えっ?」
「その前にあれを忘れないようにな…。」
ヤヲヒコはやさしくスバルの体を支えていた。
「お前の目的はなんだ。ツゥルスと呼ばれる天上人よ。」
世都国皇である。
「これはジルホニアの犬である国王陛下か。」
その瞬間、兵士の一人が雷撃とともに打ちかかったが、ツゥルスのかまいたちにやられた。世都は兵士たちを思いとどまらせた。
「私の目的はそのレクリエーターの娘だ。」
「『禁術』とやらが目的か。」
「そうだ私は世界を書き換える『禁術』を我が掌中に納めて、新生ツゥルス王国により、全世界を統一させるのだ。」
「世迷い言を。」
「何が世迷い言だ。」
突風が吹き荒れる。威力を調整したらしく、世都は飛ばされなかったが、後ろにいた大臣が吹き飛んだ。
「貴様が統一させようとしなくても、その世界は既にある。」
「天地連合政府のことか?」
「天上人の子孫は世界に数多くいる。彼らは地上の民と交わっている。やがて天と地はひとつになるのだ。」
「それでは困るのだよ。」
突風が兵士もろとも世都を吹き飛ばした。
「新生ツゥルス王国による世界の統一に地上人はいらぬ。」
ツゥルスはミリアに近づいて行った。
「来ないで。」
ミリアは吉良坂が佩いていた太刀を取った。
「ふん。」
ツゥルスは手をかざした。
「来るぞ。少年。」
空間が割れた。スバルとヤヲヒコは吸い込まれていった。
「おとなしくしろ。」
コッペンの警官隊と機動部隊であった。コッペンまでの道中、裸で道路を走る男の通報があり、男がこの地下通路に入っていくのを目撃し、突入したのである。しかし、そこには男はおらず、いたのは倒されている怪しい者たちだった。
「隊長。もしかして、これって、テレビで放送されていた『世界統一連合』のアジトと一味じゃないですか?」
高天が原国では、空間が割れて人が出て来た。スバルだった。あとヤヲヒコも出て来た。
「何だ!?お前は…。」
突然出て来た想定外の男にオドラルは驚いた。
「ミリア!」
「スバル!」
「ミリア。ヤオヒコだよ。伝説のヤオヒコが来てくれたんだ。」
スバルとミリアの再会である。
「ヤオヒコだと…!」
ツゥルスは、その名に聞き覚えがあった。ツゥルス家に伝わる言い伝え、ツゥルス家が没落していくきっかけとなった男ヤオヒコと。
「あれは…。矢男比子尊?」
目の前に現れた男は皇家の伝承に聞く矢男比子尊なのか。高天が原国国皇世都は思った。その手には、高天が原国に伝わる三種の神器のひとつ『天叢雲剣』が握られている。
「邪魔する者は、誰だろうとかまわぬ!」
ツゥルスの『アクセスソーリズ』が発動する。地上の技術と融合したそれは、セレスト==ナギウム王国で見たツゥルス参謀のそれとは格段に破壊力が違う。ヤヲヒコはミリアやスバルたちを巻き込むまいとして、すかさず横に移動した。
「200年間に渡るツゥルス家の恨み晴らしてくれるわ。」
「ふむ。」
おそらくこれが最後の戦いになるだろうとヤヲヒコは思った。
「はあ!」
ツゥルスの疾風のかまいたちを横に飛んで逃げるヤヲヒコ。
「はあ!」
ヤヲヒコは横に飛ぶ。
「(こやつの弱点は…確か。)」
ヤヲヒコは夢で見たことを思い出していた。その間も右に左に逃げていく。
「ちょこまかと!」
ツゥルスが左手を上げた。一陣の青い風がヤヲヒコに向かった。
「ガアアア!!!」
ヤヲヒコが猛虎の雄叫びをあげると青い風はかき消された。
「締め上げられると分かっていたか。」
「夢でも見たし、同じようなものはビシスにやられたからな。」
「なんのことだ?」
「おぬしの先祖を倒したのはこのわしよ。つぅるすとやら。わしは時と所を超えてやってきたのだ」
「何を言っている?」
「わしは、ヤヲギニスセビホホヒコが子で雲母の妻ヤヲヒコ。わしはおぬしの未来を知っている。おぬしはもうじき死ぬ。」
「なに?」
「後ろを見てみろ。」
ヤヲヒコがそう言うと、ツゥルスは恐る恐る後ろを見た。それはヤヲヒコの『はったり』だった。瞬間、ヤヲヒコは距離を詰めて、ツゥルスに剣を突き立てた。
「おぬしの弱点は『はったり』に弱いことだ。」
「うぬ…。」
ツゥルスはヤヲヒコの剣を両手に集中した『アクセスソーリズ』で止めていた。
「それ、後ろを見てみろ。」
「その手には乗るか…。」
後ろには、天地連合政府の飛行艇部隊がツゥルスの飛行艇部隊を拿捕していた。
「オギスト=ツゥルス。観念しろ!」
ソガが声をあげた。その瞬間、ツゥルスは後ろを振り返った。ツゥルスのアクセスソーリズは解けた。
「ほら。見てみろ。」
ヤヲヒコは剣を翻してツゥルスを打ち据えた。オギスト=ツゥルスはそのまま気絶した。
ヤヲヒコの戦いは終わった。
「ヤヲヒコ。」
スバルとミリアが寄ってきた。
「ヤヲヒコおじさん。ありがとう。」
「礼には及ばぬ。二人とも、あのすばるとみりあにそっくりだな。」
ヤヲヒコのその言葉に二人はきょとんとしていた。
「そうだ。すばるよ。あれは持っているな。」
「うん。ミリアこれ。」
スバルはミリアにひとつの紙袋を渡した。
「誕生日プレゼント。」
スバルは恥ずかしそうに言った。中身はラジコンカーであった。
「スバル。変なの。ミリアもスバルも誕生日は同じなのに。」
ミリアの目には涙がこぼれている。
「ああ。だから、それ俺にもやらしてくれよな。」
「うん。ありがとう。スバル。大好きだよ。」
「俺もだ。ミリア。」
その傍でヤヲヒコはやさしい笑顔で見守っていた。
「やっと渡せたなすばるよ。」
「矢男比子尊。」
世都である。隣には吉良坂宿禰がいた。
「私は高天が原国皇世都と申します。尊と雲母姫君から数えて102代目の子に御座います。」
「そうか。貴様が今の王か。」
「はい。この度は高天が原国をいや、世界をお救い下さり。ありがとう御座います。」
「礼には及ばぬ。これというのも、おぬしら高天が原の宝物のおかげよ。」
ヤヲヒコは持っていた剣を見せた。
「わしはな、勾玉の力で未来を見、鏡の力でここにやってきて、剣の力で運命を切り開いた。」
そう言うと、ヤヲヒコの体の周りが明るくなってきた。それは、ヤヲヒコが『運命に導く鏡』に吸い込まれたときのようであった。
「そろそろ戻らねばならないようだな。せととやら。あとはな、おぬしらの力で運命に打ち克ってみせるのだぞ。」
「心得ました。」
やがて、ヤヲヒコの体は明かりに包まれて消えていった。
終
「ヤヲヒコ起きて。」
「ここはどこだ?」
ヤヲヒコが目を覚ますと宝物殿の中であった。目の前には剣と鏡と勾玉が置かれている。
「何を寝ぼけているのです。そろそろ王としてやることがありますよ。」
「夢を見ていたのか?」
「また悲しい夢ですか?」
「いや。今度はみな、笑顔でいた。」
「それはよろしかったですね。」
雲母はにこっと笑った。その中に、せとと呼ばれるあの国王の顔が映った。
「雲母とわしの子に会ったぞ。」
「まあ。」
「雲母に似ていた。」
「それはそれは。」
雲母は自分のお腹に手を当てた。そこには新しい命が宿っていた。
天地物語 番外編 完