第三部 天地創造
序
「こうして、自ら神を名乗り、傲慢と不遜により地上を支配しようとした天上人は、今から200年前の1303年のサラバン奇襲作戦により、その地盤となる天上国の多くを失い、その後、1323年に、地上連合国軍に対して降伏することにより、120年に渡った『天地戦争』は地上国の勝利で終わりを告げました。」
1503年。学校の一室で歴史の授業が行われている。ここは、カルドレスト国の首都クッテンハイムの聖マザー=ヘルマ初等科学校である。
「ねえ。スバル、マザーの話聞いてないと怒られるよ。」
「歴史の授業なんていいんだよ。」
スバルと呼ばれたその子は初等科の生徒である。15歳。今は自動車のラジコンの改造に精一杯である。
「ねえ。スバル。ねえ。」
「うるさいな。ミリア。」
そのとき、ラジコンカーを隠していた教科書が宙に浮いた。マザー=セルナだった。
「スバル。私の話を聞いていましたか。」
マザー=セルナはたいそうご立腹の顔である。
「はい。マザー、質問です。」
「なんですか?スバル。急に。」
「『天地戦争』がやっと終わったのに、人々はまた地上の国同士で戦争を始めたんですよね。」
「ええ。」
「どうして人間はそんなに戦争ばかりするんですか。」
「それは…。」
「いつになったら戦争がなくなるのですか?」
終業のチャイムがなった。
「はい。今日はここまでです。スバル。この自動車は預かります。」
マザー=セルナはラジコンカーを持って行ってしまった。
スバルとミリア
スバルとミリアは男女双子の兄妹である。二人とも聖マザー=ヘルマ初等科学校に通っている。
「ねえ。スバル、なんであんなこと言ったの?」
「本当のことだよ。」
この聖マザー=ヘルマ初等科学校は併設する聖マザー=ヘルマ孤児院に暮らす子どもたちが通っている。聖マザー=ヘルマ孤児院はカルドレスト国の首都クッテンハイムで唯一最大の孤児院である。
「ラジコンカー持ってかれちゃったね。」
「ふん。」
今、スバルは部屋でレポートを書いている。それは先ほどマザー=セルナが教えていた世界史の補修だった。
「レポートを提出したら、自動車のおもちゃを返してあげます。」
それがマザー=セルナの要求だった。
「おもちゃじゃなくて、ラジコンだよ。」
そう言いつつもスバルはレポートを埋めていく。元来、スバルは優秀だった。ただ、自分が興味を持ったもの。それは機械や工学技術のことなのだが。それに関心が移るといつまでも研究熱心だった。
「スバル。できたの?」
「ああ。こんなの楽勝だよ。」
レポートの課題は『天地戦争』後の世界の歴史だった。
「読んでみて。」
「1323年。天上国の降伏により、120年続いた『天地戦争』は終わった。その地上の国の中で、台頭してきたのが、『カルドレスト帝国』、『マルストテリア共和国連邦』、『ジルホニア王国』の三国だった。この中でジルホニア王国は、唯一崩壊を免れた天上国『高天が原』と連合を結んでいた。ジルホニア王国は天上国の味方だった。それに反対したカルドレスト帝国とマルストテリア共和国連邦は、1344年、ジルホニア王国に戦争を仕掛けた。しかし、ジルホニア王国・高天が原天上国連合に苦戦を強いられて、1363年、マルストテリア共和国連邦の中で政変が起こったのを機に三国の講和が図られた。マルストテリア共和国連邦は解体し、残ったマルストテリア共和国は民主制に移行。同じ頃、ジルホニア王国も国王制をやめて、民主制に移行した。これが『第1次世界大戦』である。」
「うんうん。続けて。」
「第1世界大戦後、1396年。マルストテリア共和国は民主制に移行後も、天上人の戦争捕虜と子孫に対する奴隷制を行っていたが、マルストテリア共和国内部で、奴隷制に反対する派と賛成する派の間で内戦が起こった。『マルストテリア内戦』である。同じく、天上人の子孫への奴隷制を施行していたカルドレスト帝国は、マルストテリア内戦に干渉、共和国の奴隷制賛成派を支援した。一方、元来、天上人への奴隷制に反対していたジルホニア国は共和国内の奴隷制反対派を支援。1398年。ここに『第二次世界大戦』が勃発する。1411年。第二次世界大戦は、マルストテリア奴隷解放戦線とジルホルニア国の勝利に終わった。これにはマルストテリア共和国内の天上人奴隷の蜂起と活躍が大きかった。マルストテリア共和国の奴隷制は廃止された。」
「うん。それで。」
「第二次世界大戦後、国々は世界連合政府を樹立。連合政府は天上人の子孫に対する奴隷制の禁止と解放を理念に掲げていた。カルドレスト帝国は世界連合政府への加盟を拒否。天上人の奴隷制を続けて、独自に軍備を拡張していった。1454年。カルドレスト帝国は突如、世界連合政府へ宣戦を布告。帝国による世界統一を宣言した。ここに、『第三次世界大戦』が始まる。突然の急襲と拡張された軍備により、一時期、世界の約半分がカルドレスト帝国の統治下に陥った。しかし、1477年。カルドレスト帝国の首都コッペンにおいて、大規模爆発が起きる。爆発により、カルドレスト帝国の軍事、政治、首都機能は停止、混乱に陥る。その隙を突いて、世界連合政府はカルドレスト帝国への大規模総攻撃を開始した。「セッティンゲネスの快進撃」である。1490年。カルドレスト帝国の首都コッペンは陥落。第三次世界大戦は終結した。翌年の1491年。カルドレスト帝国は世界連合政府の統治下に置かれ、首都をクッテンハイムに移し、カルドレスト国として生まれ変わった。どうだ?」
「おもしろい。」
スバルのレポートにミリアは拍手を送った。
「それにしても、ミリアはよくこんなものがおもしろいな。」
「私、物語大好き。」
「歴史は物語とは違うと思うけど。」
「でもおもしろかったよ。」
「俺、マザー=セルマに提出してくる。」
左腕の刻印
聖マザー=ヘルマ初等科学校は、前身のマザー=ヘルマ孤児院から数えると200年前の天地戦争時代から続く由緒ある学校である。もとは、カルドレスト帝国の首都コッペンにあったが、1477年の爆発事故により、閉鎖を余儀なくされて、第三次世界大戦終結後はカルドレスト国の首都クッテンハイムに移転した。院長は代々マザー=ヘルマを名乗り、今のマザー=ヘルマは12代目であった。
「おはようございます。マザー=ヘルマ。」
「おはようございます。ミリア。」
「お散歩ですか。」
「ええ。天気の良い日はこうしてね。そうだ、ミリア。今月もまた、院長室に寄って下さいね。」
「じゃあ今日、授業が終わったら行くね。」
「待ってますね。ミリア。」
午後の授業が終わり、生徒たちは、それぞれ思い思いの場所へ散っていく。
「スバル。私、院長先生のところへ行ってくるからね。」
「そうか。じゃあ俺は部屋でラジコンカーの改造をしてるからな。」
「こんにちは。マザー=ヘルマ。」
「こんにちは。ミリア。こちらに座って。」
丸い簡素な回転椅子にミリアが腰掛ける。椅子はキイキイと小さな音を立てて回転しながらミリアを左向きにした。院長マザー=ヘルマはミリアの左腕の袖を優しくまくりあげる。ミリアの左腕には六文字の言霊による刻印があった。それはレクリエーターの一族に代々引き継がれていく禁術の印である。
「左腕はなんともありませんか。ミリア。」
「うん。平気だよ。」
一通り刻印を眺めるとマザー=ヘルマはミリアの左袖をゆっくりと伸ばした。
「ねえ。院長先生。この印はなんなの?」
「それは私にも分からないのよ。ただ、代々マザー=ヘルマを受け継ぐのと同じように、ミリアの名前を受け継ぐ者に、この刻印も受け継がれていくのよ。」
「ふうん。」
「それを見守っていくのが、代々のマザー=ヘルマの仕事なのよ。」
「じゃあ、天地戦争のときからそうなの?」
「そうねえ。ミリアは昔話が好きだからね。」
「うん。大好き。」
「昔々、初代マザー=ヘルマは、カルドレスト帝国の昔の首都コッペンで孤児院をしていました。」
「うん。」
「あるとき、天地戦争も終わりを告げた頃。二人の夫婦が孤児院を訪れました。夫の名前はスバル。妻の名前はミリアと言いました。」
「ミリアたちと同じだ。」
「ええ。ミリアとスバルのご先祖様よ。」
「それからどうしたの?」
「もともと孤児院の子だったスバルが戻ったのを、マザー=ヘルマは喜んで迎えました。そして、スバルとミリア夫妻はマザー=ヘルマ孤児院で暮らすことになりました。実はミリアは天上人でした。当時、天上人は地上人の敵でした。だから、スバルはミリアのことを世間からは隠して守りながら暮らしました。スバルとミリアに子どもが生まれると、彼らに自分たちと同じ名を付けました。そして、スバルとミリアはお金を貯めて、自分たちの子どもや他の孤児院の子どもたちが勉強ができるように学校を建てました。それはマザー=ヘルマ初等科学校と呼ばれました。」
「そのあとは?」
「この話はここでおしまいよ。」
「ねえ。マザー=ヘルマ。ミリアのご先祖様のミリアが天上人だったなら、ミリアも天上人なの?」
「そうね。天上人ではないかもしれないけれど、天上人の血は受け継いでいるのよ。その刻印はきっとその証よ。」
「じゃあ他の天上人の子どももミリアと同じような印があるのかな。」
「さあ。どうでしょうね。」
「ありがとう。院長先生。スバルが待ってるから行くね。」
世界統一連合
カルドレスト帝国の元首都であったコッペンは、1477年の大規模爆発及び、その後の世界連合政府軍の侵攻により、大戦終結から13年経った今も、ほぼ廃墟と化しており、復興の兆しは見えない。
「誰だ。」
「私だ。セキア。」
「アストか。」
「研究は順調か。」
「原子92と原子95の濃縮は順調だ。『アクセスソーリズ』の応用によって小型化、量産化も可能だろう。」
「天上人の力ということか。」
「オドラルには感謝せんとな。大戦中も軍は素直に天上人に従って助けを借りておれば、負けることなどなかったものを。」
「それでは本末転倒というものだろう。帝国の理念はあくまで天上人の奴隷制確立と世界統一だったのだからな。」
「しかし、結局、オドラルの助けを借りないと新生帝国樹立は成らないのだろう。」
「ふん。やつらも、大戦中はすべてを明らかにしていたわけではない。やつらの目的はあくまで、天上世界の復活。例の禁術のことも我々が知ったのはごく最近のことだ。」
「そっちの方はどうなんだ。」
「オドラルのやつらと私の配下の者たちがともに探しているが、何分オドラルのやつめ。何を隠しているか分からん。」
「オドラルの目的は天上世界の復活だろう。たとえ天上世界が復活したとしても、新型爆弾さえ実用化すれば、恐れることはない。」
「念のため、その禁術とやらも我が『世界統一連合』の掌中に納めねばなるまい。」
「任せたよ。さあ実験の再開だ。」
世界連合政府
世界連合政府は地上世界16カ国から成る。毎月、各国代表が集まり、地上世界の今後の方針と運営を決めていく。傍観参加国として唯一の天上国『高天が原国』も参加している。現在の課題は、カルドレスト国の統治運営であった。カルドレスト国は現在、世界連合政府の統治下にある。
「そろそろカルドレスト国に暫定政府を樹立しても良い頃だと思うが。」
「まだ、帝国の残党の動きが明らかでない。」
「なかなか尻尾を出さないようだ。」
運営委員会の後、各国の代表たちが話をしている。
「ソガ。」
「シモンさん。」
マルストテリア共和国代表。シモン=ハンとジルホニア国代表ソガ=タイシであった。マルストテリアとジルホルニアは世界連合政府内でも大きな発言力を持っている。
「ソガ。シモンで良いって。」
「そうか。久しぶりだな。シモン。」
「ところで、そちらの方は?」
「高天が原国の吉良坂宿禰殿だ。」
天上世界もその国々によって文化が異なっていたというが、今はこの高天が原国が唯一の天上世界の文化となっている。しかし、もともとジルホニア国と高天が原国は近しい存在であり、かつてのジルホニア国の服装は、現在の高天が原国の服装と同じであったという。
「はじめてお見受けします。マルストテリア共和国代表シモン=ハンです。」
「吉良坂宿禰と申します。私のことも吉良坂とお呼び下さい。」
「いやいや。マルストテリアは高天が原国に恩がありますからね。呼び捨てにはできませんよ。」
「それならば、いかようにもお呼び下さい。」
ゆったりとした冠衣に似て、ゆったりとした物言いであった。
「それならばジルホニア国もそうだろう。シモン。」
「ソガは友達だからな。」
「そういうことにしておこう。それはそうとお前の耳にも入れておいた方が良いかな…。」
ソガが話したのは「禁術」のことだった。
「今、ジルホニア国に亡命しているカルドレスト国民が一人いてな。その人の話だと、カルドレスト国では『レクリエーター』と呼ばれていた天上人の一族がいて、その一族に『世界を書き換える禁術』を伝承している者がいるらしい。」
「高天が原国にも、そのような伝承はあります。我々は『漂泊の一族』と『六つの言霊による巫術』と呼んでいます。」
「そして、その『禁術』をどうやらカルドレスト帝国の残党も狙っているらしい。」
スバルとミリア
街路樹の木の葉は赤や黄に染まり、ときおり、木枯らしが吹く季節になった。スバルとミリアは相変わらず、仲良く、このクッテンハイムの聖マザー=ヘルマ初等科学校で学んでいた。
「スバル。今日は授業が終わったら、院長先生のところへ行ってくるからね。」
「ああ。俺は街へ部品を買いに行ってるからな。」
スバルがしていたラジコンカーの改造も、もう終盤に差し掛かっているらしい。
「こんにちは。マザー=ヘルマ。」
「こんにちは。ミリア。今月も、刻印を見せて下さいね。」
マザー=ヘルマは優しくミリアの袖をまくりあげた。
「おじさん。これちょうだい。」
「200セイルな。」
木枯らしの吹く中、ラジコンカーの部品が入った紙袋を大事に抱えてスバルは街路を歩いていた。突然、後ろから走って来た男がスバルから紙袋を盗って行った。
「あっ、こら!なにするんだ!」
スバルは男を追いかけて走る。男は狭い路地に入って行った。
「ミリア。ありがとう。今月もなんともありませんでしたね。」
「うん。ありがとう。マザー=ヘルマ。」
ミリアが回転椅子から立ち上がろうとしたとき、突然、空間が割けた。青いひびとともに男が現れた。
「見つけたぞ。レクリエーター。」
「ミリア。隠れて!」
マザー=ヘルマはとっさにミリアの手を引っ張って自分の後ろへやった。
「地上人め。」
男が手をかざすと青い光とともに疾風の刃と風が吹きすさび、マザー=ヘルマを吹き飛ばした。
「マザー!」
ミリアはマザー=ヘルマの前に立ちはだかった。
「なんなのあなた!」
「レクリエーター。こっちへ来るのだ。」
その瞬間、銃声が響いた。二発の拳銃の弾丸が男の背中を打った。次の瞬間、拳銃を持った男は青い風に吹き飛ばされた。
「地上人の防弾服も少しは役に立ったか。行くぞ。レクリエーター。」
「させませんよ。」
男の手を雷撃が襲った。高天が原国人の吉良坂宿禰だった。
「高天が原国人め。地上人の使い魔めが。」
「やる気ですか?外には私の配下の者があなたを囲んでいますよ。」
「ふん。刻印の居場所は分かった。それにもう一人のスバルとかいう子どもは我らの掌中にある。」
青い光とともに空間が割けて男は消えた。
ストナルク
「マザー!マザー!」
「大丈夫よ。ミリア。」
「マザー!スバルが…。」
マザー=ヘルマは混乱するミリアを優しく抱きしめた。吉良坂宿禰は拳銃を打った男のもとへ行き、手を貸していた。
「やったのか?」
「いいえ。はったりの効く相手でよかった。」
「やつの巫術はあなたより上なのか。」
「おそらくは。」
男は吉良坂宿禰の手を借りて起き上がると、ミリアとマザー=ヘルマのもとへ行った。
「マザー=カレア。すまない。」
「今はマザー=ヘルマですよ。ストナルク。」
マザー=ヘルマはにっこりとして、少し安心の笑顔をした。
「マザー…。この人は…?」
「ミリア。この人はストナルク=スバル=セルマ。あなたのお母さんのクラリス=ミリア=セルマの兄にあたる人よ。」
「お母さんのお兄さん…。」
「あなたの叔父さんね。」
ミリアはそっとストナルクの顔を見た。
「はじめまして。ミリア。」
その顔はどことなくスバルに似ていた。
帝国の残党
ストナルクはマザー=ヘルマに事情を説明した。しばらく、ミリアはクッテンハイムのジルホニア大使館で預かることになった。
「すまない。ミリア。突然、こんなことになってしまって。」
「叔父さん。スバルは。」
「ああ、スバルのことも任せてくれ。」
ストナルクがミリアとマザー=ヘルマに言ったことはこうであった。スバルとミリアの父、アーネム=レシーナと母、クラリス=ミリア=セルマはセッティンゲネスの快進撃でコッペンが陥落する混乱の中、亡くなった。その後、幼いミリアとスバルの支援金を送っていたのがストナルクだった。ストナルクは第3次世界大戦中、天上人への協力、亡命の容疑で軍当局から追われており、大戦終結時は、ジルホニア国に亡命していた。ストナルクは密かにジルホニア国と高天が原国で、妹ミリアと姪のミリアに刻まれた刻印のことを調べていた。
「やっと故郷へ帰る目処がついたと思ったのにな。」
「すまない。ストナルク。君の大事な家族を利用したあげく、助けることができなかったなんて…。」
ジルホニア国のソガ=タイシだった。
「やつらのことが分かったよ。ソガ。」
「本当か。シモン。」
マルストテリア共和国のシモン=ハンもいた。
「やつらはやはりカルドレスト帝国の残党だ。」
「やはりな。」
「組織名は『世界統一連合』。」
場所を移した。シモン、ソガ、ストナルクの三人である。吉良坂宿禰はミリアの護衛をしている。
「『世界統一連合』の代表的人物は三人。アスト=グラバー。セキア=ギリマム。オドラル=ツゥルス。」
「こいつだな。」
ストナルクはオドラル=ツゥルスの映像を指した。
「オドラル=ツゥルスは天上人の子孫だ。彼は『天地戦争』時代に活躍した、セレスト=ナギウム王国の参謀ツゥルスの子孫を自称している。」
「本物なのか?」
ソガが尋ねる。
「真偽の程は確かではないが、彼は実際に、『アスセスソーリズ』という特殊能力を使っている。」
「キラサカさんも、かなりの使い手だって言ってたな。」
とストナルク。
「オドラルは天上世界の復活を掲げて、地上人を毛嫌いしているという。次は…。」
シモンが続ける。
「アスト=グラバー。彼も『天地戦争』時代に活躍したカルドレスト帝国の軍人グラバー提督の子孫。これは確実かな。このアストが『世界統一連合』の盟主というところかな。彼の理想はカルドレスト帝国の復活と世界統一らしい。」
「…。」
「…。」
ストナルクとソガは黙って聞いていた。このシモンは、かの「サラバン奇襲作戦」を主導したサラバン少将の母方の子孫というだけに、演説を始めると止まらなかった。サラバン少将もそうだったと言われている。
「次に、セキア=ギリマム。セキアはもとはマルストテリア共和国人だ。彼の先祖であるノビス=ギリマム博士は、『天地戦争』中、天上人を使った人体実験を行っていた。それは今では世界連合政府憲章で禁止されている。彼の一族は、天上人を使った人体実験で富と地位を築き上げた。しかし、1411年の『マルストテリア内戦』により、天上人の奴隷制が廃止されると、ノビスの孫であるトザス=ギリナムは一族とともにカルドレスト帝国へ亡命。その後も帝国内で、天上人を使った実験を行っていたという。以上の3名だか、私が思うにこの中で一番危険なのは、セキアだ。」
「どうしてなんだ?」
ソガが口を開いた。
「彼は第3次世界大戦中、ある研究を進めていた。それは、天上の『アクセスソーリズ』と地上の科学技術を融合した兵器である新型爆弾の研究だ。」
「新型爆弾?あのコッペンで起きた大規模爆発か?」
ストナルクも口を開く。
「あれは失敗だったらしい。結局、セキアは第3次大戦中には、新型爆弾を完成させることはできなかった。それは『アクセスソーリズ』の探求不足からだったそうだ。しかし、今のセキアには天上人であるオドラルが協力している。」
「新型爆弾が完成している可能性はあるということか?」
とソガ。
「その新型爆弾の威力は、マルストテリア共和国の研究者の話では、一発で都市ひとつを破壊するくらいだといわれている。」
「一発で都市ひとつ…。」
ストナルクは固まった。
「ミリアを高天が原国へ連れていく。」
ソガが立ち上がった。
「それが良いと思いますよ。」
吉良坂宿禰がそこにいた。横には吉良坂と手を繋いでミリアが立っていた。二人は話を聞いていたようだった。
ジルホニア国
ミリア、吉良坂宿禰、ソガ、ストナルクの四人は飛行艇でジルホニア国へ向かった。シモンはマルストテリア共和国へ戻るという。
「キラサカさん。魔法を使えるの?」
「ええ。」
ミリアと吉良坂は護衛も兼ねて隣の席である。
「何もないところから現れられるの?」
「多少はできますよ。」
「それなら。その魔法でパッと行って戻って来られないのかな。」
「あの術はあくまで天上と地上を行き来するものですし、ああ見えてなかなか使い勝手は悪いのですよ。」
「ふうん。」
「『天地戦争』時代は、はったりとしてあの術が使われることもあったようですが。」
「なあに『はったり』って?」
ミリアと吉良坂のたわいもない話に場が和んでいた。
「キラサカさん。あなた、『はったり』が好きなんだね。」
ストナルクがそう言うと、ミリアも吉良坂も笑っていた。ソガだけは一人堅い表情を浮かべていた。
ジルホニア国に到着して、四人は官邸に行った。ジルホニア国首相に事の次第を告げた。
「私はミリアさんを国皇陛下のもとにお連れしますね。」
吉良坂はそうして礼を告げると、空中に手をかざし十字を切った。空間が割れた。吉良坂の隣には手を繋いだミリアがいる。黒い煙とともに二人は空間に吸い込まれて行った。
高天が原国
「すごい!」
吉良坂の巫術により、ミリアは一瞬で天上世界の高天が原国に来た。辺りには木々が茂り、川も流れている。目の前には雄壮な神殿か建っている。
「さあ。国皇陛下のもとは参りましょう。」
吉良坂はミリアと手を繋いで歩いていった。
「吉良坂宿禰。只今、戻りまして御座います。」
「御苦労であった。吉良坂宿禰。」
ゆったりと構えて座っているその女性は、高天が原国現国皇、世都である。
「こちらにミリア様をお連れしました。」
「話は聞いておる。『漂泊の一族』の者らしいの。」
「は。」
吉良坂がミリアに目配せした。ミリアは左腕の袖をまくり、刻印を見せた。
「六文字の言霊による刻印。真であるな。」
「このミリア様は不遜なる輩に追われておりまする。然らば、しばらく、陛下のもとにてお匿いしてほしいと、ジルホニア国の者たちよりの願いに御座います。」
「承知しておる。ミリア殿。不足があれば、何なりと申せ。世話役は吉良坂、そちに頼むぞ。」
「は。」
ミリアは宮殿の一室に案内された。
「しばらくはここで我慢して下さい。」
「ありがとう。キラサカさん。」
「なんの。」
「これは『はったり』じゃないよね。」
ミリアと吉良坂は二人で笑った。それはしばしの不安を拭い去る笑顔のようであった。
国皇世都
ミリアは国皇世都のもとにもやって来た。ミリアはこの高天が原国のことを知りたがっていた。
「国皇様。高天が原国の歴史を教えて下さい。」
まだあどけなさが残る少女の口からそんな言葉が出てきたことに国皇世都は少々驚きながらも、親切そうな笑顔で言った。
「ミリア殿は歴史が好きなのか?」
「うん。物語が好きなの。」
「そうか。それならば、我が高天が原の物語を講じて進ぜよう。」
「うん。」
「昔々…。」
天と地が別たれていた頃。天には神々が住み。地には人々が住んでいた。その頃、高天が原で反乱が起こった。第9代国皇、世羅螺命の腹違いの妹、天照有珠姫皇女が兄を討ち皇位に就いた。世羅螺命の娘、雲母姫皇女は地上の国へと逃げられた。そこで、矢尾岐丹須世日国の頬彦の子、矢男比子尊と会う。尊は姫皇女を助けて、天上に昇り、世羅螺命の臣、美耳素大臣と協力して、天照有珠姫皇女を討つ。そして、雲母姫皇女は第10代国皇に即位して、矢男比子尊と夫婦になった。姫皇女と尊の娘、天照姫皇女は高天が原を治め、息子、須佐之王尊は地上へ降り立ち日下国を治めたという。
「それが、今の高天が原国と日下国の成り立ちなのだよ。」
「それじゃあ。タカマガハラとジルホニアは姉弟なんだね。」
「そういうことだ。」
「ありがとう。国皇陛下様。」
「こちらこそ。ありがとう。ミリア殿。」
ミリアはちょこんとお辞儀をして走って行った。
新生カルドレスト帝国
翌月、事態は火急を要した。
「首相。」
「曽我大臣。まずいことになった。すぐに世界連合政府本部へ行ってくれ。」
カルドレスト国で反乱が起こった。首謀者は「世界統一連合」。
「ソガ。」
「シモン。」
世界連合政府本部は混乱を極めていた。シモンはソガを特務室へ連れて行った。
「カルドレスト国に駐留していた世界連合政府の部隊はどうした。」
「これを見てくれ。」
スクリーンにシモンが映した映像。それは一面の焼け野原だった。
「なんだ?これは。」
「世界連合政府の部隊が駐留していたモラリスブルクだよ。」
「新型爆弾か…。」
「ああ。第一軍、第二軍、第三軍。すべて壊滅した。」
「たった一組織に世界連合政府の軍が壊滅とは…。一組織が世界相手に戦うつもりなのか。」
「『世界統一連合』は世界連合政府に宣戦布告をしたと同時に、『新生カルドレスト帝国』の樹立を宣言した。そして、『新生ツゥルス王国』の樹立もだ。」
「新型爆弾は…。」
「やつらは多量の新型爆弾を保有しているようだ。アスト=グラバーは世界各国に『降伏か死か』の決断を迫っている。」
「再び、世界大戦が始まるというのか。」
「やつらの狙いはそれだろうね。」
新生ツゥルス王国
シモンとソガが世界連合政府をまとめていたのと同じ頃、飛行艇の艦隊が高天が原国へ向かっていた。飛行艇は周りを吹きすさぶ突風に守られながら進んでいた。それは『新生ツゥルス王国』の一団だった。
「飛行艇襲来。」
その報は高天が原国全体を襲った。
「陛下。」
「防備に最善を尽くせ。」
ミリアは吉良坂に守られながら国皇世都の傍にいた。
そのとき空間が割れた。青い光とともにツゥルスが現れた。
「高天が原国の諸君。」
「オドラル=ツゥルス…。」
「あのときの使い魔か。レクリエーターもいるな。」
「どうやってここに来れたのだ。」
「地上人の知識と技術も少しは役に立つようだ。それにより、私の『アクセスソーリズ』も進歩したよ。」
ツゥルスが手をかざすと突風に吉良坂は吹き飛ばされた。以前の何倍もの威力だった。
「キラサカさん!」
ミリアが吉良坂に寄っていった。ツゥルスの周りには高天が原国の兵士たちが、囲んでいるが手が出せない。
「お前の目的はなんだ。ツゥルスと呼ばれる天上人よ。」
世都国皇である。
「これはジルホニアの犬である国王陛下か。」
その瞬間、兵士の一人が雷撃とともに打ちかかったが、ツゥルスのかまいたちにやられた。世都は兵士たちを思いとどまらせた。
「私の目的はそのレクリエーターの娘だ。」
「『禁術』とやらが目的か。」
「そうだ私は世界を書き換える『禁術』を我が掌中に納めて、天上世界を復活させるのだ。」
「世迷い言を。」
「何が世迷い言だ。」
突風が吹き荒れる。威力を調整したらしく、世都は飛ばされなかったが、後ろにいた大臣が吹き飛んだ。
「貴様が復活させようとしなくても、天上世界は既にある。」
「自分たち高天が原国のことか?」
「天上人の子孫は世界に数多くいる。彼らは地上の民と交わりやがて天と地はひとつになるのだ。」
「それでは困るのだよ。」
突風が兵士もろとも世都を吹き飛ばした。
「天上世界の復活に地上人はいらぬ。」
ツゥルスはミリアに近づいて行った。
「来ないで。」
ミリアは吉良坂が佩いていた太刀を取った。
「ふん。」
空間が割れて人が出て来た。スバルだった。
「スバル!」
ミリアはスバルのもとに寄って行こうとしたが、突風に持っていた太刀もろとも吹き飛ばされた。
「ミリア…。」
スバルの体が宙に浮かび、その喉は青い風によってキリキリと締め上げられていく。
「やめて!」
ミリアは精一杯叫んだ。
「レクリエーターの娘よ見てみろ。」
ツゥルスが手をかざすと、空中に地上の様子が映し出された。混乱する都市。出撃していく世界連合政府の兵士。シモンとソガの姿。聖マザー=ヘルマ初等科学校と孤児院。
「マザー!みんな!」
孤児院は混乱と炎の中に消えていく。
「やめろ。その子をそれ以上、刺激するな…。」
国皇世都が渾身の力を絞ってツゥルスに雷撃を加える。
「まだ息があったか。」
かまいたちに刻まれる世都。それを見るミリア。
「国皇様!」
「そろそろ終わりだ。」
ツゥルスはスバルを一層締め上げていく。
「やめて…。」
涙を流すミリアの左腕の刻印が光輝く。
「ふん。」
スバルはミリアのもとに投げ出された。
「スバル…。」
「ミリア…。ごめんな…。あのラジコンカー、お前の誕生日プレゼントだったんだ…。ごめんな…。」
そう言い残して、スバルはこの世を去った。
「いやああああ…!!!」
六文字の刻印が光輝く。
「なんで…。なんで…。こんなめに…。」
ミリアの脳裏には、あのときの記憶が流れていた。それは、ミリアとスバルがマザー=セルマの世界史の授業を聞いていたときだった。ラジコンカーの改造を見つかったスバルはマザー=セルマにこう言った。
「はい。マザー、質問です。」
「なんですか?スバル。急に。」
「『天地戦争』がやっと終わったのに、人々はまた地上の国同士で戦争を始めたんですよね。」
「ええ。」
「どうして人間はそんなに戦争ばかりするんですか。」
「それは…。」
「いつになったら戦争がなくなるのですか?」
そのときスバルが改造していたラジコンカーはミリアへの誕生日プレゼントだった。
「二人とも…。誕生日…。同じなのに…。」
今日がミリアとスバルの誕生日だった。
「スバル…。もういない…。マザーも、みんなも…。」
光は強くなる。
「『禁術』か!ついにこの目で!焼き付けてやるぞ!」
「こんな世界…。いらない…。戦争も…。何もかも…。」
ミリアの体が輝き、スバルの体を取り込む。やがて、その光は高天が原国全体を覆う。
レクリエーターの伝承してきた禁術『ノヴァ・クリエイション』(新たなる創造)が発動した。それは核融合反応であった。新型爆弾が一発で都市ひとつを破壊する威力ならば、『ノヴァ・クリエイション』はひとつで、大陸ひとつを跡形もなく消してしまう威力だった。それが言霊ひとつひとつに宿っている。
ひとつひとつの言霊から放たれた光は空中に筋を描いて世界に舞っていった。
地上の人々はその光に神の存在を見たか悪魔の存在を見たかは分からない。
ひとつの言霊が落下する度に、世界がひとつ消える。それは空中にも飛散し、すべてを、消し飛ばした。
そして、少女の生命力と引き換えに六つの光が地上を覆い尽くしたとき、世界からあらゆるものが消えて無くなっていた。
ミリアの願い通り、戦争も、争いも、人間も、悲しみも…。
天地は新たに創造された。
天地物語 完
「ヤヲヒコ起きて…。」