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天地物語  作者: 小城
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第一部 天と地

はるか昔、天と地に別れていた時代。天には神々が暮らし、地には人々が暮らしていた。


ヤヲギニスセビのムラ

永遠に山河は広がり、獣がたむろし、花が咲く土地に、地上の民が、幸せに暮らしていた。

「ムラのおびとホホヒコの子が産まれた。」

ムラは大騒ぎだ。宴の支度がされて、ヤヲギニスセビのムラは、それから3日3晩の間、飲めや歌えの大宴会。

 それから月日が流れ、ホホヒコの子ヤヲヒコは一人前になった。今日は、成人の儀式の虎狩りであった。

「ヤヲヒコ。いいか。俺たちが虎を追い込むから、お前は正面から虎に向かえ。」

ヤヲヒコの他に成人になる者たち、三人がいる。サヲメ。タツマ。ハカサハル。である。成人の儀式は仲間とのチームワークを見るものであった。草原に虎がいた。猛虎モウコという。草原の王者である。四人は石の槍で武装している。

猛虎は体長、2.5メートル。体重400キロはある。ふつうに戦ってもかなわない。猛虎は人間を襲う。

「俺一人でやる。」

ヤヲヒコが前に出た。正直他の三人は足が動かない。じりじりと距離を詰める。猛虎もすでにこちらに気づき距離を詰める。一瞬猛虎の方が早かった。がヤヲヒコが勝った。猛虎の喉に石の槍を突き刺した。刃先は黒曜石。世界最強の切れ味という。

「ぬおおお。」

そのまま猛虎を押し上げて裏返した。そこに他の三人が槍を突き刺して終わった。


天人の少女

 宴だ。猛虎の肉だ。ヤヲヒコには、猛虎の牙で作った首飾りと猛虎の爪で作った腰飾りが贈られた。

「ようやった。ヤヲヒコ。」

父ホホヒコが笑う。ホホヒコはこのヤヲギニスセビのムラのおびとである。

「三人がとどめを刺してくれた。」

「それはよかった。」

「ところで明日、さっそく仕事を受けてくれないか。」

「なんだ?」

「谷の向こう側に怪しい影が立つという。それが何か見て来てほしい。」

「心得た。」

ヤヲヒコたちは肉を食べた。

明朝、ヤヲヒコは谷の向こうに向かった。日没後、このあたりで、黒い影が立つという。

「あそこか。」

ヤヲヒコが見たところには、何やら黒い煙のようなものが立ち上っている。見ると人であった。焼け焦げている。息はない。

「ムラの人間ではない。」

装いが違うようであった。泣き声が聞こえた。

「何者だ。」

振り返ると岩陰に少女がいた。少女は見たこともない格好をしていた。

「天人。」

父から聞いたことがある。この世は、天と地に別れている。地には我ら地上の人間が住み、天には天人が住んでいるという。

「お前は天人か?」

少女は泣いていた。

「しょうがない。」

ヤヲヒコは少女が泣き止むまで、横に座っていることにした。


天上人

「我が名は、ヤヲギニスセビホホヒコが子ヤヲヒコ。そなたの名は。」

雲母きらら。」

「めずらしい名だ。天人は皆そのような名なのか?」

少女はまだ泣きそうである。

「そうだ。これをやろう。」

ヤヲヒコは猛虎の牙で作った首飾りをあげた。

雲母は顔をあげた。

「ありがとう。」

「それはだな…。」

ヤヲヒコはサヲメたちと猛虎を倒したことを話した。身ぶり手ぶりを加えて。ときには猛虎のように雄叫びを上げて駆け回った。雲母はそれに喜び笑った。

「ようやく笑ったな。」

雲母の笑顔はきれいである。ヤヲヒコは今まで見たことのない地上には存在せぬ笑顔を見た気がした。

「そなたはなぜここにいた。」

「高天が原を追われたの。」

「タカマガハラとは天上のムラの名前か。」

「父と母は捕らえられて、御影がここまで連れて来てくれたのだけど…。」

御影とはあの焼け焦げた者だろうと思った。

「泣くな。あとで墓を作ってやる。」

ヤヲヒコはそこら辺の石を動かし、平らな石で穴を掘って土をかぶせて御影という天人を埋めた。それは簡単な墓ではあった。最後にヤヲヒコは摘んできた花を添えた。

「地上の人間は死んだら天に昇るというが、天人はどこへ行くのだろうか。」

「宇宙へ帰るの。」

「ウチュウとは天上のムラか?」

「星があるところ。」

辺りはすでに暗く、星が出ていた。ヤヲヒコは今日はとりあえず、ここで野宿しようと思った。夜は猛虎に襲われかねない。火を炊いて、猛虎の干し肉をあぶった。

「喰うか。」

雲母は食べた。

「天上人は何を食っているのか。」

ヤヲヒコは雲母にいろいろ聞いた。天上のことを。天人はたくさんいるが、雲母がいたムラはタカマガハラというところ。天人は雲の上に住んでいること。獣はいないが、草木はあり、食べ物もとれること。肉や魚を食べることもあること。

「肉や魚はどこから採るのだ。」

「分からない。」

雲母ぐらいの子は何もすることはなく、作られたご飯を食べるだけだという。

「なんというところだ。」

話はいつまでも続き、二人はやがて眠った。


天兵襲撃

 翌日、ヤヲヒコは雲母をヤヲギニスセビのムラに連れていこうとした。

「これあげる。昨日のお礼。」

雲母は光輝く石を出した。

「なんだこれは。」

「御影からもらったの。」

「ありがたい。」

ヤヲヒコは雲母をおぶって歩いた。

「もう少しで我がムラだ。」

というとき、異変に気づいた。ムラから煙が上がっている。炊事の煙ではなかった。それは谷で見た黒い煙であった。

「…。」

ムラは壊滅していた。ムラの人間は全員焼け焦げていた。

「父上!母上!」

草葺きの家は燃えていた。

「サヲメ、タツマ、ハカサハル。」

皆焼け焦げた姿だった。

「誰がこんなことを…。」

「ごめんなさい。」

雲母だった。

「これは私を追ってきた者の仕業。」

「天上人の仕業か!」

「ごめんなさい。」

「なぜ、父と母は焼かれた。」

「ごめんなさい…。」

「サヲメも、タツマも、ハカサハルも!」

「…。」

雲母のせいではない。しかし、傍には誰もいない。

と思ったとき、急に、空間が割れた。黒いひびが入り、何もないところから人が現れた。

「ここにいたか雲母の姫君。」

ヤヲヒコにはよく分からない格好をした人間がいた。そして、その周りにも5人。槍のようなものを持っている。

「なんだ、お前らは。」

「生き残りがいたか。」

「天上人か!」

その瞬間、ヤヲヒコは地を駆け、瞬時に天上人に飛びかかった。

「くそっ…!」

中央の天上人は転がり、避けた。あとの5人が槍を構えた。ヤヲヒコも黒曜石の槍を構えた。

「殺せ!」

天上人が叫んだ。一本の槍が突かれた。ヤヲヒコはその槍をつかんだ。

「ぬおおお!」

そのまま槍を抱えて投げ飛ばす。ヤヲヒコの狙いは転がっていた天上人だった。

「ギャア!!」

素早く、近寄り、黒曜石の槍先を喉に突き刺す。

「うぅぅぅ!」

天上人は絶命した。

「ぐああ!」

突然、ヤヲヒコの体が痺れた。

「宿禰様がやられたぞ。」

他の天上人たちは混乱した。

「ぐああ!」

ヤヲヒコは一人に体当たりをして、倒した。

「雲母、逃げるぞ。」

そのまま雲母を連れて草原へ駆けていった。


高天が原

「地上の民に宿禰の一人がやられただと。」

「はい。雲母の姫君は行方知れずだと。」

「まぬけが。」

「申し訳ありません。」

話していたのは高天が原を治める女王アマデウス。

謝っていたのは大臣だった。

「雲母は確実に仕留めろ。やつは前国王の子だ。」

アマデウスは国王の側近だったが、前国王を殺して、王になった。そのとき仕留め損なったのが、雲母の姫君だった。

「ご立腹だね。アマデウス。」

「ビジスか。」

ビジスはアマデウスの側近の美男子である。

「今日は、僕の領地から果物を持ってきたよ。」

「地上の食物か。」

「このモモというのは特においしい。」

「お前の領地はどこだったか。」

「スメラギサンとかいうムラかな。」

「ふん。」

アマデウスはモモを一口つまんだ。


スメラギサン

ヤヲヒコと雲母は逃げた。遠くへ。

「ムラを捨てる。」

とにかく生き残る。そして、天上人を皆、殺す。

「雲母も…?」

ヤヲヒコは何も言えなかった。3日3晩歩いた。山を超えて、谷を超えて。遠くにムラが見えた。

「迎えてくれるか。」

とにかく行ってみた。ヤヲギニスセビより大きい。

「ここの首はどこか?」

ひとつの小屋に案内された。

「首のコロカニセムドだ。」

「ヤヲギニスセビのホホヒコが子ヤヲヒコだ。こっちは雲母。天人だ。」

「天人様だと!」

コロカニセムドは頭を下げた。話を聞くとここは満月の夜、必ず天人が来て、食物などを天上へ持って帰るという。

「天人が来るのか!」

雲母が天人ということでヤヲヒコはもてなされた。

「天人様は我らを守って下さる。」

「ヤヲギニスセビのムラは天人に焼かれた。」

「それはおぬしたちの行いが悪かったのだろう。」

コロカニセムドは言った。ヤヲヒコは何も言わなかった。満月の夜まで大人しくしていた。

満月の夜。スメラギサンの人々は一段高くしつらえられた段の上に果物や干し肉などを盛り上げていた。

突然、空間が割れた。人間が出てきた。あのときと同じだった。どうやら天人は空間を割って地上と天上を行き来するらしい。

「地上のみなさん。今日もありがとう。」

空間が大きく割れた。盛り上げられた食物も飲み込んで天人は消えた。その食物の山の中に、ヤヲヒコと雲母が隠れていた。


天宮殿

 食べ物に隠れてヤヲヒコと雲母は高天が原へ転送された。転送先はビジスの館だった。

「ぷはあ。」

ヤヲヒコと雲母が現れた。周囲には誰もいないかと思われたが気配を感じた。

「おやおや。」

ビジスが一人干し肉を食べていた。

「これはこれは雲母の姫君と地上の御方。」

ヤヲヒコは槍を構えた。と思ったら体が動かない。だんだん息苦しくなる。そして意識を失った。

「うあ。」

気がつくと見知らぬ場所にいた。

「気がついたかな。」

手足が縛られていた。見たこともない固い石のやうなものに。

「君、名前は?」

ビジスが尋ねる。

「…。」

「名前ぐらい聞かせてくれないかな。」

「貴様らにやられたヤヲギニスセビのホホヒコが子ヤヲヒコだ。」

「ああ、アマデウスの兵たちか。可哀想に。」

「なにが可哀想だ!」

「君は勘違いをしているな。天上の人間も皆、仲が良いというわけではない。」

「なんのことだ。」

「君のムラを襲った連中と僕は仲間じゃないってことだよ。」

「…?」

「じゃあ君にとって雲母の姫君は天上の人だけど、敵かな?」

「雲母?」

そう言われると納得する。

「僕は雲母の姫君の仲間っていうことだよ。」

「雲母はどこにいる?」

「別のところで匿っているよ。彼女は命を狙われているからね。」

そういえば、雲母は父と母を捕らえられて追われていた。

「雲母の父母はどこにいる?」

「残念ながらこの世にはもういない。」

「雲母に会わせろ。」

しばらくして、ビジスが雲母を連れてきた。

「雲母よかった。」

「ヤヲヒコもよかった。」

雲母は泣いているようだった。

「なぜ泣いている。父母のことか。」

「ううん。父上、母上のことは本当は知っていたの。」

「では、なぜ涙を流している。」

「ヤヲヒコが無事だったから、うれしいの。」

「俺が…。」

ヤヲヒコは復讐に追われていたが、自分を大切に思ってくれる人がいることに気がついた。

「体を動かせるようにしてくれ。暴れたり、逃げたりはしない。」

ビジスは鎖をはずしてくれた。

「ヤヲヒコ。」

ヤヲヒコと雲母は抱きしめあった。

「ところで、お前は俺の味方なのか?」

「ビジスだよ。そうだね。アマデウスに恨みはあるかな。」

ビジスは元雲母の父母に仕えていた。そして、その傍の女官に恋していた。しかし、アマデウスが反乱を起こした。アマデウスは雲母の叔母。雲母の父とは異母兄妹だった。アマデウスは軍を率いて、国王夫妻を処刑した。そのときビジスの恋人の女官も処刑された。

「そのアマデウスというやつが、俺や雲母の仇か。」


アマデウス

「やあ、アマデウス。」

「どうしたビジス。」

「姫君は見つかったかい。」

「役に立たない兵共だ。」

「ところで、また、地上の食物が手に入ったんだよ。」

「ふん。」

ビジスは山盛りの果物や干し肉を運んできた。

「なんだ!これは。」

「君へのプレゼントさ。」

その瞬間、食物の山から出てきたヤヲヒコの黒曜石の槍に突かれてアマデウスの生涯は幕を閉じた。

次の王は雲母になった。アマデウスに反感を持つ者は多かった。もともと彼女に騙されていたようだった。ビジスは彼らを許した。

「やあ。ヤヲヒコ。」

「やあ。ビジス。」

その後、ヤヲヒコは高天が原で雲母に仕えた。そして、やがては雲母と結婚して、高天が原を治めたともいう。

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